久保島と岩居
2006年 東京 獄界町
「この役立たずが、いったん死んで来いやあ!」と怒鳴りながら舎弟の頭を踏みつけるのは小原一家の武闘派でみかじめ料を管理している守屋だ。
守屋に踏みつけられているのは彼の手下で元暴走族総長の藤代だ。「すみません・・・チャンスをください・・おえっ!」藤代は口から血を吐く。それを見て守屋の顔が真っ赤になる。「てめえ、このカーペットをなんだと思ってやがる!片山副総長から俺が直々にもらったもんだぞ!」そう言うと守屋は藤代の胸倉をつかんで立たせた。そしてそのまま彼を壁に思いっきり押し付けた。壁に頭をぶつけた藤代は気絶する。
「チッ、またやりすぎちまったよ。半グレどもに掃除頼むか。」とつぶやくと血の付いた靴をタオルで拭いて守屋は外に出る。
外は守屋の部屋とはうって変わって静かだ。事務所に雇われた事務員が守屋と目線を合わせないように皆パソコンを凝視している。
だがその中で唯一彼に恐れることなく声をかけた人物がいた。「今の怒鳴り声はあなたですか?」という長髪栗色髪の青年だ。
「俺の怒鳴り声だ。文句あんのか海棠?」と少しイライラしたように守屋は問う。海棠は軽く笑う。「文句なんてありませんよ。そうそう、守屋さんこれ米田組から奪って魔瑠狗須に下さったシマのみかじめです。」海棠は分厚い封筒を手渡す。「共産主義者の名前してる組織のわりにお前ら魔瑠狗須なかなかいい業績あげてるじゃねえか。」と守屋は少し頬をゆるめた。「ハハハ・・・魔瑠狗須という組織の由来は私にもよく分かりませんね。創設者の飛田に聞けばわかるかもしれませんがね。」「ふん。だけどあのボンボン野郎は死んだろ?」「ええ。そうですね。ヤクザ組織の組長の息子である割には酷い最期でしたね。」と海棠。そして彼は不気味な笑みを浮かべてこう続ける。「まあ彼を殺したのは私だったんですがね。」
三日後
星山は舎弟の桜井が運転する車に乗り込んだ。「よし、シマの見回り行くぞ!魔瑠狗須の連中がまたたシマの中にいるからな。」「へい!小原一家との抗争始まってるんで気を付けて下さい!」「ああ。だが噂だと魔瑠狗須の連中と小原一家は繋がってるらしいぜ。俺らは小原一家の同盟者を潰しにいくわけだ。」「へ、へい・・・」「桜井、お前が俺の身を心配する気持ちは分かるぜ。だけどよお、俺の前にカシラだった山城の兄貴は生前自分で見回ってただろ?俺はカシラとしてそれを引き継いだだけだ。」「しかしあの頃は大きな抗争も特にありませんでしたよ。それに山城の兄貴はシマの見回りの最中に中国人どもに・・・」「ああ、そうだな。だけどなあ、桜井。」「はい。」「俺ら米田組は武闘派として知られてるな。」「へい。」「じゃあそのメンツを守るのは外に出ることが多いカシラの役目だ。俺らの世界、死ぬときゃ死ぬんだ。俺は米田組が出来たとき、米田組長のために命かけるって誓ったんだぜ。死は恐れてねえ。」「う、うお・・・」桜井は米田の死生観に圧倒されたようだ。「で、ではカシラ、行きましょう。」そう言って桜井はエンジンをかけた。
「ここで停めろ!あそこでキャッチに絡んでいる連中は魔瑠狗須だ!」「本当ですね。奴らをボコしましょう。」と言って桜井が車を停める。
「おいてめえ、どこの会社のモンだ!」と半グレ風の男が仲間のチンピラと共にバーのキャッチに詰め寄る。「へ?」「馬鹿野郎、どこの会社かって聞いてんだよ!キャッチの会社だよ!」「お、俺っすか・・・俺らはスパイラルですけど?」「スパイラルかあ!じゃあ・・・」そう言っていきなり男は腰からナイフを抜く。「お、おいあんた・・・」「俺らの会社はスネークスだ。スパイラルは敵だな!」そう言ってナイフをキャッチに刺そうとした時、いきなり半グレの後頭部に衝撃が走る。
「てめえ、誰のシマで恐喝行為してやがる!」と言って星山は半グレの腹を蹴る。「おい、秋山さんになにしやがる!」取り巻きの二人のチンピラがナイフを抜く。「ほう・・・本職相手に喧嘩か・・・いいだろう!」そう言うと星山は飛び上がり、二人の頭の上に片足ずつ乗せて着地する。「え?」とチンピラが驚いている間に星山は一人の顔面にパンチをもう一人の顔面に蹴りを入れる。「やべえよ!」二人は血を流して倒れる。
「クソ野郎めえ・・・」よろよろと立ち上がった秋山はナイフを向けながら星山に近づいてくる。星山は拳を固めて臨戦態勢を取る。
そのとき、パン、という音がしていきなり秋山が頭から血を流して倒れる。「おい桜井、おまえ堅気の前でチャカは出すなとあれほど・・・!」
そう言って桜井を睨もうとした星山の目が大きく見開かれた。桜井は確かに腰に隠してあるピストルに手をかけていたが、その目線は秋山のほうを向いてはいなかった。
「やはり半グレは信用ならねえ。」と言ってこちらに近づいてくる黒服の初老の男こそ秋山に銃を撃った張本人だ。「てめえは誰だ!?堅気いる前でチャカ撃ってるんじゃねえぞ!」「星山泰全かあ。もう少し警戒心を強めてもらいてえものだな。」と言いながらその男の後ろから金髪でサングラスのアウトローが現れた。
