狂気の隻眼
2008年 獄界町
「中安……」
星山は、点滴と人工呼吸器の管に繋がれた舎弟、中安を見つめた。その目には、こらえきれない涙が滲んでいる。
中安は星山にとって、古くからの舎弟であると同時に、自分が極道の世界に引き入れた「息子」のような存在だった。
(回想)
中安の父親は酒屋を経営しており、中安もアルバイトとして店を手伝っていた。店は当時結成直後だった米田組をケツ持ち(後ろ盾)としていたが、極道抗争に巻き込まれることもなく、平穏な日常が続いていた。
だがある夜、酒を狙う不法滞在のカンボジア人強盗団「スラーキングス」による酒屋への襲撃があった。彼らは本国で麻薬取引や殺人を繰り返していた筋金入りの犯罪者の集団だ。
強盗団は突然、酒が保管されている倉庫の窓ガラスを叩き割り、侵入するなり従業員を刺し殺し始めた。
父親は、容赦なく切りつける一味を見て慌て、一緒に作業していた中安を清掃用具入れの中に押し込んだ。そして、他の従業員を守るために強盗団に立ち向かっていき……首を刺されて絶命した。
清掃用具入れの中で、中安は目の前で父親が殺される光景を見て、恐怖で身体が動かせなかった。隠れている倉庫の前を、母親が叫びながら駆け抜けていった直後、母親もまた強盗団によって無残にも殺害された。
強盗団が酒を裏手に停めたトラックに積み込み始めた、まさにその時だった。
「てめえら、カタギを手にかけやがって!全員殺してやる!」
倉庫に怒号とともに飛び込んできたのは、米田組幹部時代の星山だった。
「あん?あんたヤクザか?」と強盗団の一人が問いかける。
「そうだ。てめえらを囲って強盗団を結成させた仁義外れは、もう死んだぜ」
「何、大間さんが……」
「そうだ。あの仁義外れ、米田組を弱体化させようとしたみたいだが、そうはいかねえ」
星山はそう言って、躊躇なくチャカ(拳銃)を抜き、強盗団を次々と射殺していく。
普段は優しく話しかけてくる常連客である星山の「本性」を、中安が目にした瞬間だった。
両親と、仲良くしていた従業員を失った中安には、もう居場所がなかった。
中安は隠れていた清掃用具庫から、よろよろと這い出た。
「泰全さん……助けて下さい……」
「何ィ!? 酒屋の坊主か! お前……よく隠れていられたな」
星山は、強盗団を全滅させたとは思えないほど優しい声で中安を抱きしめたのだった。
(現在)
「親父さんのためにも、死ぬんじゃねえぞ、中安!」
星山はそう言って病室を出た。その顔には、先ほどまでの優しさはなく、激しい怒りが浮かんでいる。
「黒沢の野郎、ぶち殺してやる!」
翌日 埼玉県 禅宮町
「奴らのヤサ、ここかぁ?」
金髪で柄の悪そうな男が、高級スポーツカーの中から降りてきた。周りにも多数のスポーツカーが駐車されており、その中から次々と不良たちが姿を現す。
「強盗団なんかに俺等のシマを支配されてたまるかよお!」
彼らは釘付きバット、特殊警棒、さらには建設現場から持ち出したような杵やシャベルを振り回しながら、目の前の倉庫に突入した。
だが、数秒も経たないうちに、全員が悲鳴を上げて飛び出してくる。
「なんだっ!?」
倉庫のシャッターを突き破るように、巨大なロードローラーとダンプカーが飛び出してきたのだ。運転手の顔には怯えが浮かんでいるが、耳元から聞こえる「轢きまくれ!ギャハハハハハ……」という狂気に満ちた笑い声の圧力に逆らえず、仕方なく彼らを轢き潰していく。
その様子を、倉庫の奥に座る二人の半グレが煙草を吸いながら眺めていた。
「赤城の奴、小原一家の岩居に片目潰されてから、あんな感じだよな」
「ああ、正直怖い。前はあんな狂気じみた人間じゃなかったのに……」
すると、その声に呼応するかのように、「そうかなあ?」とねっとりとした声が響いた。
眼帯をした赤茶色髪の長髪の男、赤城がヌッと現れる。それをみた二人の半グレの顔が青ざめた。
「あ、赤城さん、いらっしゃったんですね……」
「おいおい、何『さん』付けしてんのさ。さっき呼び捨てしたばかりだろうよお〜!」
