第13話:メロンとスイカ
皇都
クラウンの目の前には未知の光景が広がっていた。彼の知る建物は、裕福な資産家の邸宅でさえすべて木造で統一されていた。
しかし、目の前の家々はその常識を根底から覆す。木造かどうかすら疑わしい、石か金属でできたかのような異形の建物が、整然と、あるいは無機質にズラリと並んでいた。
「行くよ」
「はっ、はい!」
呆気に取られるクラウンとは異なり、スイレンは妙に慣れた様子で進んでいく。
「やめてよね。キョロキョロするの。恥ずかしいじゃん。それに、目立つでしょ?」
「すみません。あまりこういうところ来たことがないもので」
「田舎育ちなんだっけ?ならいいか。服装も田舎者丸出しだしね。でも、僕が違うからやめてくれる?」
「はい」
クラウンはスイレンに視線を向けた。彼自身とは違い、使われている素材は確かに見事な上物に見えた。
暗殺者の機能性を考慮されつつ、普段着としてのカモフラージュ性能も備えた服装は、間違いなくプロの意識を感じる。
しかし、それと同時にどこか既視感を覚えた。ミロットのようにトップスはクロップド丈ではないものの、どこか彷彿とさせる黒を基調とした服装。それはボトムスも然りであった。
「あの、僕達はどこに向かっているのでしょうか?」
「武器屋」
「武器屋ですか?なんでまた」
「僕には、決まった武器はないからね。相棒に合わせて武器を変えることにしているんだ」
「それってどういうことですか?」
「そのままの意味だよ」
「メロン!危ない!」
唐突にその声が響き、クラウンが反応した時には何かにぶつかった。ぶつかった相手は、少女だった。見た目から察するに低学年ぐらいだろうか。
黄色のワンピースを着た幼い少女は、クラウンにぶつかった反動で尻もちをつき、手に握っていたアイスクリームはクラウンのズボンにべっとりとこびりついていた。
「ごめんなさい!ケガはないですか?」
少女に続きクラウンの前に現れたのは、クラウンより少し年上の女性であった。
生成りのブラウスに茶色のボディスを纏い、同じ生成りのスカートは足首が覗く丈だ。素朴でありながら決してみすぼらしく見えない、見事な着こなしであった。
その頭部には、埃や日差しを避けるためか、薄い生成り色の布が優しく巻かれ、控えめな町娘の雰囲気を添えている。
足元は、膝下まである茶色の革製ブーツで、ひもや金具の装飾は一切なく、土を踏みしめるための実用的な造りに見えた。
「大丈夫ですよ。それよりすみません、僕の不注意で」
ぶつかった少女とその姉だと思われる彼女たちがそれぞれペコリと頭を下げると、クラウンも続いて頭を下げる。
「バカだな。それぐらい避けられるでしょ?これから仕事なのに緊張感がないなあ」
スイレンが横から静かに耳の痛い言葉を呟く。
「本当に申し訳ございません!お仕事に行くのに服を汚してしまって!」
スイレンの言葉に、お姉さんは慌てて反応する。そして、ポケットから取りだしたハンカチをクラウンの汚れたズボンで急いで拭き取る。
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
「いえ、そういうわけには……」
「本当に大丈夫ですよ。実は、これから仕事をするにあたってこの服装では少々目立ってしまうと話していたところなので、着替える口実ができたとちょうど良かったです。それより、こちらこそすみません。アイスクリームを無駄にしてしまって。よかったら、アイスクリームのお詫びさせてくれませんか?僕もちょうど食べたかったんです!」
「本当にすみません。こちらが悪いのに」
お姉さんは心底恐縮した様子で頭を下げた。クラウン達がいるここは、アイスクリーム屋さんの前に設けられたイートインスペース。そこに、四人で腰を掛けアイスクリームを食べていた。
「いえ、気にしないで下さい」
「ですが、」
四人全員がアイスクリームを手にしているにもかかわらず、その表情はまちまちだった。クラウンは終始にこやかだが、お姉さんは罪悪感に苛まれているようだった。
一方、スイレンは「なんで僕まで」とでも言いたげに、不服そうな顔で足を組みながらアイスを舐め、少女は両手で持ったアイスを心から満足そうに味わっていた。
「では、この街を少し案内してもらえますか?実は、僕はじめて皇都に来て迷子になりそうなんです。他の人だとぼったくられそうで」
「ええ、それは構いませんが、お仕事があるのでは?」
「大丈夫です。これも下見のうちですから」
相変わらず恐縮しきっているお姉さんの心情とは裏腹に、少女は明るく朗らかな声を上げた。
「私、メロンって言うんだ!お兄ちゃん達は何ていうの?」
メロンの言葉に、クラウンとお姉さんは未だに自己紹介すらしていないことに気がつき急いで自己紹介をする。
「申し訳ございません。自己紹介がまだでしたね。私はスイカと申します。メロンの姉です」
「あー、そんなに畏まらないでください。お互い様ですから。僕の名前はクラウンと言います。こちらがスイレンさんです」
「どうも」
「こちらこそよろしくお願いします。スイレンさん」
「ねぇねぇ!お兄ちゃん達はどんな仕事しているの?」
「えっと、それは……」
クラウンは言葉に詰まった。クラウンが新人だということもあっただろう。
だが、一番の要因はクラウン自身の気の緩みであった。いかに相手が一般人であったとしても、ここは相手方の本拠地。その危機意識が彼にはまだなかった。
「傭兵だよ」
クラウンの横から、スイレンが乾いた声でそう答えた。一拍、妙な間が空いたせいか、メロンは少し不服そうに声を挙げた。
「えー、嘘だよ。だってこっちのお姉さん武器持ってないもん!」
「壊れたんだよ。だから武器屋行くの」
スイレンは相変わらず少女に視線を合わせず、淡々と答えた。
クラウンですらわかるほど露骨に対話を拒むスイレンであったが、少女はどうやら別の捉え方をしたらしい。
「そうなんだ。じゃあ私が案内するね!武器屋はあっちだよー!」
少女は勢いよく立ち上がると、武器屋に行けず苛立つスイレンをなだめるように急いで案内する。
「あっ!こら待ちなさい!メロン!」




