第四部
宇宙人の品格(四部)
私は今、東京ディズニーランド行の長距離夜行バスに乗っている。
数日前に娘から孫娘が友達と一緒にディズニーランドに行きたがっているから同行してほしいと頼まれたのだ。
同じ高校の同級生で夏休みであったのだが、子供たちだけで行かすのは心配だと言う。
では保護者に誰がいいか思案すると、毎日が隠居生活の私に白羽の矢が立ったのである。
自分は高齢で付き添いは遠慮したいと断ったのだが、孫娘本人が私なら安心だと言い張ったため、行く羽目になってしまったのである。
旅費節約のため長時間のディズニー直行の夜行バスで、年齢的にはかなり堪える。
といっても体を借りているだけなのだが、あまり酷使すると今後の行動に支障があるかもしれない。
待ちに待った旅行で案の定、孫娘とその友達A子は嬉しくて仕方ないのであろう、バスの中で会話は途切れることはなかった。
それは他の客も同じで、親子連れ、友達どうし騒がしい車内となっていた。
時折、孫娘が私に話を振ってくるが、適当に相槌を打ちやり過ごす。
そのうち、目を瞑り寝たふりを決め込んだ。
とは言っても、社内の客の話は前後左右から聞き分けることはできる。
会話の内容は様々で、皆楽し気に世間話に花を咲かせている。
時間が過ぎて、何度かパーキングエリアやサービスエリア休憩があった後、バスは順調に走行し、目的地の半分以上の距離まで来ていた。
社内は喋り疲れたか静かになっていた。
ところが、ある地点でバスに横揺れが目立ち始めた。
私は走行の微妙な変化を意識するようになった。
ほとんどの乗客が眠っていて、気が付いてはいないが、私一人だけが緊急事態を察知した。
私は体を抜け出し運転席に近寄り、運転手の状況を見ると瞼が細くなっており、居眠り運転直前であることがわかった。
このままではかなりの速度で走っているだけに、大事故につながることは確実であった。
交代の運転手も側に座っているのだが目を閉じており、気づいていないようだ。
私は決心した。
運転手の鼻から忍び込み脳に入り覚醒させる方法を実行することにした。
神経を刺激し活性化する方法もあるが、手っ取り早く大声を脳内に反響させることにした。
『おーい、寝ちゃあだめだよ』
彼はびっくりして、目を大きく開け左右を見まわした。
『だめだめ、真っすぐ前を見て運転しなきゃあだめだぞ』
その声に彼は前方を見ながらハンドルを握りしめる。
『安全運転に徹しろよ。大勢の乗客が乗っているんだから』
運転手は頷きながらメータ類、左右の確認を行いながらバスを真っすぐに走らせて行く。
そのやりとりに気づいた者は他には誰もいなかった。
バスの中は静かなままであった。
私はしばらく様子を見た後、もう大丈夫だろうと判断し自分の席に戻った。
そして、時間が過ぎ、開演前のディズニーランドバスターミナルに到着した。
ドアが開き、乗客が次々と降りてゆく。
皆楽しそうな表情で前方に見える大きな建物や会場に目が向いている。
運転手は路上に降りて一人一人に笑顔で挨拶を繰り返す。
孫娘とその友達も降り、次は私の番であった。
私は運転手の顔を見ながら、
「これから気をつけてね。きちんと自己管理しなきゃあ駄目だよ」
と言った。
その瞬間彼は顔色が変わり、青ざめて私を見つめた。
私は彼の肩を軽くたたきながら孫娘の後を追った。
運転手の視線を感じながら。
私は孫娘たちと共にディズニーランドのアトラクションを可能な限り回ることとなった。
1日かけて思う存分楽しい体験をしようと話し合ったようだ。
私自身は娯楽に関してさほど関心があるわけではないので、彼女等についていくだけで、そのエリアの前で見守ることがほとんどであった。
時折一緒に乗り物に乗ろうと誘われたが、雰囲気を味わっているだけで満足と答えて遠慮した。
アドベンチャーランド、ウェスタンランド、ファンタジーランド等々、大抵行列が出来ていたが人気のアトラクションを駆け巡った。
二人とも建物から外に出てくると興奮した顔で体験内容を説明する。
それを聞いているだけで、同行してきた甲斐があったと感じた。
けれども驚いたのは若い二人は貪欲だということ。
前もって予定していたと思われ、休息することなく次のアトラクションに向かう。
ディズニーパーク内のマップも頭に入っているようで、目的の場所にはスムーズに移動する。