赤城は腰からナイフを抜き、いきなり半グレの一人の喉元に突き刺した。「ぐ……おわ……」と呻いた男は、喉から血と空気を吐き出しながら倒れ伏す。
それを見たもう一人の半グレは腰を抜かしてしまう。
「赤城さん、お許しください!」
「フハハハハ……確かに俺は狂気に飲まれてるかもなあ!」
赤城は、わななく半グレにピストルを構え、容赦なく撃ち殺した。
このとき、倉庫の向かい側の空き地に、大きな黒いバンが停まっていた。中には星山と、小原一家の武闘派幹部・神楽が組長を務める神楽組の組員三名がいた。神楽組は星山の総長就任後に結成された新興の二次団体だ。
「オヤジ、なんかドンパチしてますかね?」と神楽組若頭の埴生が問う。
神楽は答える。「ああ。この街は元々走り屋どもが牛耳っていたからな。そこに悪名高い飛田連合の幹部だった黒沢が進出して来ようものなら、まあ、こうなるわな」
「なるほど。だが、これはチャンスじゃねえか?どさくさに紛れて裏から突入しようぜ!」と星山。
「そうですね。おい根本、バンを倉庫の裏に移動しろ」神楽が運転手の組員に命じた。
「へい!」
運転手は言われた通りにバンを倉庫の裏に停めた。
「ん?なんだあの車は?」星山が眉をひそめる。
「スポーツカーですね。走り屋の連中、裏からも突入したんですかね?」神楽も首をかしげる。
倉庫の中では、赤城の前に、走り屋の不良集団を率いていた幹部三人が引き出されていた。全員手足を縛られている。
「今回の首謀者はてめえらだな?どこの所属だあ!?」
「お、俺らは鷹羽エンジンズだ!お、俺等にこんなことしてただで済むと思ってんのか?俺等は竹内連合に加入してる!」
「へっへっへ……そうかいそうかい、でもこの街にいやがる三大ゴミ組織のうち、安濃ローラーズと陣走会はすでに俺等に降伏したぜ〜!竹内連合も時間の問題じゃねえのか。それと……黒幕を教えてくれてありがとさん。竹内連合の動き、黒沢に伝えとくぜ」
「く、くそ……てめえは俺等をどうするつもりだ?」と別の幹部が尋ねると、赤城は小さく呟いた。
「今から見せてやるよ」
赤城はそう言うと、「おい、あれ持ってこいや!」と手下に命じる。手下は明らかに怯えながら、赤城にとある容器を渡す。
「今から汚たねえてめえらを漂白してやるぜ!」
赤城は三人目の幹部の頭から、容器に入っている塩素漂白剤をぶっかけた。
「うわわー!やめてくれ、痛い、痛い……」
「ギャハハハハハ……俺等に喧嘩売ったらこうなるんだよ!」
「う、嘘だろ……頼む、悪かった!あんたの傘下に入るから!」
「そうか……歓迎しねえとな!」
そう言うと赤城は容赦なく別の幹部にも塩素漂白剤をかけた。残る一人は大泣きで失禁していた。
「チッ……うるせえんだよ!おい、こいつを泣き止ませるぞ!」
赤城は言い、手下はまたも怯える様子で大きなレンガを赤城に渡す。赤城はそれを受け取ると、「おい口開けろよ!」と叫び、残る幹部の口に無理やりレンガの塊を押し込み、その上を足で踏みつける。その顔は満面の笑みだ。
そのとき、裏口が開き、声が響いた。
「こりゃあひでえな!」
星山が入ってくる。「あん?あ、あんたは……」
「俺は小原一家の星山だあ!黒沢を出せ!」
星山はピストルを赤城に向けた。
「黒沢?あいつなら今外出中でな。代わりに俺がここの管理を頼まれてる」
「そうか……」
星山はピストルを向けたまま、じりじりと後ろに下がり、いったん神楽と相談しようとした。
だが、その瞬間、神楽が飛び出していった。
「てめえ!赤城だな!」
神楽は星山の制止を無視し、ピストルを撃ちながら突っ込んでいく。
「おい、神楽!」星山が止めようとするが、神楽の耳には届いていない。
「てめえが、岩居の兄貴を殺したんだろ?」
赤城は瀕死の状態の走り屋幹部を盾にして銃弾を避け、後ろに下がるとドスを取り出した。
「あんたの話は聞いたことがあるぜ。最近組長になった神楽さんだな。俺は昔から飛び道具使わねえ奴とのど付き合いが好きでなあ!」




