切り裂き魔
2007年 獄界町
米田組の事務所の正門前には組員が整列している。そこに前後を黒塗りの車に警護された福祉車両が入って来た。組員達は深々と頭を下げる。
福祉車両の扉が開くと舎弟に車いすを押された若頭星山が下りてくる。
組員が一斉に頭を下げる中、中から組長付きを連れた米田組長が出てくる。「おう星山、返ってきてくれたか!」「親父、心配かけました。すみません。」すると米田は涙を流す。「おお・・・確かに心配だったな。だが・・・無事で良かった。」「親父、事務所に襲撃などはなかったです?」「ああ、無い。奴らはお前を戦線離脱させたことで一旦攻撃を弱めた。」「それは良かったです。それから倉崎組のほうは・・・」「彼らは冠城組長を取り返した。幸いにも無事だったようだな。ただ冠城組長を返した連中は公園に縛った状態で冠城組長を放置し、そこに取りに行かせたらしい。そこに小原一家傘下の族の連中が来たけど撃退したとよ。」「ん?何故解放したのに小原一家側と戦闘に・・・」「おいおい、お前は退院したばかりだ。俺と冠城組長で調査しているところだ。お前はしばらく休め。今は冷戦中で表立った攻撃はねえ。」そう言うと米田は優しく星山の肩に手を置いた。
三日後 桜浪町
桜浪町は米田組系丹波組の事務所がある歓楽街だ。
米田組長の息子の高村正之助はこのキャバクラが好きであり、父親である米田組長から送られてくる多額の仕送りをつぎ込んでいた。彼と母親の美久子は表向きは反社会的勢力であるヤクザと縁を切ったようにみせかけるために籍を分けてあるのだが、米田は唯一の子どもである正之助を甘やかしており多額の仕送りを送ってくるのであった。美久子は止めようとしているのだが、米田曰く「俺の疑似的な息子である組員にも金を派手に使わせてるんだ。実の息子に使わせねえっていう道理はねえ」そうだ。
この日も彼は二人のキャバ嬢を侍らせながら派手にシャンパンを飲んでいた。「あら正之助さん、もうおやめになったらどうかしら。」「いや、俺はまだいけるぜ。何か高い酒はねえかあ・・・」「80年代もののボナード本場産のリャクリューワインならありますけど・・・」「ようし、じゃあそれ持って来たくれよ。」「しかし・・・」「心配すんなって。それによお・・・俺はこの椿が大好きでなあ!」酔った顔でへらへら笑いながら正之助は隣にいるメインの嬢を指し示す。「あ、ありがとうございます正之助さん。でもこの間は私の実家にお金を持ってきて頂きましたね。あれだけで十分ですよ・・・」「遠慮すんなよ。お前、あのアパートかなり家賃低いだろ?お母さんのために働いてるんだろ?もっと金使ってやるからさあ!もらえる物はもらっとけって親父が言うのさ。その考え方を実践したおかげで親父はなあ、組長にまでなれたんだとよ。ハハハハ・・・さあさあ、リャクリューワインだ!」
そのとき、受付の従業員が「新規の方です!!」と叫ぶ。「いらっしゃいませ!」と店長が入り口に駆け寄っていく。そしてわずかに眉をしかめた。
「よお。」と言うその男は無精ひげを生やした髪の毛がボサボサの男で、迷彩柄の服を着ている。その口には煙草が加えられていた。そして目は危険な光を帯びている。店長は自身が裏社会とのコネを持つこともあり、その男の本質を見抜いた。男は裏社会の人間だ。そして恐らく大勢の命を奪ってきた。
「ご予約されていませんね。」「ああ。予約したほうがよかったか?」ややぶっきらぼうに言う男。
「いえいえ、そんなことはございませんよ。ただ予約の方が優先になっているので、今日指名がされていない者のみで対応することになりますが・・・」「そうか・・・あの席のヘルプについている嬢は空いてるかな?」と言い、正之助が座る席を指し示した。「今確認してまいります。」と言い、店長はボーイに目配せする。ボーイは頷くと正之助のほうに駆け寄り客の同席がよいか聞く。