「もう一度言う。お前らは何者だ?」星山は臨戦態勢を取りながら問う。「ハハハ、俺らかあ?俺は小原一家の久保島っていうもんだ!」「俺かい、兄ちゃん。俺はな、岩居だ。星山泰全、今日が命日だ。」そう言って岩居は銃を取り出そうとした。だがそのとき、パンパンと大きな音が鳴る。「使いたくなかったが・・・仕方ねえっすよ兄貴。」とピストルを握る桜井。「そうだな・・・」と言って星山もピストルを抜く。
そして両者の撃ち合いだ。
「ひええ・・」と言ってキャッチの男が腰を抜かす。「すまねえな兄ちゃん!」星山はその男の担ぎ上げると店の中に押し込み、車に乗り込んだ。それを追撃する久保島と岩居の弾丸。「くそ!」桜井が久保島の右足めがけて撃ちながら言う。
「あぶねえ!岩居の兄貴、俺らも車ですわ!星山と一緒にいやがるあいつは桜井っつってチャカの精度が半端ないんですよ。」「うむ、分かった。」二人も車に乗る。
「桜井、ここはあぶねえ。路地裏に誘い込むぞ!」そう言うと星山は自らがハンドルを握り、車を急発進させる。
「へ、腰抜けが!」久保島も車を発進させる。「やはり・・・追ってきてるな。」サイドミラーを見ながら星山が言う。「ええ。奴らを路地裏に誘い込め・・・うわっ!」
何とガラスが割れた。「おいまじかよ、奴ら、正気じゃねえっすよ兄貴!」
岩居が後部座席から身を乗り出してピストルを撃っていた。「奴ら、公道で撃ち合いする気だ!」星谷あは舌打ちをすると道の真ん中でいきなりハンドルを回し、急ブレーキをかけた。車体が横向きに泊る。そこに猛スピードで追って来た小原一家の車が衝突する。
「くそったれえ!」悪態をつきながら久保島が車から飛び出す。
「俺らはどっちも武闘派だよなあ!殴り合いで行こうじゃねえか!」と降りてきた岩居に向かって星山は吼えた。「ああ・・・そうだな。チャカを捨てろよ。」「ああ。」星山がチャカを手放すと同時、岩居もチャカを離した。「ようし!」両者同時に飛びだして激しく殴り合う。
「ハハハ、お前ひょろひょろしてやがるよなあ!俺らも殴り合いすっか。お前には余裕で勝てるんだわ。」とチャカを捨てて久保島が下りてくる。「受けて立ってやるよ、外道が!」桜井もチャカを捨てる。
「ぐお!前歯折れるかと思ったぜ。」岩居のパンチを受けて星山はよろめく。「ふん。」岩居はもう一発ぶち込もうと拳を突き出す。だが星山がその手を両手でつかみ、岩居を背負い投げした。「ぐお!」岩居は慌てて受け身を取って転がる。「やりやがったな!うおりゃあ!」岩居は雄たけびをあげながら星山にタックルする。「おっとおお!」星山は転がった。だが彼も受け身を取っている。二人は立ち上がり、そしてにらみ合いながら組み合った。「俺らのシマから・・・出て行け外道が!」「半グレと組んで強盗するような舎弟がいる奴に・・・言われたくはないな。」両方とも絶対に負けられないという信念を抱えていた。筋肉が隆起し、うめき声が響き渡る。だが星山は相手の震えを感じ取っていた。
(今だ!ここで奴を倒す!)星山は震える相手の腹にキックを入れる。「うおお・・・」うめく岩居に追撃のパンチを繰り出す星山。岩居は後退する。「俺の過去は有名な筈だが。俺は地下格闘技にいたんだよ!」星山は岩居の顔を蹴りつけ、立ち上がろうとする彼の顔にパンチを連続で浴びせた。「おう・・」岩居はよろめきながらも「星山ぁぁ・・」と立ち上がる。「すげえ信念だぜ。小原一家の岩居さんよお。」星山は内心感心しながらも岩居の腹に容赦なく蹴りを入れた。
その一撃が強烈だったらしく岩居が倒れた。気絶寸前だ。「岩居・・・なかなか楽しかったぜ。」「星山・・・大した・・・男だ・・・」そう言うと岩居は気絶した。
「よし、桜井・・・!?」
桜井は倒れていた。腹から血を流して。そしてその頭に銃口を突き付ける久保島。「馬鹿じゃねえの。シマの取り合いだぜ。呑気に殴り合うわけねえだろ。任侠道なんざ虫唾が走るね。」
「演説はそこまでだよ!」星山は久保島の手首を撃った。「いてて・・・この野郎、何しやがる。」「強敵の岩居を倒したから次は雑魚の番だな。」「あ!?俺が雑魚だとお!いてっ・・・」「いきがってねえでさっさと攻撃しろや。」星山は蹴りを連続で久保島の腹に入れる。「任侠道を分からせてやろう!」星山はのたうち回る久保島の腹に何度も何度も蹴りを入れた。
星山の胸の中には卑怯な手で舎弟の桜井を傷つけた久保島に対するどす黒い怒りがあった。
翌日
「こりゃあ驚いたぜ。久保島とあの岩居までやられたか!」守屋は情報屋からの報告を聞いて答える。「ええ守屋の旦那。星山泰全。あの若頭は危険ですぜ。」と情報屋。「そうかもな。だがなあ・・・星山とやり合う必要なんかねえよ。」「へ?」「要はなあ・・・奴らの頭である米田をやっちまえばいいんだろ?」という守屋の声はねっとりとしている。




