クリファとウロボロス
リーダーのメルクーリが言う。
「火水植物のマナに人の心を癒す効果があるのを知っているかい?」
「いえ、初耳です!」
「このマナの癒し効果を使う。戦闘に参加している兵士は殺気だっていたり、緊張していたりすると思うんだ。そこに大量のマナで癒しを与えて戦闘意識を削ぐんだ」
「しかし、その大量のマナを戦争のための魔法に利用されたりはしないのですか?」
「もちろん兵士の状況を見た上で行うよ。戦闘中の兵士はターゲットにしない。戦争の中心地には僕たちは行けないしね。だから、範囲を絞り、タイミングを見て複数回にわけて行う」
「なるほど」
「大事なのは魔力に変えては駄目なんだ。マナのまま人に触れさせること。それもなるべく多くね」
「そんな大量のマナをどうやって集めるんですか?」
「とある、異国の儀式魔法を利用してマナを大量に発生させる。予め範囲を設定すれば必要なだけを発生させて密度を上げられるんだ。これの利点は僕たちの引力は必要ないってこと」
「では、何が必要なんです?」
「魔法陣だよ。とっても難しい魔法陣を書くことで使えるんだ。つまりは準備が最も重要な魔法なんだ」
「魔法陣はまだ、簡単なものしか経験はありません」
「うんそうだね。そこで! いきなり本番は失敗のリスクがあるので、この学院でテストをしようと思う!!」
「それはとてもいいことだと思います!! マナを発生させるだけだから危険もないし。それで、どこで行うんですか?」
「それはね」
男の子は羊皮紙を出して見せた。
クリファはすぐに理解した。
それはクリファが以前倉庫で見つけてウロボロスと出会った羊皮紙だった。
ただし、男の子が手に持っているのは、元のものとは違ってクリファがウロボロスの絵を描き直したものだった。
加入後、いくらなんでもウロボロスの絵が下手過ぎるからとクリファが書き直したのだ。
「場所は学院地下ですね」
決行の日は一週間後と決まった。
クリファは理想に近づいていることを嬉しく思った。
その喜びはエルザとの間にも影響を与えた。
久しく会話をしていなかったエルザからの「アンタ最近テンション高いわね。いつものことだけど」という言葉をエルザの性格を考慮して「騒がしい。静かにして」とクリファの中で解釈したが怒りは湧かなかった。
なぜなら、エルザのその不機嫌さも戦争のせいだと考えていたからである。
戦争はもうすぐ終わる。
エルザは心の鎖を解いて自由になるべきだとクリファは思った。
しかし、その一週間後は訪れなかった。
作戦会議を行った三日後。
週末の休暇が終わって学院に来たクリファは全ては幻想だったということを突き付けられた。
生徒たちが作る野次馬からの悲鳴や教師による怒号。
クリファは何が起きたのかと思い、生徒の群をかきわけて問題の中心に目をやった。
そこにはマスクと特殊な防護服を着た教師が五人の生徒の死体を運んでいるところだった。
教師は「近付くな!!! 教室に入れ!!!!」と叫ぶように怒鳴った。
しかし、クリファの耳には入ってこなかった。
入ってきても理解ができなかったのだ。
その死体の五人は紛れもなく、あのペトラを含む秘密結社ウロボロスの生徒達だったからである。
クリファはすぐにわかった。
儀式を行ったのだと。
そして失敗した。
大量のマナを狭い空間に集め過ぎたのだ。
マナはエネルギーだ。居場所がなければ居場所を求めて外に出ようとする。
それが問題なのだ。仕切られた空間がそれを許容できなかった。
そして起きたマナによる爆発。
五人は責任感が強い。
一年生のクリファとテストをする前に、安全性を確かめていたのだろう。
クリファはそう解釈した。
クリファはその場を走り去った。
しばらくして、廊下で一人になると歩きながら気持ちを整理しようとした。
すると、クリファの前に一枚の羊皮紙が現れた。
「これは・・・」
あのウロボロスの羊皮紙と同じ、必要な人のもとへ現れる魔法がかけられている。
その羊皮紙の一番上に『クリファへ』と書かれていた。
あて名はペトラからだった。
『クリファ。ごめんなさい。
これからあなたに黙って作戦を実行します。
作戦というのは儀式魔法による学院の破壊です。
そうです。クリファとしたあの作戦会議は全部嘘です。
マナを大量に集める魔法ではありません。
ただただ学院を跡形もなく爆破するための儀式です。
まだ一年のあなたに嘘をついたのは申し訳ないと思います。
でもね、出会った時、クリファの話を聞いてどうしてもあなたを巻き込みたくないと思ったの。
それは五人全員がそう思ったの。
なぜなら、あなたの心が綺麗すぎるから。
私たちが戦争を終わらせたいのは純粋な憎しみです。
戦争のせいで家族や故郷を失った悲しみと憎しみから破壊することしか考えられなくなったの。
私たちは純粋な怒りや憎しみや悲しみから無差別の自爆テロによって戦争を破壊したかった。
破壊した後のことなんて何も考えていなかった。戦争が終われば、どっちが勝ってもいいと思っていた。本当に腐っていたの。
でもあなたは違う。純粋に真っ直ぐ他人のために戦争を終わらせようとしていた。
あなたは生きるべき。勝手だとわかっているけれど、お願い、生きてみんなを救って。
最後に、あなたを死の危険に晒してしまって、裏切ってしまってごめんなさい。
ペトラより』
クリファは膝をついて泣いた。
涙が止まらなかった。
また、大切なものを一つ失ったのだ。
何も気づけなかった。
何もできなかった。
できることはあったはずなのに。
彼らの死という現実のみが存在している。
自分は皆の優しさを享受するだけだった。
自分の未熟さを痛いほど感じてしまう。
後悔の沼にはまっていくクリファ。
そんなクリファの肩に手を置く者がいた。
エルザだった。
エルザは言う。
「生きるために何をすべきなのか」
エルザの言葉足らずの励ましにクリファは更に涙を流して応えた。
エルザの気持ちがよくわかったからだ。
エルザはクリファを強く抱きしめた。
クリファはその日から今まで以上に魔法の勉強に励んだ。
夢ができたのだ。
それは父と同じ教師だった。
クリファは思う。
もう誰一人死なせないために。