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 第二部

挿絵(By みてみん)


朝日四郎は以前にお世話になった一人暮らしの老母の家を訪ねてみることにした。

とはいっても、猫の体を借りて人間社会を調べていた時で、彼女が野良猫であった私の姿を目にすると、いつも可愛がってくれたものである。

飼い猫の場合は自由に外を動き回れないため、行動範囲の広い若い猫を選んだのだが、雌と知ったのはしばらく経ってからで、度々雄猫が近寄ってくるのが悩みの種であった。

その私を家の中に入れてくれて、話しかけながら頭を撫でてくれたり、食べ物をくれたり、家族同様に接してくれたのである。

二十年ほど前に連れ合いに先立たれ子供もおらず一人暮らしを通している。

今まで猫を飼ったこともあるが、死なれてからは寂しいようで、野良猫でも大歓迎のようだ。


ところが、その家の前に来ると道路上にパトカーが数台止まっており、警察官と思われる男たちが家の中に出入りしている様子が見えた。

また、その周辺に大勢の人々が見守っている。

なにやらものものしい雰囲気で、異変が起こっているようだ。

そのうちの一人に近寄り何があったか聞いてみた。


「あの家に強盗が入りおばあさんが殺されたようだよ」


私は驚いてしまった。

あの親切な老女が殺されるなんて信じられない思いだった。


「近所の人が呼びかけても返事がないんで中に入ったそうだ。居間で倒れているのを見て、警察に連絡したらしい。部屋の中はかなり荒らされていて、強盗に押し入られたと思ったそうだ。発見者とは普段俺も親しくしていてね。あの家からすぐに外に出て震えながら話していたよ。おばあさんは頭から血を流して仰向けに倒れていたって。もう明らかに息をしていなかったそうだ。酷いことするな」


私はその場を離れどうするか思案した。

もう少し詳しく知ることは人間調査の一環だと判断した。

けれどもここで朝日四郎の体から抜け出すわけにはいかない。

抜け殻がマネキン状態になってしまうからだ。

その代わりに聴力を最大限に増強してみた。

家の内部の様子を探ってみる。

様々な声が飛び交っているが、現場検証の責任者と思われる人物に焦点を当ててみた。


『被害者の死因は後頭部を殴打されたことのようだな』


『鑑識が死体を検分して判断したようです』


『これは想像だが、かなり抵抗したので黙らせようと思って殴ったのかもしれないな』


『そうですね。今までのケースだと被害者は怖くて犯人の言うがままに大人しくしていたそうです』


『では、やはりここのところ散発している押し込み強盗グループの仕業とみていいかな』


『そう思います。手口が似ています。いずれも一人暮らしで、時間帯、部屋の荒らされた方も似ているし、複数の人間の犯行であるのは間違いなさそうです』


『そうだとすると、当面は目撃者探しになるな。それとこの付近の防犯カメラを当たらねばならない。ただ、今までと同様に顔を隠しているのは間違いないし厄介な事件に違いないぞ』


私は彼らの話を聞き、老母は常習のグループ強盗に家宅侵入されて騒いだために殺されたことがわかった。

さぞ怖かったであろう。

まさか自身がこんな目に合うとか思わなかったであろう。


これからどうしたらいいかと思案した。

老母はそこそこの年齢に達していたが、まだまだ生きていたかったはず。

さぞかし無念であったろう。

私の記憶データには親切な老母の項目がかなりのウェートを占めている。

もし私が猫の姿のまま老母宅に出入りしていれば助かっていたのかもしれない。

どうやら行動に移す必要がありそうである。

人間界でいえば仇討ちといったところか。


自宅に戻り作戦を練った。

犯人捜しは警察から情報を得るのが手っ取り早い。

先ほど会話を傍受した担当者が所属する所轄警察署の電気配線から構内ネットワークに侵入。

設置されてあるコンピュータ機器を探ってみる。

幾種類かのデータの内、家宅侵入事件に焦点を当ててみると、最近頻発しているグループでの押し込み強盗が記載されていた。


『県をまたぎ押し入り強盗窃盗事件の多発』


『在宅時を狙い店舗や住宅に侵入し金品を強奪』


『グループで行動し顔を隠した計画的な犯行』


さらに署員の会話も聞こえてきた。


『今回は今までと違って死人も出ているんだ。強盗殺人案件として捜査本部が設置されるぞ』


『そうですね。当然殺人事件が発生した所轄警察署であるうちの会議室か講堂が対象になりますね。他県も絡むし本部からの動員もあるでしょうから受け入れの準備が必要でしょうね』