いや、なにしろ広い面積だけに、入場客の大半がそれなりの準備をしてディズニーランドの雰囲気を楽しんでいると思われる。
途中で二人が買い物をして、荷物になったが、外で見ているだけの私に預けて、また次のアトラクションに向かっていく。
様々なイベント、ショー等もあったが、私が土産品の管理係であることは仕方がないことであった。
ところが通路にあるベンチで二人がコーナーから出てくるのを待っていた時、幼女が泣きながら私の方に向かってきた。
おそらく母親からはぐれたのであろう
「ママ、ママ!」
と周囲をキョロキョロと見まわしながら駆けて来る。
どうしたものかと思案したが、あの子からすれば私は見知らぬ年寄りで、声を掛けて一緒に親を探し回るのもいやがるかもしれない。
二人から預かっていたミッキーマウスの人形を目にし、名案を思い付いた。とりあえず幼女に近づき声を掛ける。
「お嬢ちゃん、お母さんとはぐれてゃったんだね。大丈夫。このミッキーマウスが連れて行ってくれるから」
幼女は受け取ったミッキーの人形を見てべそをかきながら首を傾げる。
私はベンチに戻り、座ってから身体から抜け出し、ミッキー人形に乗り移る。
そして、幼女に声を掛けた。
「僕はミッキー。君のお名前は何というのかな!」
「ワア、ミッキーがしゃべった」
幼女は不思議そうな顔をしたが、笑顔になって答えた。
「チエって言うの」
「チエちゃんだね。ママが居なくなったんだ。僕と一緒に探しに行こうか」
「ウン」
幼女は抱えた人形が指さす方向に歩きだした。
私は一瞬のうちに人形から抜け出し、パーク内を巡るケーブル類を伝い、娘を探している母親をサーチしていく。
秒単位で各所を移動し、ある一角で蒼い顔をして娘を呼んでいる母親を認めた。
そして、瞬時に人形に戻り幼女に行く方向を教える。
「こっちだよチエちゃん」
母親も場所を移動しているため、何度か出たり入ったりを繰り返す。
そしてようやく対面が叶った。
「チエ、こっちよ。よかったわ」
「ママ、ママ!」
親子の安堵する姿を見ることが出来て一安心。
ところが、母親が娘が抱えているミッキーマウスの人形を見て尋ねた。
「その人形どうしたの?」
「知らないおじいちゃんがくれたの」
母親は周囲を見回したが、それらしき人はみあたらなかった。
「ミッキーちゃんにママのところに連れてきてもらったの」
と言った。
もちろん、母親は訝し気であったものの、見つかったことが嬉しくて、うなずきながら、
「そう、ミッキーちゃんはチエの味方だったのね。よかったわね」
と言って取り上げようとはしなかった。
どうやら返してもらえそうにないようだ。
その様子を見届けながら元居たベンチに戻ったが、丁度二人がアトラクションの施設から出てきたところだった。
ミッキーの人形を幼い子供が欲しがったので譲ったことを謝り、同じ物を買いに行くことで納得させた。
その後、夕方まで予定していたアトラクションを楽しみ、最後はパレードを見学してディズニーランドを後にすることとなった。
もちろん孫娘と友達のA子は大満足の一日であった。
家までは電車乗り継ぎの上、新幹線で帰ることになっている。
結構強硬スケジュールではあるが、若い二人は平気な様子。
ディズニーランドではとにかく見て楽しむことを優先したためか、新幹線駅構内で購入した夕食の駅弁もボリュームのあるものを選び食欲旺盛のようだ。
一方で私は控えめなメニューにして、賑やかに会話する二人とは別の席に座り、車内でゆっくりと身体を充電するつもりであった。
ところが、新幹線が発車ししばらく走行したが、途中で急に減速しそのうち停車してしまった。
最初はあまり気に止めなかったが、動き出す気配がない。
孫娘が何かあったのかなと言うのと同時に車内アナウンスがあった。
路線の途中で突風、落雷が発生し、架線事故があったとのこと。
復旧にしばらく時間がかかり発車がいつになるかわからないらしい。
このままでは帰るのが深夜になりそうだと、孫娘の不満の声が聞こえてきた。
結局様子を見にいかざるを得ない。
私は二人に疲れたから休むので起こさないでほしいと伝えてから、体から抜け出ることにした。
なにしろ、抜け殻の姿を見せたくないために、用心する必要があるのだ。
私は車両上部に移動し外に出て架線部分に辿り着く。架線は車両に電気を送る機能と、通信用途があり、それに伝って進行方向に移動していく。
途中、何本かの新幹線車両が停止しているのを横目にして高速で移動していく。
