第三部
宇宙人の品格(三部)
街で行き交う人々はほとんどが顔にマスクを嵌めている。
朝日四郎も必要でなかったとはいえ、街中に出るときは、世の中の趨勢に従うべきだと考え嵌めることにしている。
なぜ人間はほんのちっぽけなウィルスごときに振り回されているのだろうと思いながら、久しぶりに娘の家を訪れたのである。
ところが玄関のインターフォン越しに返ってきた声は、
「お父さん、家の中に入らないで!」
であった。何故なのか聞いてみると、
「家の者が皆コロナに感染しちゃったのよ。お父さんにもうつると困るから」
であった。
仕様がないから要件を伝え、何か出来ることがあれば言ってほしいとだけ伝え、そのまま帰ることにした。
だが次の日に娘から電話があった。
かなり慌てた口ぶりだ。
「主人が急に症状が悪くなって救急車で運ばれて行ったの。家族は皆コロナにかかっているから家から出られないのよ。お父さん見に行ってくれない」
途中で孫娘が変わってほしいと言いながら電話口に出てきた。
「私が外からもらってきたの。お父さんにもうつしちゃって、大変なことになって、助けてほしいの・・」
『お祖父さんにそんなこと言っても仕方ないでしょ』
『でもでも・・』
電話の向こうでの親子のやり取りが聞こえてくる。
なんとかしなけりゃいけないなと思いながらとにかく承諾した。
病院名を聞いたが実際に行くわけではない。
コロナ感染を防ごうと世の中が躍起になっているときに、おそらく病室には近づけないだろうと思い、電線を伝って侵入することにした。
コロナ患者を受け入れている病院で、照明機器から覗いてみたが、医師や看護師が慌ただしく治療に当たっている様子が窺がえる。
もちろん彼らはマスク、手袋、ガウン、エプロン等の防護具を装着し、感染対策に最大限気を配っていた。各病室のベッドは病人でほとんどうまっており、今以上の受け入れは難しそうである。
それより限られた病院スタッフで多数の患者を受け持っているため、余裕がなさそうである。
そして各病室を回って娘婿を探した。
すると、ある一室に彼の姿があったが、ベッドに仰向けで寝かされており酸素マスク、点滴が投与されていてかなり重態のようである。
担当している医師の話から、もともと肺に疾患を抱えており、コロナウィルスによって重症化しているようだ。
このままでは最悪の事態も予想される。
孫娘の半泣きの顔が目に浮かび、出来るだけのことをするしかなさそうだ。
周りから悟られないように鼻の穴から忍び込む。
とりあえず意識を確認するため頭部に移動。健常者であれば部外者の出現に違和感や、圧迫を感じるはずだが、反応はなくかなり病状が進行しているようである。
何度か呼びかけてみたが返事はない。
鼻、喉を通過するに従って、呼吸の荒さが伝わってくる。
もし強制的な酸素供給がなければ、外気は肺まで届かないのであろう。
どうやら妨げているものを取り除く必要がある。
もう少し進んで気管支に到達すると、壁面に得体のしれない赤い粒子が張り付いているのが見える。
どうやらあれがコロナウィルスのようだ。
更に少しづつ気道を進み肺近くに達した。時折赤黒く変色している部分があり、本来であれば、ウィルスを攻撃する因子が働いて除去するのだが、長年の喫煙習慣や免疫機能が弱いと侵されてしまう。
どうやら娘婿もタバコ好きでそのツケが回ってきたようだ。
さて、どのようにしてウィルスを取り除いていくか。
なんらかの手段で攻撃して消滅させるにはあまりにも数が多すぎる。
結局ある意味では自然の方法で外に放出させる以外なさそうに思えた。
本人にとってはかなり苦しいだろうが、我慢してもらうしかない。
ただ、その措置を講じている間、周囲の人に気づかれてはまずいのと、吐き出したウィルスを拡散しないようにする必要があった。
一旦体内から出て、ベッドの空間を回りから遮断し音声と外気が漏れぬよう、一種のバリアを張った。
そして、酸素マスクを外し、再び口から喉に移動し、咳をする神経を刺激した。
すると、「ゴホゴホ」と胸や喉を脈動させながら咳をしはじめた。
その間息をつげない恐れがあり、鼻から強制的に酸素吸入を行う。
また、体力を保つ必要があり、体内に移動しながら、出来るだけ消耗を押さえるように見守っていく。
その作業を行っていくうちに、人体はとにかく複雑な構造であることを改めて実感した。
