8. 使い魔たちと嵐の夜
リヴ爺は、花弁にあたる度むくりむくりと膨れていく。
ダークグリーンだった皮膚は漆黒へと色を変え、メリメリと音を立てて割れながら、鱗へと形を変える。
身体が膨らみ、尾が伸び、どんどんと巨大化していく。広大な花畑があっという間にリヴ爺で埋め尽くされる。
「あー……もー……。リリアちゃん死ぬから逃げたほうがいいよ」
「…………えっ?」
リリアちゃんはぎょっとしたようにオレを振り返る。振り返ると言うか、踏んでる足下を見下ろす。
「……な、何を言ってるの、この程度、避けきれ……」
「あー、違う違う、大樹の守護隊に殺されるよ。リヴァイアサンを目撃したってなったらね」
「えっ!?」
「リヴ爺の正体バレたら殺されるから、花弁に当てないように気をつけろって師匠から言われてたの。失われたリヴァイアサンだからねぇー」
「……国家機密」
「そーゆーこと」
はー、花弁酔いで喋るのもキツい。
あ、でもリリアちゃん死んでくれたほうがオレたちの秘密が漏れなくていいのか。
しまったしまった、普通に逃げるように言っちゃったよ。
いや守護隊に接触されるほうが危険だから、逃げてもらうで正しいのか?
ああもう頭が働かない。
オレはぼんやりする視界の中で膨れ上がり続けるリヴ爺を見ながら意識を手放し……。
「馬鹿者!!!」
師匠の杖でしこたま殴られて、目を覚ました。
「しっ、師匠! お早いお帰りで!」
痛む頭と霞む目を押して、オレは慌てて起き上がる。
そしてその勢いのまま仰向けにひっくり返りそうになる。どっちが地面か分かんないくらいに目が回ってる。
そのオレを、
「おっとっと」
と言いながら、サファイアが抱きとめる。
「しっかりしなよ! ほら、薬湯!」
ガボッと口の中に瓶の口を突っ込まれる。
いつもより濃い薬湯が、瓶から喉へとダイレクトに流れ込んだ。
「んがガむぐンゴックン」
オレは噎せそうになるのを我慢して必死で飲み込んだ。
「ニガがががが! いつもより苦い!!」
「そのかわり即効性が高いよ」
「マジか……、マジだ!」
もう目眩が治まってきてる。
「良いからリヴ爺を抑える手助けをしろ!」
「ふあーい」
師匠に怒鳴られて、オレは渋々立ち上がる。
「今はお前の使い魔だ、私よりお前のほうが彼を抑えやすい。宥めろ」
「どうやって!?」
「花弁のせいで魔力が余って膨れている。まず魔力を放散させろ」
「えっそれ、オレに魔法攻撃を受けろって言ってる? 無理では!?」
「ルビーとサファイアを一時的に貸してやる、盾に使え」
「こんな綺麗なお姉様方を盾に!? 出来ない出来ない」
オレはブンブンブンと首を振る。
「一時的な契約だ、ふたりも承知している! さあ、名をつけ直せ!」
リヴ爺は今や花畑を溢れて森にまで破壊を広げていた。ベキベキベキ、と太い幹の折れる音が不吉に響く。
その時。
ズン、と地面が揺れた。
「……まずい、大樹の根先に囚われているリヴァイアサンが目を覚ましかけているぞ」
「えっ、それリヴ爺の奥さんの?」
「そうだ、リヴ爺の魔力に反応している。このままリヴァイアサンが目覚めれば大樹が枯れる。早くしないと手遅れになるぞ」
「えー!!」
大樹が枯れちゃったらオレ、砂漠を放浪する天才美青年大魔法使いになっちゃうじゃん!
