4. 井戸の異常と金の花
昼過ぎになって、リリアちゃんは帰らないとマズい時間になったらしい。
リリアちゃんは元気なく挨拶をして扉を開け、ふと薬屋の看板を見て、あっ、と声を上げた。
「もしかして、魔法じゃないなら……、えっと、水が汚れてるだけで、そのせいでみんなの体調が悪くなっているんだったら、お薬で水をきれいにすることも出来ますか?」
「ん? そうだねえ。ていうか、何、体調崩したってことは、みんなその変な水飲んだの? 勇気あるなあ」
「最初は気が付かなくて……。みんなが具合悪くなってから、よく見たら水がうっすらと黄色みがかっていて……」
汚水が混じったのかな?
「みんな、目眩や吐き気で寝込んじゃって、特に子どもに症状が重くて……」
汚水なら軽い食中毒も起こすよなぁ。
「でも、畑に撒くと作物が異様に育ったり……」
……ん? 肥料的な物質の汚染なのかな?
「人によってはすごく元気になったり……」
……んん?
「でも、元気になる人は、ぱあって金色に光って、寝ないで3日ほど働いた後ばったり倒れるので、やっぱり良くないんだと思います」
……んんん?
「……で、水は薄黄色いですがすごく透明で濁りもなく、ポコポコと細かい泡が湧いている感じです。ええと、リンゴ酒のような……」
……………。
「えええええ!?」
少しの沈黙の後、オレは大きな声を上げた。
リヴ爺もカウンターの向こうでガタッと音を立てた。そうだよね、そういうことだよね!?
「えっ、何か危ないものですか?」
オレが急に大声を出したので、オロオロとリリアちゃんが狼狽える。
「……あっいや、なんでもない。そういう水を浄める薬はないかなー。一時的なものの気がするので、少し様子を見たらいいかもー。お役に立てなくてごめんね、じゃあまたね、リリアちゃん」
オレは平静を装ってリリアちゃんに手を振る。
その背を見送りながら、ルビーが小声で言う。
「……送っていくよ、とは言わないところがウィズさんらしいですね」
「え? 送る? なんで?」
「……。……送ればたくさんお話できるでしょう?」
困った顔をした後、少し考えてルビーが言う。
「あと、危ないことかあった時、守ってあげたらカッコいいよ」
サファイアも言う。
オレは意味がわからなくて首を傾げる。
「誰かと喋ってたら歩くの遅くなるじゃん。急いで帰るのにウザくない? あと、危ないことって何、来た道帰るだけじゃん。なんかあったら自分で何とかするでしょ」
「……まあそりゃそうなんだけど」
「伝わりませんねえ……」
ふたり揃ってそんな呆れた顔しなくて良くない?
「てか、夕方になったら花弁降るじゃん、オレが帰れなくなるけど?」
「それはそうですわね……」
「いや、あんたはそれこそ自分で何とかできるだろ!」
サファイアが怒った。
え、だからみんな自分で何とかできるでしょって言ってんじゃん……。なんで怒ったのかわかんない。サファイア怖。
そうこうしてるうちに、リリアちゃんの背が道の向こうに見えなくなった。それを確認して、オレは店内へ駆け戻る。
「リヴ爺!」
「うむ! すぐにアックスに使いを出して……」
「アスタル村に行こう!」
「……何?」
不審げに顔を歪めたリヴ爺を引っ掴んで頭に乗せ、店の外へ駆け出す。
「待て、こら、ウィズ!」
「どこ行くんですかウィズさん!」
アスタル村に行くって言ってんじゃん。
「勝手なことをしたらダメだよ! マスターに怒られるよ!」
サファイアがオレを捕まえようとしたが、オレは店の横に立て掛けてあった洗濯桶を蹴倒して飛び乗り、空高く飛び上がる。
「なぜ洗濯桶……! まったくもう、ほうきだったり臼だったり、そこらにあるもの手当たり次第に乗り物にして……! それ、ちゃんと壊さず持って帰ってきてくださいよー!!」
ルビーの声を背に、オレは爆速でアスタル村方向へと飛び出した。
* * *
「……さて、ここが村の井戸の一番上流だと思うんだけど」
上空から、村にいくつかある井戸の配置を確認し、一番高いところにありそうな井戸の側に降りる。
村人はリリアちゃんの言う通り体調があまり良くないようで、外に出ている人が全然居なかったので、誰にも気づかれずに着陸出来た。
「いやー、ホントにシュワシュワしてるねぇ。普通これ飲むぅ? どうなってんのこの村の人達」
オレは呆れて肩をすくめる。
「さて、沢まで水を汲みに行くってことは、井戸全滅なんだよねえ? ってことは、水脈全部なんだろうから、ここより上を調べるのが良いよね、ね、リヴ爺」
返事はない。頭の上のリヴ爺からは怒りの圧を感じる。
「リヴ爺! いつまで拗ねてんの。そんなだから奥さんに捨てられるんだよ」
「やかましい! 捨てられてはおらん!」
「すぐ怒鳴るー。そういうとこだよー」
「……ッ」
バリバリバリ!