そして、ある程度の時間が過ぎ、作業を終了し元の状態に戻し、肺の近辺を覗いてみると、ある程度の効果があったことがわかった。
もちろん排出されたウィルスは処分し、バリアも消去。
スタッフや他の患者が、気が付くことはなかった。
当の本人も結構辛かったと思われるが、実は私もエネルギーを消耗し、自宅に戻ってから、充電期間が必要となった。
しばらく経ってから娘から連絡があり、亭主が無事退院したことがわかった。
ただ、絶対安静で周りから隔離されて意識朦朧の時に私の声が再三聞こえてきたとのこと。
私は院内に入らせてもらえなかったため、本人が夢でも見たのだろうと言っておいた。
****
それから数日後、孫娘が私の住まいにやってきた。
家族がコロナに感染し心配かけて謝りに来たのだと思った。
ところがそうではなかった。
開口一番孫娘はこう言った。
「私、おじいちゃんの秘密知ってるんだ」
まさか、私が宇宙人だと見破られているのかと不安になったが、そのあとの思いもよらない言葉を耳にした。
「おじいちゃんて超能力があるのよ、きっと」
孫娘はその理由を説明した。
「だって、困っているときに、おじいちゃんが来たり話したりすると、いいことが起きるんだもん。この前絶対約束に間に合わないと思ったときに電車が遅れて乗れたし、お父さんもコロナが治ったし」
「それはたまたまだよ。私は何もしていないよ」
「だったら、福男なんだわ、きっと」
どうやら否定しても無駄なようだ。
私は苦笑いしながら頷いた。
だが、話はそれで終わりではなかった。
「それでね、おじいちゃんにまた助けてほしいことがあるの」
思わず声を上げそうになったが辛うじて我慢した。
「それは私じゃなくて、同級のライン友のことなの。一番仲良しの子なんだけど、あることでとても困っていて学校にも来ていないの。なんとか助けてあげたいけど、私じゃあどうにもならなくて」
どうやら聞かざるを得ない羽目になってしまった。
「A子ちゃんは私と違ってとっても可愛いの。通っている高校で文化祭があって、投票でミスX高に選ばれて私も嬉しかったよ。ところが何日か経ってネットにA子ちゃんの悪口が書かれだしたの。他校の不良学生と付き合っているとか、万引きもやっているところを見たとか、あげくは、アルバイトで中年男性とデートして稼いでるとか、酷い中傷というんだっけ、が書かれてA子ちゃんも傷ついて学校に来られなくなったのよ」
私は最近よくニュースに載るSNSを使用しての誹謗中傷なのだろうと理解した。
「もちろんA子ちゃんはそんなことしてないわ。とっても真面目な子で、普段大人しくってブスでにぎやかな私とは正反対で気が合うの。だから、何とかしてその悪口を書いてネットに送っている人を懲らしめてやりたいの」
「誰がそんな悪質な噂を流しているのかわかるのかい」
「心当たりはあるわ。ミスX高にA子ちゃんが選ばれて妬んでいる子がいるのよ。その子は顔形が派手で周りからちやほやされていて、学校では自分が一番でないと気が済まないの。もちろんそんなことをやっているとおくびにも出さないけど、関わってるのは間違いないわ。だからおじいちゃんの力でやめさせてほしいのよ」
私にとっては大変困った孫娘からの依頼であった。
もちろん宇宙人である自分にとっては、なんらかの対応は出来なくはないが、その能力を持っていることを知られるのは面倒だ。
結局、無難な返事で承諾することにした。
「私のような年寄りはネットのことは皆目わからないんだが、知り合いに詳しい人がいて、今問題になっているSNS上の誹謗中傷の現状を訴えたり、対策に取り組んでいるそうだ。彼に相談してみるよ」
「ありがとう、おじいちゃん。A子ちゃんを助けてやってほしいの。お願いよ」
孫娘はそう言って、被害者のA子と怪しいとにらんでいる相手の女の子についての住所等詳細を紙に書いて帰っていった。
さて、どうしたものか考えてみた。
もちろんネットのSNSに通じた知り合いなどはいない。
自身で解決策を探ってみるしかなかった。
とりあえず被害に遭っているA子の様子を見に行ってみることにした。
いつものように電線を伝って書かれてある住所の家に忍び込んだ。
A子は自分の部屋で買ってあったビデオ鑑賞をしていた。
