VSアネッテ
「次! アネッテ!」
「よしっ! 行きます!」
「アネッテちゃん! かましてあげな!」
アネッテは片手に収まる木箱を眺めた。
「この小さな箱で何ができるの?」
「それは魔除けの一種。森に潜んでいるゴブリンが襲ってこないようにするものだ」
(私の村は魔物というより山賊が森に潜んでたから、どちらかと言うと腕っ節が有用だったんだよなぁ)
ガブリエルは言う。
「ゴブリン向けなの? じゃあ、勝ちじゃん」
「そう甘くない。アネッテやってみろ」
「はい」
アネッテはゴブリンの前に立つ。
「アネッテ。始まったらその箱を振ってみろ」
「はい」
「それでは始め!」
アネッテはテピベラに言われた通り小さな箱を振る。
すると箱からカランカランと小さな音が鳴る。
その音が聞こえたのか、ゴブリンは一瞬怯んだように見えた。
しかし、すぐにアネッテに近づき始めた。
「音が小さい!!」
テピベラの言葉を聞いてアネッテは箱を強く振る。
それに呼応して音は大きくなり、ゴブリンの足取りが悪くなった。
ゴブリンは顔を歪めながらもアネッテに近づこうとするのをやめない。
(まだ音量が足りないんだ)
更に強く腕を振って箱の音を上げようとするが、音量は上がらない。
(なんで?)
「力みすぎだ。音に乗れ」
(音に乗る? どうやって!?)
アネッテは箱の出す音に耳を傾ける。
その間も少しずつ歩を進めるゴブリンにアネッテは後退りをしてしまう。
カランカランという音に合わせて体を動かすアネッテ。
(音に乗るんだ! 音に乗るんだ!)
すると一瞬だけ小さな箱が放つ音が上昇する。
「!!」
その音を聞いたゴブリンの表情からは怒りの感情が見てとれる。
ゴブリンの足は止まった。
「や、やった!」
(箱にはリズムがあるんだ! 私のリズムに合わせようとしちゃ駄目だ。箱のリズムに合わせなくちゃ!)
「理解したようだな」
ゴブリンの表情を見るテピベラ。
「だが、野生ならそれで十分だがこのゴブリンはその程度では怯まんぞ」
立ち止まったゴブリンは棍棒を明後日の方向に投げる。
「どこに投げてんの!」
余裕の表情を浮かべるアネッテだが、後頭部に激痛が走る。
「いったぁぁぁ!」
ゴブリンが投げた棍棒は途中でカーブしてアネッテの後頭部に直撃したのだ。
頭を押さえて痛がるアネッテは箱を振る手を止めてしまった。
それを見逃さないゴブリンは距離を詰め始めた。
もう一歩というところでアネッテは箱を振り始め、ゴブリンの足取りが重くなる。
(あっぶなぁ)
アネッテはゴブリンに注意をしながら、足元に落ちている棍棒を拾う。
右手で箱を振って左手で棍棒を構えるアネッテ。
それを見てゴブリンは怒ったように威嚇する。
(箱で動きを止めて棍棒で叩く)
するとゴブリンは木の方に近づいていき、木の枝を手に取り、木の枝をブンブン上下に振ると、木の枝が棍棒になった。
棍棒を持ったゴブリンはアネッテにゆっくり近づく。
(怯んでいる! こっちが有利!)
アネッテは箱を振りながら、棍棒を振り上げてゴブリンに向かって走る。
(動きが鈍い! 冷静に! 一発で決めようとしなければ、いくらでもチャンスはある!)
アネッテが片手で振るった棍棒をゴブリンは受けきる。
アネッテは追撃するがゴブリンもなんとか棍棒で受け、決定打を防ぐ。
しかし、ゴブリンの胴があいたのをアネッテは見逃さなかった。
(ここ!!)