「しゃーない……。ルビー、サファイア、契約オッケー?」
「軽いですわね……。良いですわ」
「やだけどマスターの指示だからね、オッケーだよ」
「よし、では今からふたりはオレの使い魔だ。名を授ける。紅羅、蒼蛇、行くぞ!」
「…………だっっっさ」
「キモ……」
「行くよってば!」
「はぁーい……」
「うん……」
「なんで渋々……! はいマスター♪ みたいな返事してよ!」
「ふざけてる場合か! 早くしろ!」
師匠に叱られた! オレはふざけてないのに!
* * *
「蒼蛇は蒼き水の蛇、しなやかに厳しく敵を戒めよ!」
「はいよっ!」
サファイア改めソーダは、オレの命令で長いヘビとなりリヴ爺にぐるぐると巻き付く。
「花弁も弾いてね!」
「了解!」
リヴ爺の表皮にブワッと蒼い水が広がり、リヴ爺を花弁から守る。
「紅羅は紅き羅漢、浄化の焔で敵の攻撃を灼き尽くせ!」
「承知しました」
ルビー改めコーラは、一瞬で燃え上がり、筋骨隆々とした焔の巨人の形となってオレの前で盾となる。
……しまった。羅漢可愛くない。でも羅だと攻撃を受け切るイメージがわかなかったんだよね。
「よし、おっけー!! リヴ爺、こっちにどんどん魔力吐いて!!」
と言ってみたけど、リヴ爺は理性を失ってるみたい。オレの方全然見ない。
しょーがないな。
「あらよっと。ほら、リヴ爺、こっちだよ!」
俺は目立つようにデカい火球を作って、リヴ爺に何発か撃ち込む。
そして、わかりやすくちょろちょろと逃げ回った。
「ほーらほらほら、爺さんこちら!」
怒ったようにむくりと頭をもたげたリヴ爺の上空に、ムクムクと黒い雲が集まってくる。その雲が花畑の空を覆い尽くし、チリチリと光り始めたかと思うと、不意にオレに向かって雷が落ちた。
「ひゃあ!」
ビビったオレの前にコーラが素早く割って入り、その身の焔を雷にぶつけて消す。コーラの体の中を、パリパリパリッと音を立てて余った電気が走った。
わ、大丈夫かな?
コーラは平然としている。うん、大丈夫か。
「へーいリヴ爺。当たんないよー! こっちこっち!」
走り回りながら手を叩いて煽れば、そこへ雷がバシバシと落ちてくる。
いいぞいいぞ。もっと撃ってこい。
なんてやってたら。
「キャーッ!」
走り回っているオレの行く先に、リリアちゃんが屈み込んでいた。
「うわ、忘れてた。何してんのリリアちゃん、邪魔」
「危ないのよ! やめてよ!」
言ってる間にも怒ったリヴ爺が雷を撃ち込んでくる。
「キャーッ! キャーッ! キャーッ!」
「大丈夫だよ、コーラがほとんど受け止めてくれてるから」
「たまに漏れてくる小さい一発でも私死ねるのよ!」
「マジで? じゃあ逃げなよ」
「逃げる隙もないのよっ!」
「えー? あの大水蛇は? アレに隠れて移動しなよ」
「あの子はあんたたちが踏み潰しちゃったでしょ!!」
「えっ!」
驚いて目をやれば、バカでかいリヴ爺の後ろ足の下で、長っぼそいモノがグッタリしている。
ありゃ。困ったね。
うーん、リリアちゃんを殺しちゃうのが手っ取り早いんだけど、師匠が来ちゃったから、怒られるよなぁ。あと、ルビーとサファイアもめっちゃめちゃ怒りそう。怖い。
しょーがないな。
ちょっとだけリリアちゃんに魔力を分けて上げるか。
オレはリリアちゃんの頭を両手で鷲掴みにして、口から口へと魔力を流し込んだ。
「んんっぐっ」
リリアちゃんがもがく。苦しいかな? ちょっと我慢してね。
「何してるんですかウィズさん!!」
「馬鹿ウィズ!! やめろ!」
「えっ」
オレはリリアちゃんから口を離して振り向く。怒られないようにと思ったのに、すでに怒ってる?
