5. 泉の大蛇とリリアちゃん
「めんどくさいなぁ……」
ブツブツ言いながら、オレは大蛇の気配をたどり、結局元の水場に戻ってきた。
泉の向こう、薄暗がりの中の元の場所に大蛇は相変わらずとぐろを巻いていて、そのとぐろの中に囚われているリリアちゃんが
「助けて……!」
とオレに手を伸ばしていた。
「うわ、どうしようこれ、ねえリヴ爺」
と聞いてみたが、リヴ爺は喋らない。
そうだった、よその人の前ではリヴ爺は基本的に口をきかないんだった。
「ううっ……」
ギリ、と大蛇がリリアちゃんを締め上げ、リリアちゃんは苦しそうな声を上げる。
「わあ、大変そうな感じじゃん」
「助けて……ウィズさん……」
リリアちゃんは切なげな声を上げる。
これは、もしかして、絵本とかで見る囚われのお姫様って感じ? そしたら勇者がオレで、オレが助けなきゃ?
うーんどうすればいいんだろ。
とりあえず魔法撃つか。えーっと。こうかな?
「彼女を離せぇ!」
ポーズを決めてそう叫びながら、オレは小さめの火の玉を数発、大蛇に向けて撃ち込んだ。
ドカンドカドカ、ドカン!
「シャアアアア!」
「キャーッ!!」
大蛇とリリアちゃんの悲鳴が響く。
同時に、ガラガラガラ! と洞窟の天井が崩れてくる。
「……あれ?」
思ったより威力が高い。
リリアちゃん生き埋めにしちゃったかな?
「リリアちゃーん、生きてるぅ?」
呼びかけに返事はなかったが、土煙の向こうからゲホゲホと咳き込む声がする。良かった、生きてそう。
「ごめんねー? 思ったより強く出ちゃった!」
なんだろうなー? 魔法の制御を失敗すること、滅多にないんだけどな?
「……金葉」
小声でリヴ爺がつぶやく。あっそうか。
オレは泉に駆け寄って中を覗き込む。泉はシュワシュワと泡を立てており、その中心には金色に輝く木の葉が沈んでいた。
「あー、やっぱり、泉の中に金葉あるじゃんー。」
すごいな、触ってもいないのに。近寄るだけでクラクラする。
花弁ですら魔力酔いを起こすのに、金葉なんかあったらそりゃこうなるのか。そんで、こいつの魔力がオレの魔法に影響与えたってことね。
俺は天井を見上げた。元々あった天井の穴が、崩落してさらに大きくなっていた。そこから吹き込んだ風が土煙を吹き散らして、その中から半分瓦礫に埋まった大蛇の姿が現れた。
リリアちゃんはどこだろ。
大蛇がもぞりと動くと、瓦礫が崩れる。その下からリリアちゃんが咳き込みながら起き上がった。
「おー、リリアちゃーん、ごめんねー痛かった?」
「げほっ……、死ぬかと思った……。あんた私を助けたいの? 殺したいの?」
「ちょっと加減を間違えただけだよぅ。……ってか、リリアちゃんオレのことあんたって呼んだ?」
オレはすごく驚いた。
「ねえリウ爺、聞いた? 『あんた』だって!!」
オレは頭の上のリヴ爺をペシペシ叩く。
「根の下にいた時、池向こうのおばちゃんがおっちゃんを『あんた』って呼んでたよ! ねえこれ夫婦ってこと? ねえリリアちゃん、オレたち結婚したってこと?」
すごいすごい!!
やったぁ! オレにも家族が出来たんだ!!
「違うわよ!!」
「え……」
……違うのかぁ。そっかぁ……。
「ちょっと! 何か悪いことした気になるからそんなに派手に落ち込まないでよ!」
「じゃあ結婚する?」
「しないわよ!」
しないのかぁ。
「いいから早く助けに来てよ!」
リリアちゃん急に怒りっぽくなったなぁ。
しょうがない、もう一回魔法を……。
と、ポーズを決めたらリリアちゃんが怒鳴る。
「待って、私を殺す気!? 魔法はもう撃たないで!」
「えー」
「こっちまで助けに来てよ!」
「ええー?」
リリアちゃんのとこに行くには泉を超えなきゃならない。でも、オレはこの水に入れない。
「洗濯桶で……いや、うーん」
桶で浮かんでも飛んでも、金葉に近づくことに変わりはない。めまいで水に落ちたりしたら、目も当てられない。
岸辺でオロオロしていたら、落石で怪我をしていた大蛇が、泉に逃げ込むようにズルリと動き出した。何お前、水蛇だったの?