「ぎゃー!!」
雷撃に打たれてオレは地面に倒れ伏す。
「こうなるのがわかってるだろうに何故わしを煽る……」
ジンジンとした耳鳴りに混じって、リヴ爺の呆れた声が聞こえてきた。
* * *
「ほれ、こっちじゃ。モタモタするな」
ベタン、ベタン、と跳ねながら、リヴ爺が水脈を辿る。
オレは草を掻き分け木の根を踏み越えながらリヴ爺を追う。木が生い茂って空飛ぶ洗濯桶は使えないし、つまり担いだ洗濯桶がただの荷物で邪魔だし、斜面は疲れるし。オレは不満たらたらだ。
「ねー、まだあー? 夕方までに帰れなくなっちゃうよー」
「少しは自分で探さんか! 気配くらい分かるじゃろ!」
「えー? めんどくさーい」
ジロリとこちらを振り返り、リヴ爺はパチパチっと火花を散らす。
「わぁ、待って待って、わかったから! んーと、気配気配……」
オレはリヴ爺が進む方向へ意識を飛ばす。
「あ、なんだ、もうすぐそこじゃん」
言いながら、森の中を洗濯桶と共にもたもたと少し走り、そこにあった岩に登ると、不意に視界が開けた。
目に飛び込んできたのは一面の金色。
「うおっ、すげー!」
木々の間、ポッカリと空いた、少し窪地になった平原。はるか向こうの山肌に小さな崖がある。
その崖にあいた洞窟から流れ出す金色の小川が、平地へと広がり、ここを金色の湿地にしている。そして、その湿地には見渡す限り小さな金色の花が咲いていた。
風に揺らいで太陽を弾き、一面にキラキラと光の粒が散る。
風の流れに合わせて波のように光が流れたと思うと、凪いだ風にかすかに揺らめいて、小さく瞬く星のようになる。
「うわー、これ上空からならすげえ目立つんじゃない? 1日で往復できる範囲だよ? なんで師匠気づかなかったの?」
「アックスは目立たぬようなるべく空を飛ばないからの」
「そんなことしてるから灯台下暗しになるんじゃん。さて、じゃあ師匠を出し抜いてあの洞窟の探索だ! たぶんあそこに……」
オレは言いながらニヤッと笑う。
「……金葉があるよね」
* * *
オレは洞窟を進む。
中は暗く、魔法で光の玉をいくつか浮かせて道を照らす。
「こっちの方から水が流れて来てるねぇ」
水を踏まないよう気をつけながら、立ち止まって少し先を伺った時。
「キャーッ!!」
洞窟の奥から女の子の悲鳴が聞こえてきた。
「リリアちゃん!?」
オレは声の方に駆け出した。
* * *
洞窟の奥は中庭のようになっていた。
屋根が崩れたのか、ポッカリと丸く空が見え、そこにこんこんと清水の湧く泉があった。
泉の周りにだけ丸く日が当たり、その奥はまた暗くなっている。
その薄闇を透かして、巨大なヘビがとぐろを巻いてこちらを睨んでいるのが見えた。
そして泉の手前には、ヘビと向き合うようにしてリリアちゃんが立っている。
「リリアちゃん!」
「あっ……! ウィズさん、来てくれたんですね……!」
「うん。なにこれ、どういうこと?」
「あ、あの、私、水の汚染の元がもしかしたらこの水源の泉のせいかと思い立って、来てみたら、あ、あのヘビが……」
「へえ……」
「そ、それであの、泉がシュワシュワしてるんですけど、あの、あのヘビのせいですか……?」
「ええと……」
あのヘビにそんな魔力はないなあ。なんて答えよう。なんて答えるのが正解かな?
