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第四話

 その活躍は、ケンブリッジの海江田の元にも伝わっていた。一方はイングランド科学界を背負う時代の寵児。誰からも相手にされない海江田とニュートンとはこの時、天と地ほどの差があった。

 儀式の練習すらできない自分、若者たちの垢抜けない儀式を眺めながら、海江田はため息をついた。しかし、事態は海江田が思っていた以上に深刻な方向へと進む事となった。

「おい」

 振り返ると、そこには目つきの悪い大男が数名立っていた。

「な、なんですか?」

 海江田は逃げる隙も与えられないまま、すぐに男たちの周りを囲まれ、突然、暴行を受けた。街灯のない当時では、薄暗い所で殴られても周りの人には見えず、海江田は助けを呼ぶ事もできなかった。

『それは、警告だったんです。私とニュートンさんがやろうとしていた儀式は当時の世界の常識を変えてしまうほど大きなものでした。ですから勝手な事をするなと脅しに来たんです。

 小さい我々なんか、チンピラに脅させれば大丈夫と踏んだんでしょう』

 身も心もボロボロにされた海江田。しかし、どれだけ殴られてもカバンを奪われないように抱きしめ続けていた。その中にはニュートンの論文が入っていたのだ。

「論文を渡せ!」

「嫌です!」

「まだ、殴られてぇのか!」

 固くて太い腕に引っ張られても、海江田はカバンにしがみついて離さなかった。あまりの海江田のしぶとさに男達の怒りは頂点に達した。

「もし」

 その時、後ろから年の召した男性の声がした。海江田が振り返ると、シルクハットを被り、杖を持った如何にも英国紳士といった風貌の老人が立っていた。

 大柄な男達は、人に見られた事で大事にされる前に闇の中へ逃げて行った。

 海江田は怪我をした体を起き上がらせて、スグにカバンの中の論文が汚れていないか確かめた。

「そなた、もしかして儀式をしようとしているのでは?」

 紳士は海江田にそう尋ねてきた。

「え? はい」

 海江田は警戒した腕でカバンを抱きしめて言った。

「ふむ」

 老人は頷き、口元に蓄えていた髭をいじり始めた。まさに「蓄える」という言葉がピッタリな立派なお髭であった。

「なるほど……」

 老人はつぶやき、ヒゲをいじりながら海江田を観察し始めた。気まずい沈黙が海江田の前に広がった。

「あの……アナタは?」

 海江田はたまらず、老人に尋ねた。

「怪我をしているな、自宅まで運んで差し上げましょう」

 老人は質問には答えず、海江田に肩を借して、代理店の事務所で傷の手当てをしてくれた。

「なぜ、僕が儀式をしてるって解ったんですか?」

「あなたを襲ったのは『バラ十字団』という秘密結社の一味です」

「バラ十字団?」

 バラ十字団とは。当時の欧州の儀式界を裏で支配していた秘密結社である。後に『フリーメーソン』と名を変えて現代の儀式も支配する事となる。

 十七世紀当時の欧州の科学界は「バラ十字団に目をつけられたら終わりだ」と言われるほど、敵に回す事が恐ろしい存在であった。

「アナタ、魔術師ですか?」

「如何にも」

 紳士は頷いた。しかし、海江田には彼に見覚えがなかった。ケンブリッジ中の魔術師は調べ、頭を下げに行ったはずだが、こんな奇妙な人は見た事がなかった。

「さて」

 傷の手当てを終えると、紳士は本題に入るように向かいの椅子に腰掛けた。

「なぜ、バラ十字団はアナタを襲ったんですかね?」

 紳士の質問に海江田は、これまでの事を話した。ニュートンとの出会い。『万有引力の法則』の素晴らしさ。その間、紳士は海江田の目をじっと見つめ、話に相槌を打ち続けた。

「もしよろしければ。その論文、読ませていただけませんか?」

「あ、はい!」

 海江田は「読ませてくれ」と言われた事が嬉しく、思わず知らない老人に論文を差し出してしまった。

 しばらく緊張した時間が流れた。半年間、断られ続けてきたにも関わらず、海江田にはこれが初めての論文の審査のように感じられた。

「……ふむ、なるほど」

 紳士は論文を読み終え、丁寧に端を揃えてから海江田に返した。いいとも悪いとも言わない。

 海江田は「ダメだったのか」と心の中でため息をついて、論文をカバンにしまった。

「青年。一つ、頼みがあるんですが?」

「はい?」

「私に、この儀式をやらせてもらえないでしょうか?」

「えっ!」

 突然の紳士の申し出に海江田は頭が真っ白になった。

「ほ……本当ですか?」

「紳士は嘘で人を傷つけません。あなた方がよければ、私にもその理論を世に広めるお手伝いをさせてください」

 紳士の言葉に、海江田の瞳から涙がこぼれ、床に泣き崩れた。この半年、ケンブリッジ中の魔術師、科学者から邪険にされ続け、初めて論文を認めてくれる人に出会えた事が嬉しかった。

「ありがとうございます」

 海江田は、紳士の手を握り、お礼を言い続けた。

「相当苦労をされたようですね。大丈夫です。運の神様は苦労を重ねた人に微笑むものです」

「あの、すいません。まだ、お名前を伺っていませんでした」

 海江田はそう言って、自分の名刺を真摯に渡した。

「海江田さん。東洋の方ですか」

「エェ、一年半前からこちらに」

「東洋と言いますと、八百万の神などが有名ですな。私も昔、仕事をした事があります」

 海江田は、紳士の造詣の深さに驚いた。

「私の名はサンジェルマン伯爵。もう四千年以上生きている魔術師です」

「サンジェルマン、伯爵?」

 やはり、聞いた事のない名前であった。こっちに渡った時に、日本で手に入る西洋魔術の知識は取り入れたつもりだったが、サンジェルマン伯爵などが載っている手記は一つもなかった。

 しかも、四千年生きているというのが明らかに怪しい。そんな人間聞いた事もなかった。

 すると、海江田のそんな空気を察したのか、伯爵は海江田に一枚の写真を見せてきた。もちろん当時、写真と言うものはまだ存在しなかった。が、当時の西洋にはとても絵が上手くて超高速で紙に、しかもカラーで描ける絵描きが存在していた。後のCGの走りになる人々である。

「これは!」

 その写真は、ピラミッドをバックに伯爵と日本の有名な悪魔、デーモン小暮氏が肩を組んで写っているモノであった。

 一万年生きている悪魔デーモン小暮氏が世間で有名になるのは、この時から三百年後に『聖飢魔Ⅱ』というバンドを結成してからであるが、十七世紀の時点で儀式業界では既に名の知れた悪魔であった。

 海江田も幕府が主催する相撲大会で何度もデーモン小暮を見ており、顔を知っていた。

 その一万年生きているデーモン小暮と肩を組んでいる伯爵を見て、海江田は「本当だ」と信じざる得なくなった。サンジェルマン伯爵は、本物の四千歳の魔術師であった。


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