私はこれだけ警察も本気になっていれば犯人が捕まるのも時間がかからないと判断した。

なにしろこの国の警察は優秀との評判をよく耳にする。

その後、新聞やテレビニュースといった一般的な人間の情報入手方法で捜査を見守ることにした。

けれども1週間が経過し、捜査員の地道な聞き込みで目撃情報及び防犯カメラ等での逃走録画はみつかったものの、容疑者の特定には至っていなかった。

複数犯に間違いないらしいが、まだ捜査中の段階だそうだ。

私も一応老母の関係者であるため、早期の解決を促すために手伝う決心をした。


私は再度警察署のデータベースに侵入した。

今回の事件捜査について進行状況をスキャンしてみると、どうやら犯人たちが使用した車が発見されており、指紋等の調査が終わっているようだ。

また、監視カメラに移動中の彼らの姿が映っているのが何か所かにみられた。

その結果4人の犯行であると確認されましたが、いずれも頭から被り物をしており、その人物を特定するのは難しいようだ。

私はその映像の容疑者の体形をデータ化して記憶エリアに保管した。

さらには犯人たちの情報をすべてインプットしこれからの行動の参考資料とした。

そして活動開始。


街中に設置されている監視、防犯カメラは犯人を追跡する上で大変便利な装置である。

警察が苦労して入手したデータ映像を参考に犯人たちの移動経路にあるカメラを次々に辿っていく。

その点警察官の調査よりはるかに速く突き止めることは可能である。

ある地点で犯人は別行動をとり、そのうちの一人をそのあとも追跡可能となり、今まで隠していた顔を確認することができた。

途中で被り物をとり、衣服を着替えても、インプットしてある全身体型から同一人物であると判明した。

そうなるとあとは容易に彼をリサーチすることができて、電車の乗り降りをも確認したうえで、直接路上で歩いている姿も発見。

最終的に住んでいる場所も特定することができた。


そして、彼の部屋にも侵入し、独身で一人暮らし、そして無職であること、持ち物を透視して年齢、出身地等もわかった。

さらには時折かけている仲間との電話のやり取りから犯人であると確信したのである。

そうなるとあとは警察の仕事だと判断した。

私はもちろん自分の正体を告げずに、早速事件の加害者として通報することにした。

警察は有力な情報だと認識し張り込みを行い、当人の写真を入手。

すると監視カメラに写っている犯人の一人と似ており、また彼の身許を調べたところ極めて疑わしい人物として注目することになった。

さらに、彼の周辺での聞き込みを行って、ある程度の裏づけをとることができ、実行犯の一人である可能性が濃厚となった。

そして令状をとり警察署に連行したうえで取り調べを行うことになったのである。


けれども、質問に対する答えは芳しいものではなかった。

容疑者は名前、年齢、現住所等にはスラスラ答えたものの、事件発生当日は一人で自分の部屋にいて一日中外には出ていなかったとの供述。

もちろん証明する者はおらずアリバイはないが、被害者の家などどこにあるのか知らないし、行った覚えもないと言い張っているようだ。

容疑者は過去に別件で警察官から取り調べを受けた経験があり、万が一捕まった場合を想定し、あらかじめ受け答えも用意していたようだ。

まだ現時点では証拠も不十分で白状させるには時間が掛かりそうな相手のようである。


私はこの状況を知り、次の取り調べに立ち会うことにした。

といっても、天井に設置してある照明機器からの観察ですが。

そして、取調室で勾留されている被疑者への尋問が行われた。

担当警部が問いかける。傍らには書記係の刑事も同席している。


『事件のあった日はアパートの自分の部屋に1日おったそうだが間違いないか?』


「そうですよ。何度も言っているように買ってあったビデオを観たり雑誌やマンガを見たりしてあの日は外には出ていないって」


『そうかな。お隣さんに聞いてみたところ、あんたの部屋の電気は日中消えていたそうだし、物音も聞こえなかったそうだ』


「電気代の節約でなるべく部屋の照明は点けないようにしているし隣近所に迷惑かからんように音量を下げて聞いているんだ。誰がそう言ったか知らんがね、ずっと観察してたわけでもないんじゃないの」


