プロローグ
「嫌だ!た、助けてくれ!俺はまだ死ぬ訳にはいかないんだ」
「悪いけれど、殺し屋に依頼が届くような方には同情出来ません、それでは」
次に何かを言う前に私が指を鳴らすと男の体は急速に燃え上がり、程なくして灰となって散っていった。
私の名前はレイ・アルカード、殺し屋アルカードの家系に産まれただけの、ただのしがない令嬢だ。
先程までは人間だった灰の塊を一瞥してから踵を返した、あんな所に長々といて気分が良くなるものではない、何より灰で服が汚れるのが嫌だ。
汚い路地裏から抜け出して空を見上げる、そこには綺麗な満月が広がっていた、殺しをした日にはどうにも月を見る癖が付いてしまったのだろうか。
なぜ殺し屋なんて面倒な家に産まれてしまったのだろうか、軽いため息を吐いてからふと気がついた、何者かに付けられているのだ。
殺し屋という職業柄恨みを買う事も多い、この気配もそれらの類だろうか?チラリと背後に目を配るが夜な事もあり姿は見えない。
ただ何かに見られているという感覚が私の中にずっとあった、声でも掛けてみようか、そんな風に思い始めた時、意外にも動き出したのは相手の方からだった。
「ふむ、いやーまさかバレちゃうなんて思ってなかったよ、それにしても君強いんだねぇ、流石は死神令嬢と呼ばれるだけあるよ」
軽薄そうな声を響かせながら細身の男が物陰から姿を現した、タキシードにシルクハットを被り、全身を黒く覆っているその人物はニタニタと嫌な笑みを貼り付けていた。
さりげなく最初の男のように体を燃やせないか試してみるが、特に目の前の人物に変わった様子は見受けられない、やはり抵抗力が高いのだろう。
ルーツの通りやすさは精神状態に大きく作用される、少なくとも目の前の男はこの状況に微塵も恐怖を抱いていないのだろう。
次に気になってくるのが目の前の人物のルーツが何かについてだ、この状況は非常にまずいと言わざるを得ないだろう。
まぁ私に気配がバレた時、引くのではなく出てきた時点でこちらを殺せる算段が既に整っているのだろう。
全くつくづく殺し屋というのは嫌なものである。
「それで貴方は私に何の用なんです?出来るだけ早めに終わらせてほしいのだけれど」
「あ〜いえね、少しばかり貴方を殺せないかという依頼が入ったものでして、まぁ要するに同業者ですよ」
「あらそうだったの、でも私には貴方を殺せなんて依頼は入ってないわね、でもそれじゃあ」
「「死ね」」
2人でそう言うや否や、お互いに動き出す、男はこちら目掛けて走り出し、それに呼応するように私は反射的に下がりながら目前に炎の壁を作り出す。
結局戦闘に入ってしまったが相手のルーツは分からず仕舞い、しかし近付いてきた事を考えると接近戦が得意なのだろう。
つまり炎で牽制し距離を取りながら戦えば充分私に勝ち目がある。
「そう考える事は読んでましたよ」
そんな声と共に炎の壁からはナイフが複数飛んできた、あいにくと私は武器を持ち合わせていない、避けようとはするがそれでも擦り傷は負ってしまった。
炎の壁で自分の視界も塞いだのは失敗だったか?少しばかり反省しながらも相手がこちらに来た様子はない、まだ炎の壁の先で地団駄を踏んでいる筈だ。
近くの建物に登って上から見上げれば相手の姿も見える、そう思い建物へ移動して階段を駆け上がっていくと途中で体の力が抜けた。
すぐにハッとして体の擦り傷を炎で燃やして熱消毒をする、どうやら毒が塗られていたらしい、少しばかり楽になったがそれでも体に毒が回っている。
震える体を抑え息切れしながら何とか階段を上がって屋上へ辿り着くとそこにはあの男がいた、どうやら先回りされていたらしい、思わず笑いが溢れる。
「それじゃあ死んでもらいますかね」
私の首を捕むとそのまま体を持ち上げられた、そのまま意識が落ちそうになるのを必死で堪えて睨み返す。
男はそう言って私の体を建物から投げ飛ばした、高さは20は下らないだろう、落ちれば確実に死ぬ…………そのまま落ちればの話だが。
「ッ!」
ドゴンというけたたましい音共に私の後ろで爆発を引き起こした、その衝撃で私は外付け階段の踊り場へと転がり込む事ができた。
これで落下死する心配はないだろう、痛む体に鞭を打ちながら上を見上げて腕を掲げた。
奴は屋上、これで逃げ場もない。私が指を鳴らすと男の悲鳴と共に屋上は火の海に沈んだ。
「というかアイツ……ルーツ使わないでこの強さとか嘘でしょ……」
使えなかったのか、使わなかったのかは分からない、しかし1つの予感があった。
これは恐らく始まりに過ぎないのだと、私を狙う殺し屋がこの先も現れるだろ、強くならなければならないのだと。