終戦
アフノスの森に入り、いつもの採取場所に到着する。
アフノスの森は山賊や魔物がいない。
熊や猪は生息しているが安全な場所を知っている者にはあまり危険はない。
いきなり奥に入って行くと思っていたオリオンは「ここでするの?」と聞く。
「ああ。奥には後で行く」
アカラスはいつものように仕事を始める。
仕事をしていると鷲が木々の上を飛んでいったのがわかった。
鷲に興味を示して立ち上がったオリオンが柔らかい表情をしているのを見たアカラスは好機だと思い、オリオンに語りかけた。
「なあオリオン」
「なに?」
「もし自分に魔法の才能があったらどうする?」
「また魔法の話?」
「真剣に考えてみてくれ。自分に強大な魔法の力が眠っているとして、オリオンはそれを目覚めさせてたくはないか?」
「そりゃそれがわかってればね。でもそんなのわからないじゃん」
「俺は知っている。オリオンに才能があることを」
「何もできなかったじゃん。それだけがはっきりしている」
「証拠ならある」
「証拠?」
「後で見せる」
そこから昼まで黙々と素材集めをした。
「今日は俺が調合師のもとへ持って行く」
これは父なりの気遣いなのだろう。
オリオンは素直に聞いた。
「わかった」
「オリオン。お前はこのまま森で待っていろ。さっき言った見せたいものは森の奥にある」
「じゃあここで待ってるよ」
◇◇◇
証拠とはなんだろうか。
魔法の才能がある証拠?
オリオンには心当たりはない。
今まで生きてきて魔法の様な力を使えたことはないし、森の奥にだって一人で行ったことはない。
オリオンは開いた手のひらを眺めて考え事をしていると空が暗くなったのを感じた。
空を見上げると、雲が太陽を隠していた。雲は黒かった。しかし、雨雲とは違って感じた。
気味が悪い。黒い雲は見ただけで恐怖を与えた。
何か嫌な予感がした。
空に佇む黒い雲を見ながらオリオンは傾斜を登った。
その時だった。轟音が鳴った。それは体を震わせ、大地をも身震いさせた。
黒い雲とは裏腹に赫々たる光が一つ黒い雲から落ちた。
オリオンはそれを目にし、何かを連想した。
その光はあまりに速くどこに落ちたかはわからない。
オリオンは丘の上について村を見渡した。
どこにも異常は見当たらない。
もう一度空を見上げた。
光が黒い雲より発射された。
(やっぱり!)
オリオンはその光を見てあることに気がついた。
(あの光は槍の形をしている!!)
光の槍が落ちた場所は見落としたがすぐにわかった。
一つの家が燃えていたからだ。
(火事だ!!)
村の一大事を知ったオリオンは同時に誰の家が燃えているのかを理解した。
(母さん!! じいちゃん!!)
