総攻撃
2008年 獄界町・米田組本家
「……探らせた結果、裏が取れました。松場の野郎、うちを裏切り西坂組と通じていやがった」
米田組本家の一室。若頭の星山は、苦渋に満ちた表情で米田組長に報告していた。
「鯨蘭会に満堂がいたのも、清柳街の闇カジノが摘発されたのも、すべては松場が情報を流していたせいです。……小原一家の総長として、俺の不徳の致すところ。親として、けじめは取らせていただきます」 星山は畳に額を擦りつけ、深く土下座した。かつて拾い上げ、目をかけていたはずの組員。その裏切りは、星山の心に鋭いナイフを突き立てていた。
米田はしばし沈黙していたが、やがて表情を和らげ、低く笑った。「確かに、監督責任はお前にある。だがな、泰全。……そう自分を責めるな。お前が総長という重責を担ってから、まだ日は浅い。失敗して、それを糧に親になっていくもんだ」「……オヤジ」米田の底知れぬ慈愛に、星山は目頭が熱くなるのを堪えた。
「だが、その松場が死体で出た、というのは解せんな。……お前の指示ではないんだろ?」「ええ。富山刑事から報せを受けて、慌てて行方を追っていた最中でした」「となると、犯人は誰だ?「笹山さんによれば、閻魔爛弩が怪しいとのことです。……奴ら、善竜会と手を切り、この抗争から降りたがっているという噂もあります」 「ほう、内部分裂か……。一応、上に報告しておくよ。お前も気をつけろ。鼠を殺した犯人が、次にお前の喉元を狙わないとは限らんからな」
二時間後 小原一家事務所
「オヤジ、おかえりなさい」副総長の皆川が、帰還した星山を玄関で迎えた。
「ああ。米田のオヤジには話を通してきた。松場の件、ようやく一区切りだ」 安堵の溜息を漏らした、その瞬間だった。
――ズドォォォォンッ!!
暴力的な爆音と共に、事務所全体が震動した。「なんだ!?」 星山が身構える。皆川が飛び出し、正面を見て息を呑んだ。「オヤジ、下がっててください! 見てきます!」
玄関ホールには、大型トラックが正面から突っ込み、瓦礫の下で二人の部屋住みが血を流して倒れていた。トラックから降りてきたのは、狂気じみた笑みを浮かべる二人の半グレ。手にはライフルを携えている。
皆川は遮蔽物に飛び込みながら、備え付けの武器庫からライフルを取った。硝煙と火花が、静かだった事務所を地獄へと塗り替えていく。
奥の組長室。星山は机の引き出しを蹴り開け、ピストルを掴んだ。
「オヤジ、ここは俺たちが食い止めます!」護衛の二人が拳銃を構えた瞬間、窓ガラスが粉々に砕け散った。「ギャハハ! ビンゴだ、星山がいるぜ!」 覆面の男たちが四人、室内に躍り込んだ。「太田さんの右腕になるチャンスだ! 殺せぇ!」
事務所の外では、トラックから降り立った太田が、昏い情熱を瞳に宿して号令をかけていた。「野郎ども! 富樫さんと赤城の仇だ! 小原一家、一匹残らず根絶やしにしろ!」
組長室の乱戦。「雑魚は後回しだ! 星山、てめえの首を貰い受ける!」リーダー格の男が星山に狙いを定めた。だが、星山の前に護衛の加藤が立ち塞がる。「オヤジを撃たせねえよ!」加藤は胸に被弾しながらも、至近距離から相手の頭を撃ち抜いた。
「加藤!」星山が駆け寄ろうとするが、もう一人の護衛・沢谷がそれを制した。「オヤジ、まだ三人います!」「……分かってる。引いてろ、沢谷。こいつらは俺がやる」
星山は、倒れた加藤を自身の背後へ引き寄せた。ドスを抜き放ち、嘲笑う半グレたちを射貫くような眼光で睨みつける。「かかってこい。……極道を怒らせた代償、その身に刻んでやる」
「ギャハハ、自ら死にに来たか!」 一人が引き金を引こうとした瞬間、星山は傍らの重厚な椅子を掴み、猛然と投げつけた。顔面に椅子を食らった男が悶絶する。その隙に星山は踏み込み、強烈な蹴りで沈めた。だが、沢谷が別の二人に追い詰められている。星山は拳銃を乱射して一人の足を止め、もう一人に向かって肉薄した。「死ねえッ!」 突き出されたドスが星山の左腕を貫く。だが、星山は眉ひとつ動かさず、至近距離からその男の脳髄を拳銃で撃ち抜いた。
「オ、オヤジ……! 今すぐ手当を!」 駆け寄る沢谷を、星山は手で制した。 「……いい。狙いは俺だ。俺が盾にならない限り、お前たちが殺される」
その時、窓の外からゆっくりとした拍手の音が聞こえた。「素晴らしい。さすがは小原一家総長、見事な気概だぜ!」
新たな影――太田が、冷酷な笑みを浮かべて入室してきた。「……太田か。よくも事務所をめちゃくちゃにしてくれたな」「俺の先輩も、可愛がっていた後輩も、あんたに殺されたんだ。これは復讐だよ。憎たらしい梅田の軍門に降ったのも、あんたを殺す力を得るためだ!」
一方、武器庫で戦う皆川は限界に達していた。身体のあちこちに被弾し、床は自分の血で赤く染まっている。意識が遠のきそうになるのを、奥歯を噛み締めて繋ぎ止めていた。倒れるわけにはいかない。ここは、自分のような「はぐれ者」がようやく見つけた、たった一つの居場所なのだ。
――皆川隆二は、光のない場所に生まれた。大企業の役員だった父と、その愛人の間に生まれた子。父に捨てられようとした母が父を刺し、一家は離散した。正妻の子たちからは「不潔な汚れもの」として疎まれ、家に居場所はなかった。
グレて、万引き、カツアゲ、そして行き着いたのは、絶望を紛らわせるための薬物だった。
暗幻街の湿った路地裏。ブラジル人の売人から薬物を売ってもらおうとした皆川の前に、四人の屈強な男たちが現れた。
『ヤクを売るような奴は、この街から消えろ』そう言って、密売人を一撃で叩きのめしたのが、当時、愚連隊を率いていた若き日の小原だった。『兄ちゃん、こんなもんに頼るな。家に帰れ』
だがヤクザ相手にも関わらず皆川は叫んでいた。『ふざけんな! 俺に帰る家なんてねえんだよ!』
皆川の叫びに、小原は足を止め、ゆっくりと振り返った。『……そうか。なら、俺に話を聞かせてみろ』
あの日、自分を拾ってくれた。自分を「仲間」として、家族として迎えてくれた。 自分のような、誰からも必要とされなかった人間の受け皿になってくれた……この一家を守らなければならない。
皆川の視界が赤く染まる。目の前では、勝ち誇った半グレがドスを構えて迫ってくる。戦う力は、もう残っていない。だが、皆川の手は、武器庫の隅に転がっていた黒い鉄塊を掴んでいた。手りゅう弾。 「……てめえらも、道連れだ」 皆川は最期の力を振り絞り、ピンを引き抜いた。「オヤジ……すまねえ。……小原一家を、頼みます……」
爆音と火柱が、エントランスの半グレたちを呑み込んだ。揺らめく炎の中で、皆川隆二は穏やかな笑みを浮かべ、その生涯に幕を下ろした。




