記憶の声
「おーい! オリオン! アネッテ! サレーン! レンダぁー!」
ガブリエルは、霧に包まれると同時に姿が見当たらなくなった四人を歩き回って探していた。
「声も聞こえねぇなー」
すると遠くの方から薄っすらと人の声が聞こえてきた。
「あん? 誰だ? オリオンかぁ?」
よく耳を澄ますとそれは女性の声に聞こえる。
だが、アネッテでもサレンでもない。
自分達より何歳も上の女性の声だとガブリエルは感じた。
(なんて言ってるんだろう?)
ガブリエルは声のする方へ進んでいき、再び耳を澄ませた。
「ガ・・エル へ・ト・・・へ向か・・さい」
「なんだ?」
ガブリエルは更に歩を進めて行くと、次第に耳を澄まさなくても聞こえるようになる。
「ガブリエル・・・ガブリエル・・・」
「俺のこと呼んでんのか?」
ガブリエルは声の方へ走り出す。
「おーい! なんかようかぁ! 困ってんのかぁ!」
女性の声が鮮明に聞こえる。
「ガブリエル ヘルトブルクへ向かいなさい 既に旗は立っています」
ガブリエルは立ち止まる。
「ヘルトブルク? なぁ? それ俺の名前だよ!」
「ヘルトブルクはあなたを待っています 必ず見つけてください そこに皆います」
「どういうことだよ・・・」
ガブリエルは再び声がした方へ歩を進めようとする。
すると、急に霧が晴れ、そこは晴れ晴れとした小屋裏の草原の上だった。
目の前にはカシアスが腕を組んで立っている。
「お! 来たか! ガブリエル! お前が二位だ!」
ガブリエルは訳も分からず、呆然として立ち尽くしてしまう。
(なんだったんだ今の・・・)
そして、昨晩見た夢を思い出していた。
(同じだ。声が同じだった)
「おーい。ガブリエルぅー」
カシアスの声に、ふと我に返るガブリエル。
「あっ、わりぃ。カシアス。ちょっと考え事してた」
「そうか。よし! じゃあ、やろうぜ! 殴り合い!」
「・・・ちょっと待ってくれ。カシアス」
「ん? なんだ?」
「さっき霧の中で見たものなんだけど・・・」
とガブリエルが霧の中でのことについて説明を求めようとすると、カシアスは被せるように言う。
「霧の中で見たことなら、俺に聞いても意味ないぜ」
「え? なんで? カシアスの魔法でしょ」
「そうだ。この霧は俺の魔法『戦闘準備』によるものだ」
「なら・・・」
「だがな、霧の中でお前らが何を見てきたかは見た本人しかわからないんだ。俺が見せたくて見せているわけではないからな」
「じゃあ、なんなの? 俺が見たものは」
「それはなぁ、『戦闘準備』の副作用みたいなもんだ。俺が昔、若いころ、強い奴を求めて町中の猛者と呼ばれる奴らと戦っていたんだ。しかし、勝っていくうちに腕の立つ奴らを全員倒しちまった。んで、相手に困った俺は『自分と戦えないだろうか』と思い立って魔法で自分と同じ強さの幻覚を作り上げたんだ。初めは自分のためだけに使っていた。だが、不思議なことに他人にこの魔法をかけると俺が思った通りには作動しないということがわかった。かけられた奴らは『不思議なものを見た』と皆言うんだ。霧の中の現象は、俺が操作しているわけではなく、介入もできない。ただ一つ、これまでの経験で言えることがある。それは、霧が見せるものは魔法をかけられた本人の心象を表しているということだ。つまり、霧の中で見たものは、俺は知らん。寧ろ、知っているのはお前達本人だ」
「俺の中にあるもの・・・」
「さ! もういいか! 早く殴り合おうぜ! ちょうど体が温まったところなんだ!」
そういうとガブリエルは初めて気付く。
カシアスの後ろで息切れをしながら地面に横になっているアネッテの姿を。
「アネッテ!?」
「そうだ。アネッテが一位だ。この子の体術指導は既に済んでいる。さぁ! 次はお前だ! ガブリエル!」
困惑していたガブリエルの表情が引き締まる。
「・・・そうだな。今は目の前のことを考えなくちゃ! よろしくお願いします!!」
「っしゃ! 来ーい!!」
ガブリエルは拳を構えるカシアスに殴り掛かる。
ガブリエルは、武の心得のある人間に武術の稽古をつけてもらうのは初めての経験だ。
ガブリエルが育った村では教わりたくても本格的には学べなかった。
エルザに指摘を受けた際、自分の至らなさを十分に理解していた。
待ち望んだ機会。ガブリエルは興奮していた。
生き生きとしたガブリエルの姿にカシアスも力が入る。
カシアスの拳がガブリエルの頬に直撃してガブリエルは尻もちをつく。
カシアスは言う。
「やっぱりだ!! お前、武術の才能あるぞ!!!」
「あざっす!!」
ガブリエルは元気よく立ち上り、構えた。




