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ヤクザの矜持

2008年 獄界町

武闘派極道組織・小原一家の事務所が、轟音と共に激しく震えた。  総長室の星山泰全は、足元をすくわれよろめく。対峙する太田は狂気染みた笑みを浮かべていた。 「派手にぶち上がったなあ! 景気が良くて最高じゃねえか!」  太田がドスを抜き放ち、弾かれたように跳ぶ。 「おっとぉ!」  間一髪で躱した星山も、即座に脇差を引き抜いた。 「てめえ……『復讐』だと? 獄界抗争を仕掛けた黒幕は、てめえの先輩の富樫だろうが!」 怒号と共に踏み込む星山。だが、太田の手にはいつの間にかハンドガンが握られていた。 「!」  反射的に身を捻ったが、銃声が室内に響く。焼けるような激痛。弾丸は星山の脇腹を深く抉っていた。

「手負いの獅子か。いい面構えだ、出血がひでえぞ」  太田は嘲笑いながら、再び銃口を星山の眉間に固定する。その横面へ、影が突っ込んだ。 「オヤジをてめえみてえなチンピラにやらせっかよ!」  護衛の沢谷だ。必死のタックルに、星山が叫ぶ。「やめろ、沢谷!」 「邪魔だ、失せろ!」  太田の苛烈な蹴りが沢谷の顎を撃ち抜く。沢谷は崩れ落ち、壁際まで転がった。 「貴様……!」  星山は怒りに視界を真っ赤に染め、デスクの重厚な文鎮を掴むなり太田へ投げつけた。 「ふんッ!」  太田はそれを素手で叩き落とし、逆に星山の髪を掴んで引き寄せた。 「小原一家も底が見えたな。こんな雑魚ばかりとはよぉ!」  奪い取られた文鎮が、星山の頭部を無慈悲に殴りつける。  火花が散り、平衡感覚が消失する。傷口から溢れた血が目蓋を濡らし、視界を塞いだ。 (……ここまでか……。俺も、山城の兄貴のところへ……)  意識の輪郭がぼやけ、指先から力が抜けていく。 だがその昏い淵で、一つの記憶が鮮烈に蘇った。


 星山がまだ、原山太闘会の下っ端として泥をすすっていた頃の話だ。 ある日、兄貴分の山城から呼び出しを食らった。 「おい泰全。お前、地下格闘技出身だったな?」 「へい!」 「実はな……堀内の野郎が、米田の兄貴に楯突きやがった」  堀内。米田の功績を妬み、事あるごとに難癖をつけてくる鼻つまみ者だ。 「今夜、獄界西公園で派閥同士のステゴロ対決だ。どつき合いで白黒つける」 「おっしゃあ! 根性叩き直してやりましょう!」

 夜の公園。米田派と堀内派が、殺気を孕んで対峙した。 「米田ぁ、てめえを沈めて、俺が執行部入りだ!」 「……堀内、いい大人だろう。下らん真似はやめろ。だが、今日はお前の気が済むまで付き合ってやる」米田が静かに拳を固めると同時に、怒号が爆発した。「ぶっ潰せ!」 「行くぞ、野郎ども!」      激しい乱闘の中、星山は一直線に敵将・堀内へ躍り出た。 「大将は俺がいただきます! 堀内、かかってこい!」  鼻息荒く挑みかかった星山だったが、格が違った。堀内の拳は予備動作もなく、弾丸のような速さで星山の顔面を捉える。ガードを固め、必死に耐える星山。だが、堀内は笑いながら間髪入れずに連打を叩き込む。その圧倒的な暴力を前に、星山の心が折れた。 「堀内の……兄貴……参り……ました……」  自らガードを解き、膝をつく。 「ぎゃははは! 期待外れだ!」  無防備な顔面に、非情な追い打ちがめり込む。 「おい、星山! しっかりしろ!」  遠のく意識の中で、自分を助けに来る米田の姿が見えた。

 次に目覚めたのは、事務所のベッドの上だった。 「起きたか」  傍らで山城が苦い顔で煙草をふかしていた。 「兄貴……俺は……」 「堀内にボコられて気絶だ。覚えとるか?」 「……へい。あの後、どうなりました?」 「米田の兄貴が堀内を叩きのめした。堀内は金山組への移籍を画策してやがる。破門だな」 「そうですか……良かった。米田の兄貴の役に、少しは立てたようで……」  安堵する星山に、山城の鉄拳が飛んだ。 「痛っ! な、何を……」 「馬鹿野郎! この腑抜けが!」  山城が胸ぐらを掴み、怒声を浴びせる。 「俺ら、社会のはみ出し者の拠り所は何だ? 『面子』だろうが! てめえ、あそこで降参しやがったな?」 「……堀内は強すぎました。俺じゃ逆立ちしたって勝てなかった」 「ああん? 寝ぼけたこと抜かすな!」  山城の目が、冷酷なまでに鋭くなる。 「勝てるかどうかなんて聞いてねえんだよ! 地下格で無双してた男が、恐怖に負けて自分からガードを解くんじゃねえ! 負けるなら――せめて死ぬまで、男らしく負けやがれ!」


「負けるなら……男らしく……」星山は血の混じった唾を吐き出し、折れかけた足に力を込めた。 「何をぶつぶつ言ってやがる、雑魚が」太田が冷笑を浮かべ、再び銃口を向けた。銃声。弾丸が肩を貫くが、星山の眼光はなおも鋭さを増していく。 「富樫先輩と同じ死に方をさせてやるよ。」太田が勝ちを確し、星山の頸動脈へ顔を近づけた。かつて星山が富樫を仕留めた時のように、その喉元を食い破ろうというのか。 「オヤジ!」  沢谷が悲鳴のような声を上げる。

 その瞬間。 「うおりゃあああ!」星山は地獄の底から這い上がるような咆哮と共に立ち上がった。「俺は……小原一家総長、星山泰全だ!」  不意を突かれた太田が、たじろぎ尻餅をつく。その胸ぐらへ、星山は負傷を忘れたかのような力で組み付いた。 「ぐっ……お、おのれ……!」太田の首筋に指を食い込ませ、渾身の力で締め上げる。 「俺は……この、血塗られた悲劇を終わらせる……!」執念。それだけで動く星山の腕の中で、太田はふっと口角を上げた。 「……流石だ。富樫先輩が、一目置いていただけはある……」抵抗する力が、徐々に抜けていく。 「先輩は……本当はあんたと……殺し合いたくなんて……なかった……らしいぜ……」  その言葉を最後に、太田の瞳から光が失われた。

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