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復讐の炎

2008年 埼玉県 禅宮町

倉庫の鉄骨が歪むほどの、壮絶なステゴロ(素手)での殴り合いが繰り広げられていた。


閻魔爛弩傘下の半グレ集団魔瑠狗須の幹部赤城と、小原一家系神楽組組長神楽の決闘だ。


「てめえらヤクザの時代は終わったぜ!」


赤城は薄ら笑いを浮かべながら、神楽の顎に強烈なパンチを叩き込む。だが、神楽の目から闘志は決して消えない。


「てめえ……岩居の兄貴を殺しやがって!」


神楽は渾身の力を込め、相手の腹に連続で四発の重いパンチを叩き込んだ。


神楽は元々、裏社会の住人ではなかった。


マンションの警備をする平凡な会社員であり、愛する妻と子と共に暮らしていた。しかし、ある夜の巡回中、彼は大きな刃物を持って女性の部屋に侵入しようとしていた危険な男を取り押さえる。男を全力で無力化し、警察に引き渡した。


その数日後、彼の妻子が自宅で無残にも刺殺体となって発見される。


マンションを警備する仕事をしている自分が、家族すら守れなかったという事実に、神楽は絶望した。犯人への復讐を誓うが、警察は不可解なほど動かない。


いたたまれなくなった彼が裏社会の情報屋に接触したところ、驚くべき事実が判明する。


神楽が捕まえたストーカー男は、若手の有力な議員であり、そのコネクションを使って警察に圧力をかけ、釈放されていたのだ。男は警備会社内のコネを使い神楽の情報を調べ上げ、復讐のために神楽の家族を手に掛けたのだった。


事実を知った神楽は、上司に対して議員選挙付近の要人警護係への異動を願い出た。


そして狙い通り、妻子を殺した議員の演説の警備をすることになる。神楽は演説中、議員の真後ろに移動すると、突然ナイフを取り出して議員をその場で刺殺した。


この事件は凶悪事件として報道されたが、亡くなった議員と付き合いのあった「脛に傷を持つ有力者たち」は、自分たちに捜査の目が向くことを恐れ、マスコミに圧力をかけ、被害者議員を「純粋な愛国者」であると喧伝させた。


裁判所は動機を鑑みて神楽の刑を軽くしたものの、出所後、神楽は行き場を失う。


そこに現れたのが、小原一家の幹部・岩居だった。


岩居は、神楽が妻子を殺された復讐で議員を殺したことを知っていた。彼は神楽に「お前は妻子を殺された復讐であいつを殺ったんだろ?」と問いかけ、小原一家に迎え入れた。


岩居には独特の信念があった。それは「仁義に基づくものであれば、殺人行為さえも許せる」というものだ。岩居は神楽の犯行を「義憤にかられた犯行」であると判断し、彼が極道に向いていると見抜いた。岩居は神楽を弟分とし、柔道とプロレスを会得していた彼をさらに鍛え上げ、超武闘派として育て上げたのだ。


その「第2の父」ともいえる恩人、岩居を目の前の狂人半グレ、赤城が殺した。


神楽は恩人を殺した赤城を許せるはずがない。彼は怒りのあまり、さらに拳を振り回す。その殺気に圧倒されるかのように、赤城はジリジリと後ろに下がっていく。


だが、なぜか赤城の顔には余裕がみなぎっていた。


「いいねえ!岩居みてえなステゴロ野郎、嫌いじゃないぜ」


赤城はそう言うと、後ろに下がりながら、突然ドスを取り出した。


「太田さんから貰った特注品だぜ!」


そう叫びながら、なんと赤城は神楽の突き出された拳に、ドスを突き刺したのだ。


「何ッ!」


拳ではなく、いきなり刃物が付きだされたことで、神楽の動きが一瞬ひるむ。その隙を赤城は見逃さない。彼はさらにドスを神楽の胸に突き刺した。


「オヤジ!」


神楽組の組員が駆け寄ろうとするが、目の前に十人程度の半グレが立ちはだかる。「行かせねえぞ、ヤクザども!」


だがそのとき、唸り声を上げながら半グレの群れに立ち向かう男がいた。


小原一家総長、星山泰全だ。


彼は振り下ろされるバットを避け、二人を一撃で殴り倒すと、襲いかかる半グレ三名を足で薙ぎ払い、その倒れた身体を踏み台にして高く跳躍。別の半グレ二名の頭に着地すると、その首をへし折って殺害した。


そして全速力で神楽と赤城の間に割って入る。赤城の顔面に強烈なパンチを五発連打し、さらに顎にハイキックを見舞って倒した。


立ち上がろうとする赤城の腕を容赦なく踏みつけ、ドスを奪い取る。


「確かに太田のドスはいいドスだな」


星山はそう言うと、そのドスで赤城の首筋を刺した。赤城は「太田さん……すみません……」と言い残し、息絶えた。


「オヤジ、すみません……」


胸から血を流す神楽に、星山は怒鳴るように言った。


「無茶するんじゃねえよ! まあいい、押坂先生ならば治してくれるだろう」


そう言って神楽を支えると、星山は組員たちに命じた。


「撤退だ!」


二日後 徳川町

「クソ!黒沢の野郎、電話に出ねえ」


イライラしたように、魔瑠狗須のトップで閻魔爛弩の副将・太田は苛立ちを露わにする。


「ここにも顔を出さねえし、裏切りやがったんじゃねえか?」と言うのは、閻魔爛弩幹部の菱川だ。


「ああ。あいつが慕っているのは、二代目稲垣連合総長の飛田だけだ。海棠や富樫さん、俺なんざどうでもいいだろうな。あの野郎、アジトを放棄して行方をくらましやがった」


「そうか……なら、そろそろ撤退すべきときかもしれねえな」


野太い声がして、閻魔爛弩のトップ、梅田が入ってきた。


だが太田は、憎しみに顔を歪ませる。


「あん?俺は富樫さんをぶっ殺した星山を潰さねえと気が済まねえぜ」


「分かるぜ、太田。だが、これ以上善輪会の抗争に深入りすると犠牲者が増える。特に黒沢一派が離脱したのは大きな損失だ」


「おい!俺があんたの下につくことを決めたのはな、星山に復讐するためだぞ!」


「ああ……分かってる。だからなあ、小原一家を潰してお前の念願の星山殺しを達成したら、すぐに撤退するぞ。小原一家襲撃計画はお前が立てろ」


それだけ言った梅田は、奥の部屋に引っ込んだ。


奥の部屋には、「ステゴロ四天王」の一人・津賀と、傭兵のチョンが控えている。


「明日の会合はてめえらで行け」


「いよいよやるのか?」と津賀。


「ああ。必ず……稲垣と松場を殺せ」


そのように命じる梅田の心の中には、幼少期の記憶が鮮明に浮かんでいた。


(梅田の記憶)


母親を殴りつける父親。泣く母親。風俗の女と逃げる父親。


母親に借金返済をせまる半グレ。それを庇う兄。


兄を連れ去る黒い車と、手首を掻き切って倒れる母親。


ボロボロになって帰ってくる兄。


そして――兄の首つり死体。


いやらしい声で笑う半グレ達。


それらの記憶が蘇り、梅田の心はどす黒い怒りと憎悪で満たされる。


絶対に、自分を苦しめた連中を皆殺しにする。そして全ての頂点に君臨する。


そのために、彼は全てを破壊すると決めていた。

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