エルザと戦争
エルザは幼少期、東オビアス国のテッサリア地方に位置するオッサ山で暮らしていた。
祖父によって自然と共に育てられた。
裕福な暮らしではなかったが山には植物が多様に生えており、水も綺麗で狩猟なども行っていた。
祖父もエルザも異国の人間であり、祖父はあまり人と関わろうとはしなかった。
その影響でエルザも一生山で、祖父と祖父が飼う複数頭の犬と暮らすことを望んでいた。
しかし、エルザにはどうしても抑えられない好奇心があった。
その好奇心は魔法に向けられていた。
祖父はオビアスで言う『魔法』を使えたが『魔法使い』という気質ではなかった。
それでも祖父は可愛い孫のために不器用ながら魔法を教えていた。
ある日、二人の家に一人の男が訪れる。
その男は東オビアス国の元兵士だった。
名をシメオンという。
心を病んで兵士を辞めたが国からのサポートは受けられず、行く場所がどこにもなかったのだと言う。
エルザがシメオンを可愛そうに思い、祖父を説得してしばらくの間家に泊めることにした。
シメオンは二人の生活を手伝った。
心を病んでいたが、自然と共に長閑に暮らすことで次第に豊かな心を取り戻していった。
回復したシメオンはエルザからせがまれて魔法を教えるようになった。
シメオンに教えをこうようになってからエルザは、祖父があえて時間をかけて教えていた引力操作や火水植物光闇の五大基礎属性を見る見るうちに身につけた。
エルザは言う。
「ねぇ。どうやって魔法について学んだの?」
純粋な目をしたエルザにシメオンは一瞬応えるのを躊躇う。
「学院だよ。魔法を専門的に学べる場所さ」
それはエルザが初めて知ったことだった。
魔法は学校で習うのだと。
心が高鳴った。
(もっと魔法を学びたい!!)
エルザの輝く目を見たシメオンの表情は曇っていた。
最近では見せることのなかった表情だった。
ある晩、夕飯を三人で囲いながらシメオンは語り始めた。
「この国が取られてしまう」
急なその言葉にエルザは驚いた。
「どういうこと?」
「この国の魔法使いは人材不足なんだ」
「魔法使いがいないってこと?」
「正しくは、トップに立てる程の才能ある子どもが少ないってことだ」
「それが続くとどうなるの?」
「この国は戦争に負けて西に統治される」
「それって困ることなの?」
「ああ。多くのものを失う。例えば、君が住むこの山も」
その言葉にエルザはショックを受けて固まってしまう。
エルザの反応を見たシメオンは黙ってしまう。
その発言以降、その日は三人ともあまり言葉を発することはなく、床に就いた。
次の日だった。
エルザの家に軍の兵士が二人やって来たのは。
兵士は乱暴に扉を開けて勝手に家に入ってきた。
三人は朝食の準備をしている最中だった。
兵士はシメオンの存在を認めると二人でシメオンを拘束した。
「あんた達!! 何をしているの!!」
エルザがそう言うと、家の外から「そいつは脱走兵ですよ」と言って少年が入って来た。
少年はエルザよりも年上で気品に溢れていた。
「あんた誰よ!!」
「私は東オビアス国第六士師ダヴィ・アーリマンと申します」
「はぁ? 士師?」
「まあ、山に引きこもっているんだ。知らなくてもしょうがない。それより、この男は連れて行くよ」
「なんでよ!! この人は心が病んでいたのよ」
「回復したと報告を受けています」
「回復したって、また兵士になったら病んじゃうじゃない!!」
「そうしたらまた、療養させます。そもそもそんなこと言ってられません。今は人材不足。本当は一人も休ませておく余裕はないのです」
エルザは激昂した。
そしてついに心に芽生えていたあることを言う。
「なら!! 私が学院に入って!! 魔法使いになる!!」
その言葉に祖父は瞬時に反応した。
「エルザ!! 何を言っておる!! お前を兵士にするつもりはない!! この山からも出さない!!」
「私は!! 魔法をもっと学びたいの!! 今決めたことじゃない!! ずっと考えていたの!!」
エルザと祖父のやり取りに大人しく捕まり、黙っていたシメオンが口を開く。
「エルザ。いいんだ。俺は戦争で三十人以上の魔法使いを殺した。そんな俺に君と同じ世界で生きる資格はきっとない」
「そんなこと・・・・・・」
エルザがシメオンの告白を聞いて呆然としていると、兵士とダヴィはシメオンを連れて家を出ようとした。