「あれはええと……、蛇の魔物、サーペントってやつでぇ……」
オレが考えながら喋っていると、不意にその大蛇が鎌首をもたげた。
「シャーッ!」
「キャーッ!! にっ、逃げましょうウィズさん!!」
リリアちゃんがオレの手を引いて来た方へ走り出そうとする。手、ちっちゃい。ちょっとヒンヤリしてる。可愛い。
「ウィズさんっ……!」
「あっはいはい、戻るのね、はいはい」
ぐいぐいと引っ張る可愛い手を堪能してたら怒られた。しょうがない、走るか。
「シャアアアアッ!」
這う音とともに、大蛇の威嚇の声がする。追いかけてきてるらしい。
大蛇には狭いだろうに、よく追いかけてくるな。
リリアちゃんは右に左にと洞窟を逃げ回る。
出口こっちじゃない気がするけど、まあいいや、リリアちゃんの行きたい方について行こう。
そのうち息が上がって速度が落ちてきたリリアちゃんが、泣きそうな声で言う。
「どうしよう、ウィズさん、出口わかんなくなっちゃったぁ……」
「あははは、やっぱり? なんか方向違うと思ってたんだよね」
「わかってたんなら言ってくださいよぅ!」
「えー? 追いかけっこ楽しんでるのかなって……」
「楽しくないです!」
と怒って振り向く。可愛い。
気がつけば、大蛇の気配はいつの間にか消えていた。リリアちゃんとオレは足を止めて、少し休憩することにした。
「っていうかさ、リリアちゃん、洞窟の道わかんないの?」
「落ち着いてたらわかります、ちょっとパニックになっちゃって、ごめんなさい……。あと、灯り、ありがとうございます。私、ランタンを泉のところで落としちゃって……」
「ん? ああ、そういえば」
見れば光の粒がいくつか、オレたちのまわりをゆるゆると回っている。
そっか、光魔法つけっぱなしにしてた。
「……もしかして無意識ですか……? すごすぎるでしょ……」
「ええ??」
この程度で? リリアちゃん、魔法の評価、過大すぎない?
笑ったオレに、リリアちゃんは不満そうにほおを膨らませる。可愛い。
「ウィズさんは自分のすごさがわかってないんですよ!」
「えー、オレにとっては使えて普通だからなぁ」
「……ウィズさんは、魔術師になって長いんですか?」
「オレ? オレは生まれた時から魔術師だよ」
「すごっ」
あはは、とリリアちゃんが笑う。
「そしたら、生まれる前から魔術の勉強をしてたんですね」
「……あっそうなるのか、うんそうだねアハハハ」
オレは慌てて笑って誤魔化す。オレが生まれつき魔法を使えるのは秘密だった。やばいやばい。
「頭の上のカエルさんはもしかして使い魔さんですか? 可愛くて強そうですね!」
「可愛い? これが?」
笑い飛ばそうとして、ふと引っかかる。
『使い魔さん』?
「リリアちゃん、そういうの、あんまり表で言わないほうがいいよ」
「えっ?」
「魔術師の事に変に詳しいってバレると、大樹の守護隊に目をつけられるよ」
「あ……、そ、そうなんですね。私、今度の件で色々調べてたものだから……」
リリアちゃんがオロオロと言い訳を始めたその時。
リリアちゃんの後ろの闇の中から、音もなく、ぬっ、と大蛇が顔を出す。
「わ、リリアちゃん、後ろ……」
「えっ」
リリアちゃんが振り返ったときは遅かった。
大蛇はリリアちゃんをパクっとくわえ、あっという間に洞窟の奥へと姿を消した。
「キャアアァァァ……」
悲鳴が尾を引いて遠ざかって行く。
「えええ……」
オレはぽかんと口を開けたまま、リリアちゃんの消えた先をしばらく見つめていた。
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