第14話 同調する刃、天才スイレンの流儀
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メロンと姉であるスイカを先頭に武器屋に向かう道中、クラウンは辺りを見渡す。
すると、クラウンの中で疑問が浮かぶ。それは、すれ違う者たちが、真実を知る前に思い描いていた通りの表情をしていたからである。クラウンはスイレンの横につき質問を投げかけた。
「スイレンさん。少し疑問に思ったのですが、なぜ国がこれだけ悪政を強いているのに、皆さん不満そうじゃないのでしょうか?」
「現状の危うさにこの国の連中は気づいていないからさ。本来真実を伝える義務があるメディアや有力者達は、弱みを握られ、甘い報酬と引き換えに奴隷への首輪を受け入れるか。都合の悪い真実を叫び、闇夜に葬られるかの二つだけ。結果、本当にこの国を憂いた者たちが消され、自らの国が侵されている事に気付かず、金で地位と権力をしがみついただけの売国奴が作り上げた法が国を弱体化させ続け、移民によって文化や土地が奪われる」
スイレンの声の底から、確かな怒りがにじみ出ていた。
普段の氷のような彼女からは決して感じることのない熱は、ミロットが言っていた『怒りは秘めろ』という言葉を、皮肉なほど完璧に実践しているがゆえのものだったのだろう。
クラウンは密かにスイレンも自分と同じ気持ちだったことに喜びを感じつつも、己を恥じていた。ミロット達にこの世界について聞かされるまで真実を知らず皇都を盲信し、自分と同年代であるスイレンにすら無知を突きつけられる有様であった。
「なんか、すごいですね。僕とそう年も変わらなそうなのに、僕より博識で」
「普通でしょ?これくらい」
普通。言葉以上に多くの意味が込められている気がした。無知であることがどれだけ罪深く、自分の世界を歪ませるのか……。
「普通……ですか。そうなのかもしれませ―――」
デコピンが、クラウンの言葉を遮るように額を弾いた。
「え?」
「調子に乗らないでもらっていいかな?普通っていうのは僕にとっての普通だから。貴族出身の僕と、田舎出身者が同等の知識量なわけないじゃん。それに、僕天才だからさ。僕と比べようとすること自体間違いなんだよ。別に悩む事自体はいいと思うよ。凡人が悩んで努力しないと天才に追いつけないから。でも、凡人は凡人らしく足掻きなよ。天才と比べるなんて身の程知らずもいいところだからさ」
励ましてくれたのかな?
スイレンの言葉に少し元気をもらうと、唐突にミロットの言葉がフラッシュバックした。
………。
『初任務早々で悪いけど、今回の任務で少年がスイレンに認められなければ二人とも死ぬよ?だから、死なないように!』
どういう意味だろう?僕次第で生死が変わるって当たり前の事なんだろうけど……。
クラウンは唐突にフラッシュバックしたミロットからの言葉に耽っていると、メロンが声を挙げた。
「ここが武器屋だよ!」
メロンが指し示す武器屋は、古びた一軒家がぽつりと建っているだけだった。 クラウンは一目で理解した。ここに名刀はない、あるはずがないと。
「ありがとうございます。案内していただいて」
「いえ、お気になさらないでください」
クラウンがメロンとスイカにお礼を述べ、スイカも通例の返礼を終えた後、クラウンは不安を抱えながらスイレンへと視線を向けた。
「ハイハイ。お子様はここまで。後はお姉ちゃんと違うところを見てきな」
「お子様じゃないよ!」
意外にも、クラウンの心配をよそにスイレンはあっさりと受け入れた。
クラウンの入隊に唯一難色を示していたのは、他ならぬスイレンだ。それだけに、クラウンは一流というものに特別なこだわりがあるかと懸念していたが、この拍子抜けな返答に戸惑う。
「その発言がお子様だって言ってるの。じゃあ、クラウンも別れたら早く来てよね」
「え、でも」
「人殺しの武器なんて、子供は知らなくていいことでしょ?」
スイレンは、メロンとスイカに聞かれないよう、ごく静かにクラウンの耳元で囁いた。その声は、少女たちに向けた声音に比べ数トーン低く、鋭い響きを帯びていた。
何気ない、当たり前の言葉ではあったが、その声音と相まって、クラウンの胸に決定的に重く突き刺さった。
もし革命軍が本腰を入れて革命を起こせば、この街の住民たちも徴兵の名の下に武器を持ち戦うのだろうか?あるいは、わけもわからず無残に切り捨てられ、生きるために自ら武器を持つ日が来るのだろうか?
仮にそんな日が来てしまったのなら、クラウンは、革命軍は、 かつての自分と同じ境遇に立たされた彼らを斬り伏せられのだろうか?
クラウンの脳裏に、故郷に皇国軍が押し寄せた日の光景が蘇る。あの時の彼らも、同じ気持ちだったのかもしれない。民間人にとって、革命も戦争も大差ない等しい絶望であるならば、僕は、何のために、誰のために戦っているのだろう。
「どうしたの?」
メロンがこちらに不思議そうな眼差しを向けた。
クラウンは横に首を振り脳裏に過った思考を振り切ると、静かに息を吐いた。
そして、仕切り直すかのように片ひざをつきメロンと視線を合わせ、右手をメロンの左肩に置きながら冷静に話す。
「メロンちゃん案内ありがとう。でも、ここから仕事の話をしなくちゃいけないんだ。わかるね?」
「わかんない!」
「え?」
「本当は武器屋じゃなくて、あっちのお姉ちゃんとどこかにしけ込むつもりなんでしょ!」
「コラメロン!そんな言葉どこで覚えてきたの!?」
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「あはは、参った参った」
なんとかメロンを説得したクラウンは、先に入店していたスイレンの元へ向かった。
「遅かったね?」
「そうですね。駄々っ子を持つ親ってああいう気分なんですかね?」
クラウンは姉であるスイカに連行されるメロンを思い出しながら、親の苦労を痛感した。
「どういうこと?」
「いや、何でもないです」
クラウンは周囲を見回した。武器屋というには殺風景で、煤けた棚には錆びついた農具や、手入れを怠られた剣が、無造作な樽にまとめて突き立てられている。床は土が剥き出しで、店主らしき人物の姿もない。
「それよりさ。武器ちょっと見せて」
「何でですか?」
「いいから、早く」
スイレンは手を出し、早くとでも言いたげに催促する。
「はい、どうぞ」
クラウンは渋々苦楽を共にしてきた愛刀を渡すと、スイレンはクラウンの愛刀を抜き身にし、一言。
「よく鍛えられている。悪くないね、ありがとう」
スイレンは少し感心したように呟き、不適に笑った後、クラウンへと愛刀を返却した。
「はい。それで、何だったんでしょうか?」
「んー?ちょっとね。ん?これかな」
スイレンは無造作に刀がささったタルから一本刀を選定した。
クラウンはスイレンの行動に若干違和感を感じていた。スイレンの様子をみる限り、とても名刀や拾い物を値踏みしているようには見えなかったからだ。
「クラウンもう一度見せて?」
「はい」
スイレンは自分で選んだ刀とクラウンの愛刀を見比べると。
「うん、やっぱこれかな。重さも長さも同じくらいだしね」
「そうですけど、それがどうかしたんですか?」
「別に。僕は特定の武器は持たないからね。その日、その任務で選ばれた相棒と同じ武器を使うようにしているんだ。得物の重さ、長さ、振りの感触を同調させておけば、相手の動きも、次に何をしようとしているのかも、より正確に把握できるからね。じゃあ、そろそろ作戦に移ろうか」