エルザは呼び止める。
「本当にそれでいいの?」
シメオンは言う。
「短い間だったけど、幸せだったよ」
ダヴィ達はシメオンを連れて去っていった。
◇◇◇
シメオンが去ってから四年が経った。
エルザは学院の試験に合格していた。
「どうしても行くのか?」
「うん。この国とオッサ山を守るために魔法使いになる」
「・・・そうか。いつでも戻ってこい」
「ありがとう」
エルザは学院へ向かって出発した。
学院に到着すると直ぐにシメオンを探した。
シメオンは昇進し、前線からは退いたと聞いていたからだった。
エルザはこの四年間、将来シメオンの負担を減らすことを考えて、努力をしてきた。
役職から考えて、シメオンは入学式に参加しているはずなのだ。
しかし、シメオンはどこにも見当らなった。
そして、入学式後廊下で立ち話をしていた清掃員のゴブリンから真実を知らされる。
シメオンは死んでいた。
それもあの四年前にエルザの家から連行された日だった。
シメオンは戦地までの道中、学院にある倉庫で一時的に寝泊りを強いられた。
その倉庫でシメオンは自ら死を選んだのだった。
シメオンの情報はダヴィによってエルザを学院の生徒にするための工作だったのだ。
それからエルザは死についてよく考えるようになった。
自分と祖父の生活を守りたい。シメオンを助けたい。
その使命感でここまできたが、果たして自分が死ぬということを考えてきたのだろうか。
エルザはやがて、自分の殻の中に閉じこもり、生徒との交流を拒み始めた。
だが、そんなエルザにしつこく話しかける者がいた。
クリファ・コールという裕福な家庭出身の女の子だった。
はじめはただ、鬱陶しいだけだった。
恵まれた人間が人と分かり合えることが当たり前かのように接してくる。
そんな態度で兵士が務まるのかと思った。
エルザはクリファに言った。
「どうせ戦争で死ぬんだから、仲良くする意味はない」
エルザはクリファを突き飛ばすつもりで言ったが、それは本心だった。
しかし、その言葉を聞いたクリファの目を見たエルザは戸惑った。
クリファの目が輝いていたのだ。
クリファは優秀だった。
裕福な家庭で英才教育を受けてきたタレッドクラスの中でもずば抜けていた。
エルザはその成績がクリファの努力と魔法への貪欲な姿勢からくるものだとを知った。
それからエルザはクリファに対してのみ心を開くようになった。
ある日のこと。
エルザはシメオンとの一件からある考えに囚われていた。
それは以前にもクリファに言った「どうせ戦争で死ぬ」だった。
クリファは以前その発言を聞いた時、エルザのことを更に気に入っていた。
(こんなにも兵士として死ぬ覚悟ある人がいたなんて!!)と。
だが、感銘を受けたクリファであったが、エルザの言葉自体には納得いっていなかった。
「死なずに帰るのよ!! エルザ。本当の両親だってどこかで帰りを待っているのかもしれないじゃない!!」
兵士だからといって死ぬ必要はない。
クリファはエルザに生と死の関係を説いた。
死への恐怖から孤独を選んでいたエルザは死ぬことと向き合うことにした。
そして数か月後にクリファが学院教師を目指しはじめたと同時にエルザも学院教師を目指した。
しかし、その考えは根本は同じでもクリファと差異があった。
(戦争を防げないのなら、弱い兵士が戦わなくてもいいように強い兵士を多く育てる!!)
教師になったエルザとクリファはその教育方針の違いから再び関係を悪化させていった。
クリファは弱き者が死なないために教育し、エルザは弱きものが戦わないために強き者を教育した。
エルザはいつしか常に自分よりも成績のよかったクリファに嫉妬していた。
自分で望んでタレッドの担任を担っていたが、反対にクリファが最も低レベルなクラスを教えていることに劣等感を感じていた。
クリファの行動が自分への当てつけに思えていた。
◇◇◇
第三勢力からの襲撃を退けた後、エルザは一人クリファの帰りを待っていた。
クリファとのこれまでを思い出しながら。
(どっちかじゃなかったわね。ごめんなさい。二人で一つだったのね。私たち)
クリファは空を見上げた。
(あんたのおかげで私は生きることを選べたのよ。あんたが簡単にやられるはずがない。いったいどこで何をやってんのよ!!)




