使命
「こちらは、大賢者のイエスタデイ様だ」
椅子に腰かけていたオリオンの祖父が間に入る。
「お邪魔しております。イエスタデイと申します。旅をしているのですが、キラノト村には宿がなく困っているところをおじい様の計らいでこちらに泊めていただくことになりました」
イエスタデイの柔らかい話し方にアカラスは緊張がとけたのか、表情が少し緩んだように見えた。
「私はアカラスと申します。大賢者様をお目にかかれるなんて光栄です。ゆっくりしていってください」
まだ、警戒をしているのかアカラスの話し方には硬さがあった。
アカラスは「顔を洗う」と言って奥の部屋へ入って行った。
父のいつもと違う態度に「変なの」とオリオンは呟いた。
祖父はそんなオリオンを見て「ふふ」と笑った。
「ねぇ、イエスタデイさん。大賢者って普段何をしているの?」
「あまり大げさなことはしていないよ。今はとにかくこの国を見ている」
「見てるって何を?」
「人々の暮らしや表情。村や都市の建物に植物、生き物の生活」
「見てどうするの?」
「見て知って覚える。私達大賢者は厄災と戦うことが全てではなく、人々の平穏な暮らしを守るのが使命だと考えている」
「へぇ~。見守っているってこと?」
「まぁ、今はそうとらえてくれていい」
「やっぱ魔法って便利?」
「そうだね。魔法といってもなんでもできるわけじゃない。何かをやるには何か制約が生まれたりする。それに使い手が悪い心を持っていれば、魔法は人に牙をむく」
「ふーん」
「魔法は気が進まないかい?」
「もし魔法使えたら大きな農場を一人で耕して、村の人皆にお腹いっぱいの野菜を届けられるかな」
「簡単ではないな。人の手は借りた方がいい」
「魔法もそんなもんか」と残念そうにオリオンは言った。
◇◇◇
アカラスが戻ってきてテーブルにサキと食事を並べ始めた。
イエスタデイも手伝おうと立ち上がるが祖父に止められ、静かに待つことにした。
やがて夕食を並べ終り、五人は椅子に腰かけ食事を始めた。
アカラスは先ほどの態度とは違い、場を盛り上げようと積極的に言葉を発した。
「まさか、大賢者様が我が家にいらっしゃるとは。旅というのは、やはり大賢者としての仕事ですか?」
「ええ。そのようなものです」
「人の生活を見て知って覚えるんだ!」とオリオンは言う。
「なんだ詳しいなぁオリオンは」
「いろいろ話を聞いておったからのう」
アカラスは急に真剣な顔をしてイエスタデイに問いかける。
「あのぉ、うちのオリオンは魔法使いを目指しているのですが、どうでしょう」
「どうでしょうとは?」
アカラスは少し黙り、決意をしたように言う。
「魔法の指導をしていただけないでしょうか」
その言葉にオリオンはすぐに反応する。
「父さん!!」
「お前は黙っていろ。イエスタデイさん。こいつは類稀な才能を持っています!」
「お父さん聞いて!!」
「なんだ。どうしたオリオン」
「俺は魔法使いにはならない!!」
「何を言っている!! オリオン!!」
オリオンは勢いよく立ち上がり、椅子は後ろに倒れる。
「大工になって村の人たちにもっと頑丈な家を建ててやるんだ!!」
「・・・!」
「落ち着いたら農業もやって村だけで食えるようにする!!」
アカラスもたまらず立ち上がる。
「だ…駄目だ。駄目だ!!」
「なんでだよ! 父さんが言ったじゃないか! 人の役に立てって!!」
「ああ、言った。言ったが・・・」
「これは善行だろ? 父さんが教えてくれたじゃないか」
ヒートアップする二人の言い合いに祖父は口を開く。
「これこれ落ち着きなさい。大賢者様の前だぞ」
二人は静まり、椅子に座りなおす。
アカラスは静かに口を開く。
「オリオン。お前が言っていることは立派だがな、お前は魔法を覚えた方がもっと人のためになるんだ」
「なんでそんなことわかるんだよ。いくら修行したってまったく魔法使えないじゃないか」
