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第十一話

 そして、儀式当日。

 ニュートン達は三番目の出番だったので、それまで楽屋で出番を待つ。ニュートンは、暇なので舞台袖へ他の儀式を見にいく事にした。

 最初のチームの儀式は、熱湯風呂の中に背の低い男が入って、熱さに我慢している。その間、他の二人は、長髪の男が呪文を唱え、もう一人の黒人が背の低い男に熱湯をかけている。

 風呂の中の背の低いの男は「あちゃあああ!」とすぐに風呂から飛び出して、地面にのたうち回った。

「レベルの低い儀式だ」

 ニュートンは袖から白い目でその光景を見ていた。後で聞くと『お風呂の追い焚き』という、お湯などを簡単に温める方法の儀式だそうだ。この儀式はもちろん失敗し、追い焚きが生まれるのは三百年ほど先になる。一六六六年現在では、この者達は時代が早すぎたのだ。

「……いい声してるな」

 海江田はニュートンがボソッと言ったのを気付いた。どうやら、呪文を唱えていた長髪の男が気に入ったらしい。

 日本でも浪曲などは「一声二節」というくらいで、うまい下手よりも声が大事なのである。それは神様にもそうだ。

 この儀式での収穫はそれだけだった。見る価値がないと判断し、ニュートンは楽屋に戻ることにした。

 壁一面にスラングの落書きがされ、天井はマリファナ、コカインで抹茶色。人間社会の底とはまさに、この教会の楽屋である。

「こんな所、とっとと抜け出してぇぜ」

 ニュートンは舌打ちして、穴が空いたソファに腰掛けた。

「我慢せい、誰でも最初はこんなもんじゃ」

 他の儀式のチームも談笑したり、すでにコカインで決めてしまっている奴らもいる。ロクな面子がいない。

 中には壁の方を向いて二人でブツブツ言っているコンビもいた。この二人が後に海を渡り、アメリカのブロードウェイで流行り、日本にやってきて『漫才』と呼ばれるものの原型となる。

 だが、一六六六年現在では、このコンビも時代が早かった。どれだけ後に評価されても、その時代にフィットしなければ、タダのガラクタなのが人間の不思議なところだ。

 そうこうしていると儀式を終えた一組目のチームが戻ってきた。顔はみんな険悪、儀式が盛り上がらずにフラストレーションが溜まっている顔だ。先頭の熱湯をかけていた黒人が、目の前のパイプ椅子を蹴り飛ばし、スラングを撒き散らし、射精をぶちまけた。

「何なんだ、ここは?」

 と海江田は頭を抱えそうになった。モラルもクソもない。

 そのうちの呪文の奴を見て、ニュートンはニヤリとした。

「なぁ」

 ニュートンは人差し指をクイっと曲げて、海江田達三人の顔を近付けさせた。

「さっきの儀式、見てたんだけどよ。あの長髪」

 ニュートンは、呪文を唱えていた長髪を目で指した。

「アイツをうちに引き抜こうと思うんだよ」

「えっ!」

 伯爵とソロモンは一斉に声を上げた。

「呪文はワシと伯爵の役目じゃぞ」

「今日はそうだけどよ、伯爵も爺さんも本業は違うだろ? さっき袖で聞いてたけど、アイツ、いい声してるんだ。なのに全然、生かしきれてないんだよ」

 海江田が長髪に目をやると、熱湯をぶっかけていた黒人に何やら怒鳴られて、悲しそうな表情を浮かべていた。ハタから見ても、そのチームに不満を持っていそうだ。

「勘違いしないでくれよ。俺は海江田さんにも伯爵にもソロモンの爺さんにも感謝してるんだ。こんなに早く『万有引力』が儀式になるなんて思ってなかった。でもよ、感謝してるから失敗もしたくないんだよ。正直、今のままじゃテッペンを取れねぇ。違うか?」

 ニュートンの言葉に三人は黙った。短い練習の間に、薄々、三人もその事には気付いていた。

「だからって、皆がいらねぇってんじゃないんだよ。皆、適材適所がある。海江田さんは営業、伯爵はプロデュース、爺さんは執筆。でも俺は、テッペン取るには良い演者も必要だと思う」

「それには、私も賛成ですね」

 伯爵が頷いた。

「だろ?」

 ニュートンはニヤッと笑った。これなら話は早い。

「ですが、ソロモン君は実は演者志望なんですよ」

「はっ?」

 ニュートンは驚いた顔で、ソロモンを見ると「てへへ」という顔をしている。

「いやぁ、ワシは「呪文を唱えられる」って伯爵に誘われてこのチームに参加したから……」

 突然、ソロモンは目をカッと見開いた。

「歌わしてくれんなら、ワシは抜けるぞぉ!」

 ソロモンの怒鳴り声に、さっきまで怒鳴っていた黒人が「ホワット!」とビックリして振り返った。この日のために喉を作っていたソロモンの声量に楽屋は一時シーンとした。

 ニュートンは困った。どちらかと言うとソロモンの方をクビにしたかったからだ。元々、ジジィの声は儀式に向いている声ではない。生贄にジジィの歌声を捧げたバカなど人類史上一人もいないのだ。

 それに比べて、伯爵の声はそれなりに良い。だったら伯爵残しで、ソロモンを先に裏方に回してしまおうというのがニュートンの策略だったが、裏目に出てしまった。

「ソロモン君、落ち着いて。私が抜けるからソロモン君はそのままですよ、安心してください」

「じゃが、伯爵。この男、いつか俺をクビにしようと奔走するやもしれんぞい?」

「その時は二人仲良く辞めましょうよ」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

 ニュートンはその言葉にいささか焦った。立場が逆転してしまった。

「じゃ、じゃあ、今日の儀式が終わったら、あいつを勧誘するのはいいんだな」

「ワシは抜けんぞい!」

「わかった、わかった。ジジィの熱意は確かに伝わったよ」

 話半ばのそこに

「前の儀式がもうすぐ終わから、とっとと準備しやがれ、殺すぞテメェら!」

 と、教会のスタッフTシャツを着た若い牧師がニュートンたちを呼びに来てしまった。

 ニュートンは、その場はソロモンを宥めて、儀式の準備に入った。

「わしは絶対辞めんからな!」

「わかったわかった。ジイさんは既に頂点だよ」


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