暗黒街の殺人鬼
2008年 韓国街
ネオンが毒々しく光る韓国街。その路地裏にある一軒の飲み屋では、ガラの悪い韓国系半グレたちが貸し切りで酒宴を開いていた。
「ファインのクソ野郎、いつまでヤクザの靴を舐めてやがる!」
リーダー格の男が怒声と共にジョッキを叩きつける。それに呼応し、周囲の荒くれ者たちも口々に毒を吐いた。
「金儲けしか能がねえあの豚は、同胞としての誇りを捨てて大北組の犬に成り下がったんだ!」
「ああ、ファインを消して、俺たちの手で四蛇乱会を復興させる。それが唯一の道だ」
その時、静寂を破って引き戸がガラガラと開いた。
奥から出てきた店主兼メンバーの一人が、闖入者へ食ってかかる。
「おい、看板が見えねえのか。貸し切りだ、失せろ!」
だが、その男は被っていたフードをゆっくりと脱ぎ、静かに、しかし冷酷な声で返した。
「……俺は日本人だ。ハングルで何が書いてあろうが、知ったことかよ」
その素顔が露わになった瞬間、店主の顔から血の気が引いた。
「ひっ……『人斬り糸平』!」
店主が腰のピストルへ手を伸ばそうとした刹那、男――糸平が動いた。
糸平の風貌は、悪夢そのものだった。極端に青白い肌に、鼻と唇が溶け落ちたようないびつな異形。禿げ上がった頭頂部には爛れた火傷の痕があり、その顔には醜悪な笑みが張り付いている。
音もなく踏み込んだ糸平の手刀が、店主の喉を粉砕した。崩れ落ちる手から銃を奪い取ると、彼は店内の半グレたちへ銃口を向ける。
「あ、あがっ……」
銃声が重なり、怒声は悲鳴へ、悲鳴は死の静寂へと塗り替えられた。
全員を屠り終えた糸平は、広がる血だまりを見下ろして、肺を鳴らすような歪な笑い声をあげた。
彼は無造作に死体を跨ぎ、厨房へ押し入る。腰を抜かした料理人の喉元にナイフを突きつけ、楽しげに命じた。
「キムチ鍋を作れ。……大仕事の後だ。腹が減って仕方ねえんだよ」
4日後 獄界町
「……左様ですか。韓国街のマフィアが、糸を引いていると」
米田の問いに、情報屋の笹山は静かに頷いた。
「その通りです。四蛇乱会亡き後、韓国街は大北組の支配下にありますが、実務はファインという闇金業者に一任されています。今回の同時多発襲撃、その号令をかけたのはファイン。そしてその背後には・・・」
「当然、大北組の影がある、と。」
「ええ、そうです。恐らく閻魔爛弩と共に袖を振られた原野副会長が大北組を動かすことに決めたのでしょう。」
2日後
小原一家が身を寄せる仮事務所には、淀んだ空気が停滞していた。
魔瑠狗須の襲撃から数日。若頭・皆川をはじめとする多くの兄弟分を失った喪失感は、いまだに癒えない悪夢のように組員たちの心を蝕んでいる。
組長室の星山は、虚空を見つめていた。
極道として生きる以上、死は隣り合わせだ。だが、自分を信じて命を投げ出した皆川や、いまだ生死の境を彷徨う中安のことを思うと、肺の奥が焼けるように痛む。一瞬で、命がゴミのように消えていく。これが、自分が選んだ道の果てなのか。
「おい、兄弟」
舎弟の西山の声で、星山は現実へと引き戻された。
「米田組長からの連絡だ。韓国街のファインを拉致する。……兄弟も来るか?」
「ああ。あの野郎は、うちの傘下にも手を出しやがった。……けじめは俺がつける。車を出せ」
「待ってください! まだ安静にしていろと、押坂先生からも厳命されているじゃないですか」
「分かっている。やり合うのは米田組の連中だ。俺は、浚ってきた野郎に少しばかり『教育』を施してやるだけさ。……行こう。本家へ向かう」
同時刻 韓国街
街の中央にそびえ立つ高層ビルの前に、一台のバンが滑り込んだ。
中には、ファインの事務所強襲を命じられた米田組の精鋭たちが潜んでいた。
「最上階だ。もたもたするな、一気に決めるぞ」
兄貴分の号令に、弟分たちが「へい!」と低く応じ、目出し帽を被る。
だが、彼らがドアを開けようとした瞬間。
――ガツン! という衝撃がバンのルーフを揺らした。
「あん? なんだ?」
兄貴分が怪訝そうに天井を見上げた、その刹那。
轟音と共に、鋼鉄の天井を切り裂いて巨大なチェーンソーの刃が突き出た。
「が、あ……ッ!?」
回転する刃は、そのまま兄貴分の脳天から股関節までを一気に両断した。噴き出した鮮血が、車内を真っ赤に染め上げる。
「ひ、ひいいいっ!」
パニックに陥る弟分たち。だが、逃げ場はない。天井を突き破って飛び込んできた凶刃が、次々と彼らの頭部を粉砕していく。即死だった。
鉄屑と肉塊に変わり果てたバンの上から、黒い影がひらりと地面に降り立つ。
「ヒヒヒ……ヒヒヒヒ……! どいつもこいつも、脆いなあ」
殺人鬼はゆっくりとフードを脱いだ。街灯に照らされたのは、鼻の欠けた青白い異形の顔だ。