行かなければ。
直ぐに森に向かって走り出そうとしたオリオンだったが、貫かれたような痛みが腹部に走った。
「いっ痛いっ!!!」
その場に倒れ込み、暫く悶え苦しみ、あまりの痛さからオリオンは気を失った。
◇◇◇
丘に広がる草を踏む音がなる。
その足音は地面に倒れたオリオンに近付き止まった。
憐れむ目でオリオンを見つめるイエスタデイ。
イエスタデイは腰を下ろし、オリオンのお腹に手を当てた。
「成長期だ。しばらくは耐えられる身体にしよう」
イエスタデイの手は光り、オリオンのお腹を包み込む。
オリオンは目を覚ました。
「イエスタデイさん」
「大人しくしていなさい。私はまだやることがある」
イエスタデイは、両手を地面に置いて言う。
「円環の走者 御礼 羊 庭 卵 鉛 右足 水 神話に永久を」
するとイエスタデイの両手が光る。
オリオンはイエスタデイの行動を横目で見ていた。
その行動に気を取られいたために自分の顔に雨粒が落ちてきたことにすぐには気が付かなかった。
「雨? 何をしたの?」
「ただの御呪いだよ」
雨が村の火事を消した。
イエスタデイはオリオンを優しく抱き上げた。
「さて、家族の所へ戻らねばな」
「そうだ! 家が! 母さんとじいちゃんが!」
イエスタデイは森の方へ戻ることはなく、村を見渡せる丘から飛び上がって村へと降りて行った。
◇◇◇
イエスタデイはオリオンを抱いたままオリオンの家へと向かった。
家の前に着くと半壊した家の前で祖父が地べたに腰を下ろしてうなだれていた。
祖父の視線の先には、体中火傷だらけのアカラスとサキが横たわっていた。
オリオンはイエスタデイの腕から降りて祖父に駆け寄る。
近くで見た祖父も顔や腕を火傷していた。
「じいちゃん・・・」
祖父はオリオンの顔を見て抱き寄せた。
「オリオン。無事だったか」
「父さんと母さんは?」
オリオンの震えた声に祖父は首を振って応える。
「そんな・・・」
祖父はオリオンから体を放すと俯き語った。
「突然だった。轟音と共に雷がサキの脳天に突き刺さった。雷が落ちるのを見たアカラスが家へ飛び込んで来た瞬間、再び轟音と共に今度はアカラスの脳天に雷が突き刺さった。その後は家に火がつき、必死に倒れた二人を家の外へ連れ出した」
二人の会話を聞いていたイエスタデイは屋根もドアもなくなった家の中に入る。
殆どの物は焦げていた。
オリオンの祖父が座っていた木製の椅子は跡形もなく灰になっていた。
家中に焦げた木の板などが散乱している。
家の奥にある寝室に入る。
部屋は二つあり、オリオンと祖父、イエスタデイが寝ていた部屋とアカラスとサキが寝ていた部屋だ。
イエスタデイはアカラスとサキが寝ていた部屋に入った。
ベッドの上に何か置いてあるのを見つけた。
それは小さな長方形の板だった。
元々板は布に包まれていたようだったがそのほとんどが焦げていた。
その板には文字のようなものが書かれていた。
よく見ると『英』と書かれていた。
イエスタデイはその文字に馴染みはなかったが、異国の文字であると察した。
イエスタデイはその板に手を伸ばしたが触れた瞬間、灰になってしまった。
◇◇◇
オリオン、祖父、イエスタデイの三人は村の奥にある小さな宮殿の中で夜を過ごすことにした。
三人を家に泊めてくれようとした村人は多くいたが、断って、宮殿に三人だけでいることにした。
その石造りの宮殿は普段、食べ物などを保管して飢えに備えている場所だが、三人は寝る場所を求めてやってきた。
天井のない開けた場所で焚火を囲んだ。
祖父は独り言を呟いた。
「まるで狙ったかのように、雷が脳天に落ちてくるなんて・・・」
「・・・そうだよ」
オリオンはそう呟いたと思うと立ち上がり、イエスタデイの方へ向く。
「イエスタデイさん! なんで、なんで父さんと母さんがこんなめに合わないといけないんだよ! 教えてよ!」
オリオンの目から涙が溢れていた。
昼間は取り乱すことなく家の残骸を片付け、村の人達の無事を気にしていたオリオンをイエスタデイは強い子だと思った。
しかし、ここへきて悲しみを抑えることができなかった。
イエスタデイはオリオンを座らせてゆっくり話始めた。
「この国で長きに渡り戦争が行われていることは知っているね。戦争は東も西も生活圏から隔離された場所で行われている。戦場は公表されていないが、一般市民が戦争に直接巻き込まれることはない。しかし、時折こうやって飛び火による災害を起こすことがある」
「戦火がこんな小さな村にも・・・」
「魔法使いと言えど、魔法を全て掌握しているわけではない。魔法を使って殺し合いをすれば我々人間が想像もつかない事態も起こる」
「戦争か」
「元は一つの国。オビアス国が東と西に別れて戦争を始めたのは五百年も前だ」