アニメ作品で愉快なシーンもあるのだが、あまりモニターに目を向けている様子ではなかった。
なんとなく塞ぎ込んでいる気配が見てとれる。
やはり、孫娘が言ったようにネット上での中傷が本人には堪えているのかもしれない。
私もこの状況を覗き見しているのはあまり感心しないのだが、頼まれた以上致し方ない。
しばらくして、戸が開き母親と思われる女性が声を掛けた。
「A子、どうする、学校の先生と相談してみる。お母さんも一緒に行くから」
母親も娘に降りかかった災難を知っているようだ。
娘は首を振って拒絶した。
「いやよ。お母さんと一緒じゃ変に見られるわ。周りから余計に騒がれるわよ」
「じゃあ、どうするの。お父さんは場合によっては警察に訴え出ようかと言ってるわ」
その時、A子のスマホが鳴り出した。
「待って、ラインのようだから見てみる」
A子が操作して、文面を眺めると、
「P子ちゃんから。親友なの。私の身内にネットに大変詳しい人がいて、でっちあげた嘘の作り話をネットに流している悪者を突き止めて、懲らしめるって。そういう人間は許せないってその人は言ってるそうよ。だから、もう少し辛抱してって書いてあるわ。P子ちゃん、ありがとう」
「大丈夫かねえ。その子の言うこと信用できるのかねえ」
「大丈夫よ。P子ちゃんもその人に何度も助けられたって言ってたわ。だから私ももう少し待ってみる」
私はその親子の会話を聞いて溜息を吐いてしまった。
孫娘からかなり頼りにされているようだ。
私は懲らしめるとか許せないとか言った覚えがないのだが、どうやら引き受けざるを得ない羽目になったようだ。
孫娘の話から、SNSに匿名で中傷文を送っているのは、複数のようで男性のように思えるが、ミスX高に選ばれなかったB子が関わっているはずとのことである。
複数の犯行であれば少々厄介なことに思えるが、とりあえずB子の自宅に侵入することにした。
電線を伝って行ってみると、かなり広い建物で医院と住居が一緒になっていた。
どうやら、親が医者である程度の規模で開業しているようだ。
B子はかなり裕福な家庭で育っているようである。
住宅の方を探ってみると、2階立てで結構部屋数が多いことがわかった。
何か所か調べてみて、B子の部屋がわかり、しかも彼女は学校から帰っており在室していた。
室内は結構広く、ベッド、テーブル、チェアが置かれており、タンス、様々な種類の服が掛けられたクローゼット、等身大の鏡やテレビ、オーディオ装置、ノートパソコンもあり、女子高校生にしてはかなり贅沢な部屋といえる。
部屋のあちこちにマスコット人形、愛玩具が置かれており、壁にはアイドルのポスターが貼ってあった。親が金持ちで甘やかされた暮らしをしているような印象が窺がえる。
当人はベッドで横になって、誰かとスマホで電話中である。
「ええ、あれだけ暴露されちゃったからA子もショックだったんだと思うわ。学校中で皆が噂しているから恥ずかしくて休んじゃってるんだわ」
どうやら、ネットで話題になっている噂話の件のようだ。
「本当のことか私は知らないわ。いったい誰が流しているんでしょうね。万引きしたとか、不良学生と付き合っているとか、その現場を誰かが目撃して、書き込んだと思うわ。人は見かけによらないっていうけどA子、結構外で遊んでいるのかな」
そのあと、他愛のない話題が長々と続き、電話が終わるまで一応聞き耳を立てて観察していた。
その内容からは孫娘が言うようにB子はA子に対してあまりいい印象を抱いてないように感じた。
そして、オーディオを操作し最近流行りのポップスを聞きながら漏らした一言で、今回の騒動の張本人であることが判明した。
「さてと、今度は誰の名前で入力しようかな」
彼女は椅子に座りノートパソコンを立ち上げキーボードを打ち込み始めた。
そして、登録してあるSNSにアクセスしたあと、アカウントを選択。
さらには、巧妙に自身の正体を隠すように操作して、パスワードを打ち込み入力開始。
恐らく誰かから習ったのであろうか違法な運用を心得ているようである。
「ネームは紅白の歌手から適当に福山元帥にしよっと」
私はコード線を伝ってノートパソコンに潜り込んだ。
最近の利用経歴を調べてみた。打ち込みデータを消去していても、私には再現し確認することが可能だ。すると、孫娘から聞いている中傷文がこのパソコンからSNSに書き込まれていることがわかった。