「ああ、もちろんだ!同席歓迎ですよ、ミスター!」と正之助は顔を酒で赤らめながら男に向かって叫んだ。
「すみませんな。」と言いながら新規の客はヘルプに入っていたキャバ嬢の隣に腰を下ろした。「あら、迷彩服!?かっこいいわね。」と嬢が話しかける。すると男は「そうかい?」と言うと無表情で煙草をふかす。嬢は客の反応が薄いことに困惑しながらも「何かご注文は?」と言いながらメニュー表を差し出した。「リャクリューワイン分けましょうか?」と酔った正之助が絡み始める。
次の瞬間、男はいきなり腰からサバイバルナイフを抜くとすばやく正之助の首筋に突き立てる。「え・・キャー!」唖然としてから嬢たちが叫びだす。「すまねえな。これも仕事だ。」と言い、男は無表情で嬢の二人の首筋も刺した。
警備員が慌てて飛んでくる。「てめえ!何しやがる!」警備のチンピラたちは男を抑え込もうとするが男は何と呑気に煙草に火を付けながら蹴りを繰り出し、警備員の顔に当てた。「邪魔するな。」そう言うと男は二本のサバイバルナイフを取り出して警備員二人の腹を切り裂いた。
辺りは大混乱だ。客たちは叫び声を挙げながら逃げ始めた。
その騒動の中心で男はチンピラを片付け、天井のシャンデリアをピストルで撃ち落とした。
「あん?何だと!分かった、今行く。あんたはとりあえず安全な場所に逃げておけ!」そう言うと電話番の丹波組組員は電話を置いた。「どうした?」と若頭が問いかける。「キャバクラ『虹の庭園』の店長からです。サバイバルナイフとピストルを所持した迷彩服の客が正之助さんと嬢2名、警備員4名の首筋を刺して警備員3名と従業員二名を負傷させたとのことです。男はバイクで来店し、逃亡したらしいです!」「何だと!?正之助さん・・・米田組に連絡しろ!おい保坂、お前は町田班に連絡をとれ。奴らと一緒にキャバクラ『虹の庭園』方面に向かえ!」「へい、承知しやした!」と答えた別の組員が早速動き始める。
「くそ・・・正之助さんが無事だといいが・・・」そう言うと若頭は自分のデスク上の受話器を取って電話をかけ始めた。
キャバクラの二軒となりの雑居ビル間の路地裏で迷彩服を着た男は電話をしていた。「正之助の首筋にナイフを入れたぜ河馬!ああ、もちろんだ。確実に首を突いた。だから多分即死だ。じゃあな。これから丹波組に向かうよ。」そう言って彼はバッグを開け、中から黒いジャケットを取り出した。そして返り血だらけの迷彩服を捨てると黒いジャケットを着てバイクに飛び乗った。
そのとき、目の前を黒いバンが通過する。「おっと、ヤクザどもか。」男はバイクにまたがるとバンの横のガラスに何とバイクで突っ込んだ。
「ここが事件現場か・・・サツも到着してやがるな・・・うわっ!」驚いた運転手の組員は車の制御を誤り、車は歩道に向かう。「くそ!」運転手は慌ててハンドルを切ろうとするがその後ろに突然ナイフが突き刺さる。
「誰だ!てめえ!」組員達が男に飛び掛かろうとするが男は両手に持ったナイフで彼らの頭を刺し、一瞬で殺した。
「バイクはもう使えねえな。」と言いながら男は歩道に一直線に向かっていく車から飛び降りると近くで急停車したトラックに近づき、震える運転手を窓ガラスごと撃ち抜くとその死体をひきずりおろし、運転席に乗りこんで急発進した。パトカーが追おうとするが男はポケットから手りゅう弾を取り出して警察に投げつける。「ああ、派手にやりすぎちゃったな。」男はそうつぶやくと薄ら笑いを浮かべた。