ある区域に到達すると、気象条件は回復してはいたが、あたり一面風雨が吹き荒れた様子が窺がえた。
夜になって暗かったのだが私には線路周辺の状況を見通せることが出来るのである。
場所によっては飛ばされた樹々や葉が散乱しており、竜巻のような現象が起こったようだ。
その前後を注意深く観察すると、架線の一部にテントのような被膜材が覆いかぶさっているのが目に入った。
風で飛ばされて引っかかったのであろう。
その辺りに移動すると、電気量が低下していることがわかった。
どうやらこれが原因で送電異常を及ぼしていると判断し、取り外す処置を開始した。
完全に除去した時、直下に保安作業要員の姿が目に入った。
彼らに目掛けて被膜材を落としてやった。
そして、通電が平常に戻ったことを確認する。
おそらく、送電トラブルは架線から落下してきた被膜材が原因であると知り、運行が正常に戻るだろうと推測した。
そして、私は急ぎ乗っていた新幹線車両に戻った。
ところが、車内では思わぬ事態が発生していた。
車内放送で医者がいないか問い合わせているようだ。
私は目が覚めたフリをして、後ろの座席に座っている孫娘に聞くと、前方の車両で気分が悪くなった客がいるので医療経験者に診てほしいようだ。
何度か問い合わせていることから、今のところ名乗り出ていないようである。
私はトイレに行くと言って見に行くことにした。
車両内を移動していくと、ある座席周辺に車掌をはじめ幾人か集まっているのが目撃された。
私は空いている座席に腰かけて用心深く体を抜け出す。
彼らの頭上から覗いてみると、高齢の女性が胸に手を当て苦しんでいる様子が目に入った。
顔が真っ青で、回転させた向かいの座席で若い男性が肩に手を当て、出来る限り楽にさせるよう気を配っている。
「すみません。私はまだ見習いですので・・」
ようやく見つかったようだが、医師とはいってもまだ駆け出しで、このような急患には慣れていないだろう。
もちろん、医療器具や薬も持ち合わせはなさそうである。
「お母さん、もう少しの辛抱よ。おかあさん!」
娘であろう女性が側で励ましている。
その横には孫であろう子供たちも心配そうだ。
もしかしたら、彼らもディズニーランド帰りかもしれない。
列車は次の駅の手前で停車しており、自分が送電トラブルの原因を除去したとはいえ、点検作業があり、まだ発車までに時間が掛かりそうである。
私は決心した。一瞬車内を暗くして、女性の鼻の穴から身体に潜り込んだ。
胸の痛みから考えて、気管を経て大動脈を進み心臓付近に至る。
私の人体に関するメモリ一覧から判断すると、高齢者の胸痛は、心不全の兆候があり要注意で、身体に血液を送る機能を阻害する恐れがあるらしい。
従って血液の流れに支障を及ぼしている原因を調べるため、心臓周辺の血管、弁膜類を探っていく。
すると、動脈の一部が細くなっている箇所を発見。
放置すると、詰まってしまう恐れがあることがわかった。
このままでは心筋梗塞になってしまうため、何らかの処置を施さないと危険である。
とても医師の卵では手に負えないだろう。
私は保持しているパワーを屈指して、閉塞部分を広げることに専念した。
そして、徐々に付着している血栓を除去。
その結果血流はある程度改善することが出来た。
そして、身体から抜け出て座席の上方から様子を見ると、高齢女性は痛みが和らぎ、顔色も徐々に良くなっていくことが分かった。
「ありがとうございます。お蔭様でもとに戻ったようです」
若い男性医師に感謝している。
「いえいえ、私は何も・・」
良くなった理由が分からず困惑してはいるものの、周りの人々も謝意を示しており、満更でもなさそうである。
同時に送電トラブルが解消し、発車案内の車内放送が流れてきた。
車掌の連絡では次の駅で救急隊が待機しており、念のため高齢女性の家族は到着次第下車し、治療するそうである。
私は席に戻りようやく体を休めることが可能となった。
そのあと新幹線は順調に走行し、予定遅れで最寄りの駅に到着した。
そこからはタクシーで孫娘やその友達の家まで送り届けることが出来た。
孫娘が別れる時、私に言った。
「おじいちゃんと一緒だったお蔭で、何の問題もなくて本当によかったし、とっても楽しかったわ。また次に行く時もお願いね」
私は反論したくなったが、言わないで頷ずくに止めた。




