第八話
ここで儀式について、説明しておこうと思う。儀式のお客というのは人ではなく、もちろん神様である。
三百年後の現代で、演歌歌手の三波春夫氏が『お客様は神様です』と正体をバラしてしまい大目玉を食らった事があった。
神様という存在は人間の姿に化けて常に地上で生き続けているのだ。道ですれ違う他人はほとんど神様だと思ったほうがいい。だから、人には優しくしたほうが人生はうまくいくものなのだ。
神様の中には、自分が神様であることを忘れてしまった者もいる。
現代で言えば、ペレやジーコは『サッカーの神様』であるが、神様であることを忘れ、人間に混じってサッカーをしてしまった人々である。そして世間から「サッカーの神様」と正体がバレてしまった事で、自分が神様なことを思い出したのだ。
この他にも手塚治虫は『漫画の神様』な事を忘れて漫画を描いてしまい。『経営の神様』なのを忘れて、本当に経営をしてしまった松下幸之助や本田宗一郎など、たまに出てくるオッチョコチョイな神様は後を絶たない。
とにかく、教会などは神様が集う神聖な場所である。日本では寺や神社など、儀式を行う舞台は相場が大体決まっている。
英国、イングランドなら教会だ。
ニュートンと海江田は近所にある教会を手当たり次第に回って、儀式をやらしてくれるように頭を下げた。しかし、どこも返事はノーであった。
とりあえず、「儀式の概要を書いたものを見せろ」と言ってくれた教会に、ソロモンが書いてくれた企画書を置いてきた。が、返事をくれる教会は一つもなかった。
どんな形でも儀式をしなければ話にならない。
「海江田さん、こうしよう」
なりふり構っていられないと判断したニュートンはこの時、ある考えを思いついた。
「無名なのを逆に利用しようぜ」
ニュートンの突然の言葉の意図が海江田には理解できなかった。無名だから苦しんでいるのに、それを利用するというのはどういう考えなのか?
「要はハッタリよ。失うものがないんだから、どんどん攻めて行かないと」
ニュートンはそれだけ言って、次の教会へ向かった。
夜も遅くなり閉まり出す教会も出始めている。儀式の予定が決まっているのと、いないのでは明日の練習のモチベーションも変わってくる。
「次でなんとか確約を取り付けたい」と海江田も思っていた。
二人が足を運んだのは、ケンブリッジの歓楽街にある地下の教会。コンクリートの細い階段を降り、ドアを開けると、キャパ二百くらいの半分も埋まっていない殺風景で湿気くさい教会だった。
やっている儀式のレベルも低く、客の神様も酒を飲むかコカインで下がるテンションを無理やり誤魔化しているという寒い盛り上がり方だった。
ニュートンは入り口横にいた受付の聖職者に話しかけた。スタッフTシャツに髪の右半分だけ赤く染め、口にピアスを通した牧師さんであった。
「あの」
ニュートンが声をかけると、面倒臭そうに目だけを向けた。
「人間は千イングランド円だけど」
「オレ達、オランダで結構、ブイブイ言わした儀式してたんですけど。今度、ちょっとイングランドにも自分たちのフィーリングを伝えたいと思って、船で渡ってきたんすよ。責任者の神父いる?」
ニュートンは今までの下手に出た営業とは違い、大物ぶった偉そうな態度で受付の神父に攻め込んだ。
「……ちょっとお待ちください」
受付の牧師は眉間にしわを寄せ、明らかに警戒した顔で奥に引っ込んでいった。
「良いんですか、嘘にしても大ボラですよ」
海江田は心配になって、ニュートンの耳元で囁いた。
「良いんだよ。どうせ、誰も知らないんだから。オランダって言えば、向こうも興味持つでしょ。あとは勢いで中入っちゃえば良いのよ」
ニュートンの言う通り、当時の十七世紀の欧州の文化の中心はオランダであった。しかも、三百年後の世界と違い、遠く離れたイングランドにはオランダの情報がそう随時入ってきているワケではなかったので、オランダで今、何が流行っているのかを知る人はほとんどいなかったのだ。
受付の女は責任者らしい大柄なモヒカンの牧師を連れて戻ってきた。この男が神父のようだ。
モヒカン男はニュートン達に一瞥して近寄ってきた。
「なんか、オランダでやってて、ここで儀式がしたいって聞いたんすけど」
責任者の神父は、安い睨みでニュートンを見下ろしてきた。今にも殴りかかってきそうな雰囲気に海江田は少しビビってしまった。
「ああ、そう」
ニュートンは横柄に返事をし、舞台の上を指差した。
「これ、今のイングランドで流行ってるの?」
「まぁ、はい」
「古いなぁ。まだこういうのでレスポンス来るんだぁ。オランダならガン無視だよこんなの」
そう言って、ニュートンは海江田から儀式のデモを書いた書類を受け取って、モヒカン男に「これ見といて」と手渡した。
「スケジュール調整しなきゃいけないから、すぐに返事頂戴。明日からもう別のトコの出演決まってるからさ」
ニュートンがしゃべっている間、海江田は無言を貫いた。ニュートンから「事務的に振舞って、マネージャーっぽくしてくれ」と頼まれていた。
神父はスグにサンプルに目を通し、「じゃあ、週末のこの時間なら空いているんだけど」と疑い半分に言って来た。
しかし、ニュートンは怯まない。
「週末? 他の出演も決まってるんだけど、ちょっとズラせない?」
「いや、もう他は予定が埋まってて」
「しょうがねぇか……あっちの儀式ズラせる?」
ニュートンは海江田に小声で聞いた。
海江田も「はい」っと素っ気なく頷いて、真っ白な手帳にスケジュールの変更を書き込むような演技をした。
「じゃあ、週末ね。あ、メンバーは俺たちとあと二人いるから、ソイツらは当日来るから、よろしくね」
二人は大柄な態度を貫き通し教会を後にした。
そして店のドアが閉まった瞬間、「よっしゃー」と手を取り合って喜んだ。
地下の小さい教会ではあるが、儀式をする場所を確保し、ビッグな物理学者の第一歩をつかんだのであった。