『食事はどうしてたんだね。一歩も外に出てないならお腹が空くだろうに』


「冷蔵庫に買いだめしてあった物を食べてたよ。普段外食は控えてるんだ」


私は受け答えを聞きながら、このままでは埒が明かないように思えた。

容疑者が嘘を貫き徹そうとしていることは明らかで、現状を打開するには思い切った手をうつ必要がありそうである。悟られないように介入することにした。


一瞬部屋の電気を消し、3人が天井を見上げて戸惑っている隙に容疑者の鼻から脳内に入り込んだ。

すぐに元通りに明るくしたが、まったく気づかれていないようだ。

しばらくは脳細胞の隙間に隠れて様子を見る。


『当日あんたを見かけた人がいるんだ。ちょうど夕方くらいにアパートの前を歩いていたそうだ』


「人違いに決まってるよ。よく似た誰かと勘違いしてるんだろ」


『白状したほうが身のためだと思うがね。裏づけは取れているんだ。もっと調べればいくらでも証人は出てくるぞ』


「ああ、思う存分調べりゃいいや。俺は一歩も部屋から出てないからな」


どうやら平行線を辿っているようである。

だからといって最近警察官の不祥事や高圧的な取り調べが問題になっていることもあり、担当警部も手荒なことは控えているようだ。

私の出番がきたと判断した。


『嘘をつかないほうがいいぞ。正直に話すんだ』


私は金棒を持った鬼の姿に変身し脳内に投影した。


「俺は嘘なんてついてない・・・」


容疑者は突然眼に映った悪魔のような不審者に驚愕した。


「な、なんだお前は!」


私は凄みを効かせて


(嘘を言うと痛い目にあうぞ)


脳全体に反響させた。

それでも、


「俺は部屋にいたんだ」


と言い張ったため強硬手段をとることにした。


(それではこうしてやろう)


金棒で痛覚を刺激する神経細胞を叩いた。


「ギャー」


容疑者は激痛にもがいた。


(どうだ。正直に話すか!)


青ざめてはいるもののまだ口を割りそうにない。


(それではもう一度)


「ギャー、やめてくれ!」


この様子を見て担当警部は首をひねった。


『いったいどうしたんだ。我々は何もしていないぞ』


容疑者の頭の中の出来事であるため、彼の悲鳴を刑事たちには全く理解できなかった。


「た、助けてくれよう」


『どうした。いったい何をすればいいんだ』


と尋ねたが、


「ギャー、言うよ、言うよ。言うからやめてくれ!」


痛みに耐えかねて叫んだ。

彼は眼球に投影された鬼の面相に向かって許しを請うた。


「部屋から出たよ。あの日外に出たことは間違いないよ」


これには警部は色めき立った。


『部屋から出て何をしたんだ?』


「スーパーに食料品を買いに行った。それと街をブラブラ歩いたよ」


(違うだろ。正直に話せ!)


「ギャー。わかった。白状するよ。するから勘弁してくれ」


『何を白状するんだ?』


「俺たち4人で会ったんだ。待ち合わせ場所に集まった」


容疑者は額を机に擦り付け、両手で後頭部抑えながら話始めた。

警部は思いもよらない展開に驚いたが、質問を続けた。


『何のために4人で集まった?』


「民家に押し入るためだよ。金品を盗むために」


『あのお婆さんの家に押し入るためだな。間違いないな』


「ああ、その通りだよ」


よほど、耐えがたい激痛に遭ったようだ、その後スラスラと犯行を供述した。

老母一人で居るところを狙って家内に入り込んだのだが、あまりに大声を上げて騒がれたため、仲間のうちの一人が静かにさせようと殴りつけたため、前に倒れて家具の角に額が当たったようだ。

打ち所が悪く彼女は横になったまま息を引き取ったとのこと。

決して殺すつもりはなかったと強調している。

さらに当容疑者は3人の仲間についても氏名を明かし、更に今までに関わった他の数件の強盗事件をも自供した。

よほどの苦痛であったろうか、容疑者は取り調べが終わった頃には心身ともぐったりした印象であった。

また、担当警部も容疑者の突然の豹変を説明することは出来なかったが、万事結果オーライと自分に言い聞かせた。


その後、警察は他の3人の逮捕状を取り、それぞれの住居を家宅捜査したうえで強盗殺人犯として連行した。

彼らについても今後取り調べの上、罪の追求を行っていく予定だ。

このようにして、一連の押し込み強盗事件は解決した。


その後、しばらく経ってから朝日四郎の姿で、故人が納骨されている墓に参拝した。

亡き夫と同じ墓に入れられたと近所の人から聞き、足を運んできたのだった。途中で手に入れてきた花を供えて、手を合わせ老母の冥福を祈った。

そして、野良猫の姿であった私に対して、親切に接してくれたことを深く感謝した。


けれども、宇宙人である私が、深く関わった相手だったとしても、人間を偲ぶ姿は奇妙だとも言える。

本来感情を超越した存在であるべきで、人間界に干渉してはならないのである。

あくまで調査することが自分に課せられた使命である。

これからは本来の目的に徹しよう。

この日改めてそう決心した。


けれども、近々にその意志が再び崩れることになるとは思ってもみなかった。








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