オリオンの言葉に静観していたイエスタデイが口を開く。
「アカラスさん。失礼ですが、何故オリオン君が魔法使いに向いているとお考えで?」
「そ、それは」
「何か理由があるはずです。オリオン君が言うにはアカラスさんは、魔法使いではないそうですね。では何故オリオン君に魔法の才能があるとわかったのですか?」
アカラスの目が泳ぐ。アカラスの表情からは確固たる理由があるように読み取った。しかし、それを教えようという意思は感じられない。
「では質問を変えましょう。何故オリオン君を魔法使いにしたいのですか?」
「・・・・・・魔法使いになれば、私らのような普通の人間ではできないこともできるようになるからです」
「なるほど、オリオン君は先ほど、一人で大きな農場を耕してたくさんの野菜を村の人たちに届けたいと言っていました」
「確かに、それは普通の人間にはできない」
「私の考えはこうです。例え魔法を使えたとしても一人ではできない」
「・・・・・・」
「しかし、オリオン君には魔法を使うにしても使わないで生きるにしても目的がはっきりしている。アカラスさんはどうですか?」
少しの沈黙の後、アカラスは言った。
「考えておきます」
◇◇◇
朝日が射した。家の中に光が入って来てオリオンは目を覚ます。
体を起こすと反対側のベッドに寝ていたイエスタデイの姿がない。
オリオンはベッドから出て寝室を後にした。
居間には祖父が椅子に座って窓から外を眺めていた。
「じいちゃん。おはよう」
「やあ、オリオンおはよう。今朝は早いねぇ」
「イエスタデイさんは?」
「外だよ」
祖父はドアの向こうを指さした。
ドアを開けて家の外を見るとイエスタデイが二つ、甕を持ってオリオンの家に向かって歩いていた。
「イエスタデイさん。何をしているの?」
「おはよう。オリオン君。水汲みをしていたんだよ」
「なんでイエスタデイさんが?」
「泊まらせていただいたからね。何かできないかと思ってね」
「そんなのいいのに」
そう言って二人は家に入ると祖父は言う。
「ワシも言ったんだがね。どうしてもって言うから頼んだのさ」
「へぇ。さすがだなぁ」
イエスタデイがもう一往復水汲みに行くと言うのでオリオンはついて行くことにした。
水汲みから二人が帰るとアカラスとサキは起きており、朝食の準備をしていた。
五人で朝食をとった。昨晩の言い合いが嘘のように穏やかな時間が流れる。
「今日も素材採取かい?」
「うん。アフノスの森へ入るんだ」
「オリオン。今日はいつもより奥に行ってみよう」
「わかった」
「イエスタデイさんはどうするの?」
「私は村を散策しようと思う。アフノスの森にも行こうかな」
「案内するよ」
「ありがとう。でも案内は大丈夫です。仕事に集中してください」
「うん。わかった」
朝食が終わり食器を片付けて、アカラスとオリオン、イエスタデイは出かける準備をした。
◇◇◇
アカラスとオリオンは家を出てアフノスの森へ向かった。
イエスタデイは村を散策するために途中まで一緒だったがわかれた。
「今日は木の実も採るからな」
「うん」
アカラスの口調は柔らかく、目つきも優しかった。
オリオンはいつもの父だと思った。
そもそもアカラスは温厚な人間だった。
オリオンは昔から優しい父が大好きだった。
アカラスの村の役に立ちたいという言葉は心の底から来る言葉で、それはオリオンをはじめ、村人みんなが理解していた。
しかし、六歳の頃から始めた魔法使いの修行。その時だけ父は豹変する。
何かに取り憑かれたように、必死に指導をし、仕事で怪我をすればすぐに手当てをするが、修行の時は無理やり立たせ修行を続けさせる。
時に言葉を選ばず、オリオンをなじり傷つけることもあった。
歩いて森に向かう途中、アカラスが何度も横目でオリオンを見ていた。
ある思惑を抱いていたのだ。