第十話
『儀式の舞台に立つのは海江田さんの本来の仕事じゃない。早く代役になる人を見つけたいと思った。これから万有引力が世界に浸透するには、万全の人選をしなければいけない。
その為には良いと思った奴はどんどんスカウトしたいし、ダメだと思ったら直ぐに切り捨てたい。
まずは場数、そして儀式業界の中心の世界に入っていくこと。そこからだ。万全の人物が見つかるまでは海江田さんで我慢するしかない。海江田さん自身にも我慢してもらうしかない』
日記にも関わらず、海江田へ気を使って書かれている事からも、ニュートンが海江田に信頼を寄せていた事は解るが、儀式の演者としての戦力としては受け入れていない様子も見て取れる。
結局、二人は伸びるタイプのゴム製の紐と、伸びないシッカリとした紐の二種類を買って帰る事とした。
その帰り道、二人の間の思惑が絡まり合い、ぎこちない空気が流れた。
翌日から、儀式二日前という事で、全体の流れを通しで行う事となった。
「まだ、六割というところじゃな」
そう言ってソロモンは呪文の原稿をみんなに配った。
「呪文は日々、変えていく。こうやった方がウケると思ったら絶えず更新じゃ。完成は無いと思え」
ソロモンの言葉に頷くニュートンと伯爵。
海江田もさらっと目を通したが、ニュートンの方程式の触りは捉えているけど、深い部分までは呪文にできていないという印象であった。
ソロモンもそれが解っているんだろうと海江田は思う。いい呪文を歌える人がいれば。
ソロモンがその後、儀式の流れを説明して行く。
まず、ロウソクを持ったソロモンと伯爵が呪文を唱えながら舞台に入ってくる。そして、ロウソクを所定の場所へと置き、魔法陣を描く。
「魔法陣はこれを使う」
ソロモンと伯爵が両端を持って、大人の男性よりも大きな紙に書かれた魔法陣を見せた。ソロモンなりに神聖な言葉を選んで書いたそうだが、半分以上は「うんこ」とか「ゴールデンうんこ」とか、下ネタだった。
海江田は「結局、エロに行き着くんだな」となんか納得した。
「良いところでやるときは、その場で書くんじゃが、地下の教会ならこれを使って省略するしかないわ」
ここも妥協せざる得ない。
「という事で、魔法陣を書く作業は省略して、この紙を地面に敷いたところから始める」
そう言って、ソロモンと伯爵、お弁当のシートを敷くように地面に魔法陣を置いた。
その後、ニュートンと海江田が登場し、万有引力の儀式を行って終了である。
「だいたい、時間はどれぐらいですか?」
「長くやってもダレるだけじゃからな、呪文を三回復唱したら終わりじゃな」
「えっ!」
海江田は、絶句した。
「ん? どうした、若造?」
「ああ、いえ」
海江田はチラッと呪文に目を落とした。一回復唱するのに三分くらいは掛かりそうな分量だ。つまり十分近く儀式は行われる。その間、ずっと紙やすりの洗濯バサミで乳首を挟まれていないといけない……海江田の顔がみるみる青くなっていった。
リハーサルを始める四人。
ニュートンはソロモンや伯爵の呪文にまで厳しい目を向けた。すでにご老体二人の声量の弱さを懸念したのだ。元々、ソロモンと伯爵も儀式を行う専門家ではない。
「もっとトレーニングしろよ。それじゃ、大きなステージになったら声が届かないぞ」
ニュートンはこの時すでに危機感を募らせていた。まだ一度も儀式をしていないというのに、「先が思いやられる」とニュートンは辟易してしまった。
それでも簡単な儀式の為、この日の内に全体の流れは一通り覚え、リハーサルは完了した。
翌日は軽い儀式の確認を行った後、例の教会に下見に行く事にした。
教会の入り口でソロモンが「ヒドい教会じゃ」と顔をしかめた。予想していた答えだったので、ニュートンも海江田もなんとも思わなかった。
ここから、スターまで上っていくしかないのだ。
中に入り、隅っこの「人間用」と書かれたミカン箱に腰掛け、ステージの確認がてら他のチームの儀式をいくつか見ていく。
ニュートンはすでに「いい奴がいたら、スカウトしよう」と他の三人に話していた。
だが、どれもこれも完成度の低い儀式ばかりで、期待を大きく裏切られる結果となった。中にはロウソクすら買えず、ロバのチンチンを使っているバチ当たりなところまであった。「ロバのチンチンのが高いじゃろ」と、何でロウソクじゃなくてそっちを買ったのか解らない奴らに、ソロモンは憤慨した。
帰り道に「あの教会には出ない方がマシじゃ」と伯爵とソロモンは口を揃えて文句を垂れ、明日の出演を最後にその教会には行かない事を決めた。