そうであればむしろ好都合であった。
彼女が実行しようとしている作業を防止すればいい。
そして少々お灸を据える必要がありそうだ。
彼女はそうとは知らず入力し始めた。
『俺はミスX高になったJKを知ってるんだ。彼女は可愛くて俺のあこがれなんだけど、この前の夜、偶然に中年男と腕組んでラブホに入っていくのを目撃。大変ショックだったよ』
「こんなんでどうかな。もしこれを皆が見ればびっくりするし、A子は立ち直れないと思うわ」
B子はニヤニヤしながらテキストを伝送するためのエンターキーを押した。
私はそれを食い止めながら、モニター上に文字を表示させた。
『この文章を送付することは出来ませんでした。修正の上実行ください』
A子は表示を見て首を傾げた。
「おかしいなあ。いつもと同じようにやってるのに。じゃあもう一回やってみるわ」
入力し直したが、再び私はより具体的に返した。
『この間違った情報をネット上に載せることは出来ません。正しい文面に書き直すことをおすすめします』
「なによこれ。勝手に文字を表示しているわ。いったいどうなっているのよ」
『B子さん。あなたは根も葉もない中傷文書をネットに書き込んでいます。これは違法行為で罰せられますよ』
「なんで私の名前を知っているのよ。気味が悪いわ。もうやめるわ!」
そう言いながらアプリを閉じようとしたが、私はそれを阻止。
駄目だとわかるとシャットダウンしようとしたが、それもうまくいかず、結局電源を引っこ抜いてしまった。
彼女は焦って顔が引きつっているようだ。
しかし、私はモニターをそのまま映った状態にして、今度は音声を発することにした。
「あなたのしている行為は犯罪です。私はこれから世の中にネットを通じて公にして参ります」
「ヒー!、パソコンが勝手に喋ってる。い、いったいなんなのよ!」
彼女は反り返りながら悲鳴を上げた。
「あなたは罰を受けなければなりません。あなたが発した偽情報、迷惑行為を世間が知り、もちろんご両親も知ることになります。そして人権侵害の容疑で警察に検挙されることになるでしょう」
「だ、だめよそんなこと、絶対にダメ!。身の破滅になってしまうわ」
「仕方がありません。自らが蒔いた種ですから、その報いを受けなければなりません」
「いやよ。パパやママに知らせないで。もちろん学校のみんなに知られると困るし、合わせる顔がないわ。謝るからなんとかならないの。なんでもするから」
「困りましたね、何か方法がないか考えてみましょう。が、その前に本当に反省していますか。それと、もう二度とこのようなことをしないと誓いますか?」
「誓うわ。もう絶対にしないから。約束する」
「そうですか。ではその言葉を信じましょう。これから私の指示通り、被害者が被った虚偽内容を取り消す必要があります。あなたはパソコンのキーボードに入力してください。よろしいですね」
「わかった。言われたとおりにするから」
そして、私はB子と一緒にSNSへの打ち込み作業を行った。
数日経って孫娘が私の家にやってきた。開口一番、
「おじいちゃん、助けてくれてありがとう」
と満面笑みを浮かべて言った。私は知らないふりをして、
「どうしたの。何のこと?」
「いやだあ、とぼけちゃって。A子ちゃんの疑いが晴れたの。ネットにね、A子ちゃんを傷つける中傷文が間違ってましたって送られてきたの。それも今までのが全部よ。お詫びの文章も入ってね」
「ああそうなのか。それは良かった。でも私は何もしていないよ。私が頼んだ知り合いが働きかけしたのかもしれないな」
「だったらお礼を言っといて。万引きも中年男性とのデートも見間違いだったって。不良生徒との付き合いもそう。おまけにA子ちゃんは彼氏がいなさそうに思えるだって。それは本当のようよ」
「そうか、そうか。じゃあ学校には来たのかな」
「ええ、今日から登校してきたわ。周りから全部嘘とわかって良かったねって、声を掛けられていたわ。なんと疑わしいって言ってたあのB子ちゃんも喜んでくれたの。A子ちゃん、ほっとした顔つきだったわ」
「じゃあ、この騒ぎは一件落着なんだな。私も安心したよ」
私がそう言うと孫娘は笑顔を見せて頷いた。
だが次の一言に再び溜息を漏らすことになった。
「それでね、おじいちゃん、もう一つお願いがあるんだけど聞いてくれる?」