「キャーッ! 離してぇ! やだぁー!」
リリアちゃんが巻き込まれて、一緒に泉に引き込まれていく。
「わ、ヤバい! あっそうだ、行け、リヴ爺、泳いで金葉を水から取り出すんだ!」
リヴ爺を掴んで泉に投げ込もうとしたら、さすがに焦ったリヴ爺がオレに叫ぶ。
「やめろ! わしだってあんな力の強いものに近づけんわ!!」
「えー、役立たずだなあ。じゃあどうするのよ? このままじゃリリアちゃん助けに行けないじゃん」
「だから最初からアックスに連絡をしろと……!」
「もー、しょーがないな、一回戻って、魔力の通らない釣り道具でも探して……」
「早く助けてってば!」
痺れを切らしたリリアちゃんが叫ぶ。
「え、ごめん、オレらこの水に入れないんだよ。自力で何とかできない?」
「ひどっ……キャアッ」
ズルズル。
リリアちゃんが水に引き込まれる。
「わあ、リリアちゃん!」
驚いて思わず岸ギリギリまで踏み込んだら、一回潜った大蛇が突然目の前に浮かび上がり、オレに向かって鎌首をもたげた。
「シャーッ!」
「わっ、あぶなっ……」
思わず身を引いたところへ、
バシャーン!
大蛇が身を翻すようにして再び水に潜る。弾かれた水が波となって俺とリヴ爺に襲いかかってきた。
「ヤバっ……」
オレは慌てて洗濯桶をかぶり、リヴ爺を守る。
持っててよかった洗濯桶。
「大丈夫? リヴ爺」
「うむ、わしは平気じゃが」
「うん、オレが平気じゃないね」
桶ではオレ自身は覆いきれなかった。腰から足元をビッシャリと濡らして、オレはぐらりと目を回す。
「ウィズ!」
リヴ爺の呼び声を聞きながら、オレは金色の水の溜まった床に倒れ込んだ。
* * *
「やっと動けなくなったかしら?」
頭の上から声がする。
「おー、リリアちゃん。お疲れー」
オレは地面に転がったまま、リリアちゃんを見上げてニコッと笑う。
一回泉に入ったリリアちゃんはずぶ濡れだ。可愛い。
「……驚かない感じ?」
濡れた髪をかき上げながら、リリアちゃんが不審そうに片眉を上げる。これも可愛い。
ってか。驚くって?
「何が? リリアちゃんが本当はこの村の心配とかしてなさそうだったこと? 水のことばっか言ってオレたちを誘導しようとしてたこと?」
「……なによ」
リリアちゃんは不満そうな顔をする。
いやバレバレだったじゃん。
「……村人を治す薬より水をきれいにする薬に興味があるなんてちょっとおかしいよね。 それで、聞いてもいないのに滔々と水の特徴を喋りだすなんてさ」
オレは肩をすくめてみせる。
「そもそもさあ、いくらぼんやりしてたとしたって、流石にこんなシュワシュワした水、村人全員気付かずに飲むってあり得る?」
「……意外と頭が良いわね。分かってて来たのね」
意外って何かな。オレ頭良いんだけどな? まあそこはいいか。
「だって来てほしそうだったから。素直にオレが好きだから来てーって言ってくれたら来たのにー」
「……あの使い魔たちがそれを許しそうになかったじゃない。あの黒髪の、力の強い魔術師を呼び戻されると厄介だなと思ったのよ。あなただけで来るかは賭けだったけどね」
「師匠のこと知ってるんだ、下調べ済みなんだねえー。ってことは、やっぱオレがターゲットだったんじゃーん」
うっわー、照れるぅー。
転がったまま身悶えたオレに、リリアちゃんはなぜか不快そうな目を向ける。なんでさ。
「師匠にはもうルビーかサファイアが連絡してると思うから、3日もしないうちに帰ってくると思うけど、今ならまだしばらくふたりっきりだよー。で? 付き合う話?」
「違うわ。……いえ、そうね、似たようなものかしら」
リリアちゃんが何かを口の中で詠唱して、ヒュ、と手を振ると、その手の中に魔法の杖が現れ、濡れた服がパッと乾いた。髪がふわっと舞い上がって可愛い。
リリアちゃんは杖をトンと地面に突いて、オレに向かって首を傾げる。可愛い。
「……ねえ、私に魔力を渡して、その使い魔を置いてってくれないかしら?」
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