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半グレの裏切り

2008年 獄界町

「聞いたよ。ずいぶん派手に犠牲が出てるらしいな」 笹山が天ぷらを揚げる音に混ぜて、さらりと訊ねた。星山は重い溜息をつき、カウンターの隅に視線を落とす。 「……ヤクザが言うことじゃねえのは分かってますが、やはり抗争ってのは嫌なもんです」 「いや、それがまともな感性だよ。好き好んで血を流したがる狂犬もいるが、俺に言わせりゃ、ヤクザってのは抗争をする『宿命』にあるだけで、望んでやってる奴は一握りだ」 笹山はカラリと揚がった松茸を皿に盛った。 「ほら、食え。松茸の天ぷらだ。元気出せ」 「おお……笹山さん、こいつはありがてえ」 「裏も表も嗅ぎ回ってると、農家ともコネができる。極上もんを安値で叩き売ってもらったのさ。で、酒は何にする?」 「お勧めの安酒、ありますか? 俺はどうも、高い酒よりそっちの方が舌に合う」 「……お前らしいな。最近仕入れた『露崩つゆくずれ』がある。いくか?」 「そいつを熱燗でお願いします」


鍋の湯気が立ち上る中、笹山の目が鋭くなった。 「強盗野郎どもが『副業』を始めたって話、耳に入ってるか?」 「麻薬ですか?」 「それもだが、本命は『闇カジノ』だ。しかも、場所がまずい。向田むかだ一家のシマだ」 星山が盃を止めた。向田一家は五和会傘下。この抗争には中立を保っているはずの組織だ。 「閻魔爛弩のボス・梅田は、ただの半グレじゃねえ。奴の野望は東京の完全支配だ。善輪会だけじゃなく、あらゆる極道に喧嘩を売るつもりだろうよ」 「向田一家はどう動くんです? シマにカジノをオープンされたなんて、明らかなシマ荒らしでしょう」 「向田さんは五和会きっての穏健派……というか、インテリだ。先代に副総長代行に抜擢されたのも、その経済的センスゆえだ。喧嘩の味は知らねえだろう。このままだと閻魔爛弩に食われちまう」 笹山は熱燗を注ぎながら、ニヤリと笑った。 「あの一帯は今、再開発で金が動いてる。そこを閻魔爛弩に押さえられたら、小原一家にとっても喉元に刃を突きつけられたも同然だぜ?」 星山は熱い酒を一気に煽り、不敵に笑った。 「……ハハッ、違いねえ。なら、そのカジノ、俺らが潰しにいきますか」


二日後 清柳街

「本日はご足労いただき、痛み入ります」 向田一家の事務所前。出迎えた副総長の前原は、どこか居心地が悪そうに頭を下げた。 「こちらこそ、急に押しかけて申し訳ねえ。」 米田組長が、本部長の勝田を連れて応接室へと歩を進める。その背に、前原が小声で付け加えた。 「……耳に入ってるとは思いやすが、うちの総長は『革新派』でしてね。喧嘩を売買するヤクザは古臭い、というのが持論だ。失礼があったら許してやっておくんなさい」 「気にしなさんな。今は暴力団排除条例だなんだと、世知辛い世の中だ。向田さんのような商売上手が生き残る時代でしょう」


応接室で待っていた向田総長は、整ったオールバックに眼鏡を光らせる40代前半の男だった。五和会直系では最年少。極道というよりは、新進気鋭の青年実業家にしか見えない。 「閻魔爛弩のカジノを叩きたい……そうですね?」 米田が席に着くや否や、向田は単刀直入に切り出した。 「ええ。奴らを放置すれば、カジノを足場に貴殿のシマを根こそぎ奪いにくる。それは我々にとっても不都合だ」 向田は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、冷徹な声で告げた。 「情報提供は惜しみません。ですが、条件があります。我々に抗争の火の粉をかけないでいただきたい。うちは直接、閻魔爛弩とやり合う気はありません」 「……あんた、自分のシマが荒らされてるってのに、指をくわえて見てるってのか!」 勝田が机を叩こうとするのを、米田が手で制した。 「……分かりました。情報を頂けるだけでもありがたい。」


二時間後

「へい、オヤジ!」 星山はバンの車内で携帯を切った。 「向田一家から許可が下りた。野郎ども、いくぞ!」 「しゃおらぁ!」 小原一家の面々がバンから飛び出し、路地裏を駆け抜ける。突き当たりにある、一見何の変哲もない鉄扉。 「オラァッ!」 組員がバットでドアを叩き割り、星山を先頭になだれ込んだ。 「……?」 だが、そこに熱狂も怒号もなかった。 広大なフロアはもぬけの殻。テーブルも椅子も、チップの一枚すら残っていない。 「親父、誰もいません! 荷物一つ残っちゃいねえ」 星山は空っぽの空間を見渡し、苦々しく吐き捨てた。 「……チッ。どこからか情報が漏れたか」


同時刻

静まり返った総長室。 向田は卓上の電話を耳に当て、穏やかな笑みを浮かべていた。 「……ええ。お仲間の皆さんが無事に逃げ切れたようで何よりです。小原一家のような血気盛んな方々に、私の縄張りで暴れられては困りますから。ええ、シマ荒らしのことならお気遣いなく。私は先代ほど土地に執着はありません……。皆さんと『共存』できれば、それでいいのですよ」


四日後 横浜 中華街

高級中華料理店の一室。円卓を囲むのは、東京のチャイナマフィア『八天黄会』と横浜の同胞たちだ。 「閻魔爛弩への武器供給を止めろだと? 同志、冗談はやめてくれ。彼らは今や一番の太客だ」 横浜側の幹部が不快そうに顔を歪めた。だが、八天黄会の幹部は冷ややかに言い返す。 「奴らは調子に乗りすぎた。我々の同盟者のシマを荒らそうとしている。別の供給先を探せ」 「同盟者だと? 横浜のヤクザに追い詰められた我々を救ってくれたのは、閻魔爛弩だ。ヤクザとの義理など我々には関係ない」 横浜側の男が、懐からピストルを抜き、テーブルに叩きつけた。 「同胞よりヤクザを優先するなら、ここから先は別々の道だ」 東京側の幹部は冷笑を浮かべ、席を立った。 「……中国人同士、仲良くできると思っていたんだがな。残念だよ。さようなら」


翌日 西東京

料亭の前に、重厚な黒塗りの車が停まった。 降りてきたのは、閻魔爛弩を離脱した黒沢。その目はかつてないほど野心に燃えている。 部屋に入ると、そこには三人の男が待っていた。暴走族『雷打阿』総長・志摩。新興半グレ『猛鉄もうてつ』幹部・権田。そして夜の街を支配する碑威螺義ひいらぎの池内。 黒沢は上座に座り、卓を囲む危険な面々を見渡した。 「待たせたな。……『黒沢連合』、第一回会合を始めるぜ」

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