「おやめなさいってば!」
オレの使い魔になってるはずのコーラが、勝手にリリアちゃんとオレの間に割って入ってくる。
オレから引き剥がされる瞬間、リリアちゃんはオレの頬を引っ叩いた。
「いってえ! なんだよ……」
言いかけたオレに被せるように、リリアちゃんが悲鳴を上げる。
「……っキャーッ!」
うるさっ。
「なんだよー。リリアちゃんが欲しがったんでしょー?」
「だっ、誰がキスしてほしいなんて言ったのよ!」
「えっ、き?す? いや、これ魔力供給だよ、池向こうのおばちゃんがおじちゃんとよくやってて、それなぁに、って聞いたら魔力供給してるんだよって……」
「池向こうのおばちゃんの嘘つき!」
リリアちゃんが叫ぶ。
「あんたの非常識の大半が池向こうのおばちゃんのせいなんじゃないの!? どうして魔力が……、……あら?」
リリアちゃんが言葉を止めて、キョロキョロと自分の周りを見る。
やっと気がついてくれた。
魔力を送り込みながらオレはリリアちゃんの周りに魔術障壁を張ったんだ。
「今あげた魔力でこの魔術障壁しばらく持つから、終わるまでその辺に隠れてて。もうじきリヴ爺も縮み始めると思うから」
「あ……、うん、わ、わかった……、あの」
戸惑ったような目で、リリアちゃんはオレを見上げる。
「……ありがとう」
あれ、またリリアちゃんが可愛いな。
でもまあオレと付き合わないんだったらどうでもいいな。
こっちを睨んでいたコーラは、
「そういうことですか……」
とため息をついてオレに背を向け、リヴ爺に向き直る。オレはむくれて見せた。
「なんだよう、危ないところを守ってやったらカッコいいって言ったのはコーラたちじゃん!」
「そうけどさ、やり方がなぁ……」
ソーダも呆れたような声を出したが、落ち着いて自分の役割に戻っている。
もう、なんだよ、わかんないよ。
ちなみに議論に加わってこない師匠は今、リヴ爺の存在が外にバレてしまわないよう、その魔力の余波を丁寧に丁寧に相殺している。
この森を外から見たら、木の葉ひとつ害されていない平和な日常のままだってことだ。やってる範囲が広くてやってることが細かい。
さすが師匠。粘着質。
さて、師匠に怒られる前にオレはリヴ爺をなんとかしないと!
* * *
消化しきれなかったリヴ爺の魔力を、コーラが上空に打ち上げる。その魔力の刺激で、ポツポツと雨が振り始めた。
やがて豪雨になった頃、やっとリヴ爺が抵抗を止めた。いつの間にか雷も止み、雨の幕に溶けるよ。うに、巨大なシルエットが輪郭を崩していく
リヴ爺が苦しげに吠えた。
崩れてこぼれた魔力が風となって渦巻き、雨を巻き込んで吹き荒れる。
「今だ、ウィズ」
師匠が言う。
え、今ですか? 大嵐ですが。
「ウィズ!」
「あっはい!」
オレはリヴ爺に意識を集中する。
契約の絆を通して、リヴ爺の残りの魔力を吸い上げ、ガマガエルの形をイメージする。
嵐がオレを叩き続けて、ろくに息もできない。だけどオレは集中を保つ。
正気に返れって、リヴ爺!
* * *
フッと身体にかかる圧力が消えた。
と思った瞬間、オレはルビーとサファイアに突き飛ばされる。
「リヴ爺!」
「良かった!」
コーラとソーダは、この一瞬でオレとの仮契約を強制的に解除して、ルビーとサファイアに戻っている。
そんなに嫌でしたか、そうですか。
「……なんじゃおぬしら、どうした?」
ガマガエル姿に戻ったリヴ爺は、キョトンとした様子でルビーとサファイアに抱きつかれている。
終わった……ね?
あー、つかれたぁー!
オレは濡れた花畑にデーンと寝っ転がった。




