笑う兵士
「おい! キサマ! ここでなにをしている!」
深い霧の中、一人になったサレンの耳に怒鳴り声が舞い込んだ。
「だれ?」
声の方へ振り向くと軍服を着た男が一人立っていた。
急な状況にサレンは身を固くするが、すぐに状況を飲み込もうとした。
その間も軍服の男はサレンに怒鳴りながら近づいて来た。
男の様子を観察したサレンは、男の恰好に見覚えがあった。
それはサレンの故郷に駐屯していた東オビアス軍の軍服だった。
彼らは他の東オビアス軍の軍服とは全体的に配色が異なっているのが特徴だった。
そのため、一般兵士とは見た目の雰囲気が違う。
レンダは駐屯兵士を「一般兵士とはやっている仕事が違う」とサレンに教えたことがある。
それを思い出したサレンは、酷く怯えた。
(まさか! まさか! またあの姿を見ることになるなんて!)
兵士はサレンの目前にまで来てサレンの肩を掴もうとした。
「い、いや!」
サレンは兵士の手を振り払い、走って逃げた。
すると兵士も走り出した音がした。
サレンが振り返ると軍服を着た兵士の数が二人に増えていた。
サレンがそれを見て驚いている間に、兵士は次々と増えていき、十人程度までになった。
十人の兵士が追いかけてくる。
そのプレッシャーからか足元はもつれ、サレンは転んでしまった。
急いで立ち上がらなければ、兵士達に追いつかれる。
捕まれば何をされるかわからない。
そんな思考がサレンを更に焦らせる。
しかし、立ち上がろうと地面に手をつくと、サレンは気付く。
自分が転んだ先に大きな穴が空いていることに。
(危ない! もう少しで・・・)
するとすぐ近くで兵士達の声が聞こえる。
「惜しかったなぁ。もう少しで落ちるところだったのに」
「いいじゃん。いいじゃん。俺達で入れてあげようよ。あの時の仕返しだぁ」
焦るサレンだったが、恐怖で身体が思うように動かなかった。
もがくサレンを兵士達は起き上がらせて穴の中へ投げ入れた。
サレンは穴の底から兵士達を見上げる。
いつの間にか、兵士達の手にはシャベルが握られていた。
(ま、まずい! 埋められる!)
サレンは必死に穴の壁を登ろうとするも兵士達に土をかけられる。
「はははははぁ!! アイツ登ろうとしてやがるぞぉ!
「無理無理! 俺らだってできなかったんだからぁ!」
サレンは再び穴の底に落下する。
(どうにか。どうにか。脱出しなくちゃ)
藁をも掴む思いでポケットの中を探ると、ポケットの中にマメガキの枝が一つ入っていた。
(これは、いつかの・・・使えるかも。でもこれだけじゃ足りない!)
枝を地面にさしたサレンは、髪の毛を一本抜き、枝に絡ませた。
(アタシの魔力がこもった髪の毛、これなら)
更に髪の毛を数本抜いて右手に絡ませた。
サレンは髪の毛とマメガキの枝に魔法を施した。
すると、枝はぐんぐん伸びていき、地上を超えて更に伸びた。
(少し頼りないけど・・・)
サレンは、細いマメガキの枝を登り始めた。
兵士達が手に持つ物は、シャベルから剣に変わっていた。
兵士達は剣で枝を切ろうとする。
「無駄だよ!! この枝は一見細くてすぐに倒れそうだけど、アタシの魔法で強化してんだから!!」
兵士達は枝を切るのをやめて、枝を登るサレンに剣を向けた。
(何をするつもり!)
深い霧の中でもサレンははっきりと見えた。
兵士達の悪意のこもった笑みを。
兵士達は一斉に剣をサレン目がけて投げた。
(アタシに向かってくる!!)
剣がサレンに当たるその瞬間、サレンは右手で直撃しそうな剣だけを振り払った。
「ふぅ。良かった。念のため、硬くした髪の毛巻いといて」
サレンは一気に枝を駆けあがると地面の上に飛び降り、髪の毛を巻いた右手を兵士達に見せる。
兵士達はそれを見て怯えだし、歯をガタガタ鳴らし始めた。
「まだやるの!!」
「わあああああああ!!!!」
サレンがそう威嚇すると兵士達は走って逃げて行った。
(ふぅ。行ってくれてよかった。枝登ってクタクタだし、魔力のこもった髪の毛はもうないし。危なかったぁ・・・)
すると霧がサレンを避け始め、一本の道を示した。
「これが修行か・・・。よし!! やってやるっしょ!!」
サレンは一本道を走り出した。