アネッテの棍棒はゴブリンの胴へ躊躇いなく向かっていく。
その時、ゴブリンが隠し持っていた木の枝が棍棒に変化して、ゴブリンの胴とアネッテの棍棒との間に現れた。
アネッテの棍棒は突如現れた棍棒に当たり、ゴブリンへのダメージは軽減されてしまった。
(このゴブリン、戦闘の経験値が私より高い。でも剣術じゃ負けられない!!)
棍棒を持つ左手が少しヒリヒリと痛む。
(ゴブリンが怯んでいるとはいえ、片手だと力負けしちゃう。棍棒があるんだ。両手で握れば、私の剣術で倒せるかもしれない)
アネッテは箱を手放そうとする。
しかし、その瞬間テピベラが言う。
「駄目だアネッテ! 箱を手放すな。箱を持って戦え!」
テピベラの言葉に気を取られたアネッテはゴブリンの攻撃を棍棒で受けるが押し倒されてしまう。
(・・・これは試練だ。言う通りにしないと)
アネッテは立ち上がり、箱を振って音を出す。
(この戦いの鍵は箱の音。如何に動きを封じて渾身の一発を叩きこむか)
「ぐぎぎぎぎぎ」
今まで以上に音に怯むゴブリン。
(効き目が良くなっている! 音の出し方が上達しているんだ!)
アネッテはゴブリンの元へ走り込む。
ゴブリンは身構えるが動きが鈍くなっている。
アネッテは真正面からは突っ込まず背後に回る。
(より確実な方を!)
アネッテがゴブリンの頭部に踏み込んで棍棒を振り下ろす。
その瞬間、ゴブリンは自分の背後に枝を投げた。
(同じ手は食らわない!)
アネッテは枝から変化した棍棒を素早く受け流し、再びゴブリン頭部目掛けて棍棒を振るった。
しかし、その瞬間アネッテの頭にゴブリンが投げた木の枝が落ちてきた。
木の枝は、棍棒に変わりアネッテの頭頂部に打撃を与える。
(あの時、もう一本上に投げていたのか)
木の枝はアネッテの頭頂部に触れると棍棒へ変化した。変化時に生じる『衝撃』がアネッテの頭頂部にダメージを与えたのだった。
(棍棒を避けて安心してしまった)
するとゴブリンは手に掴んだ多くの木の枝を空に投げた。
(しまった!)
木の枝は棍棒となってアネッテの頭上に降ってくる。
アネッテは必死に棍棒を振って直撃を回避しようとする。
棍棒が全て振り終わったと思ったその瞬間、腹に激痛が走る。
「ぐはっ!」
ゴブリンの棍棒が腹に食い込んだのだ。
アネッテは倒れる。
(棍棒は囮か)
テピベラは言う。
「アネッテ立て!」
アネッテは腹を抑えながらなんとか立ち上がる。
窮地。
剣士としてのプライド、他の四人においていかれぬという気持ち。それらが
アネッテの剣士としての集中力を格段に上げる。
(やるんだ。私も勝つんだ!!)
箱を振って音を鳴らしながら、ゆっくり歩いてゴブリンに近付く。
アネッテは箱を振るという動作は既に無意識化によって行われている。
ゴブリンは怯みながらも構える。
距離が半分くらい縮まったところでゴブリンは木の枝をアネッテへ向けて投げ始めた。
木の枝はアネッテの直前のところで棍棒に変化する。
直撃すればそれなりのダメージを受けるが、アネッテはすんでのところで避ける。
ゴブリンは木の枝を投げ続けるがアネッテには当たらない。
みるみる距離を詰められ、怯むゴブリンは後ずさりをする。
アネッテの物怖じしない態度と箱の音にゴブリンは背を向けて走り出す。
アネッテはその隙を見逃さなかった。
ゴブリンが背を向け終わると同時にアネッテは背後に詰めた。
そして、ゴブリンの頭部に棍棒を振り下ろした。
棍棒は後頭部に直撃してゴブリンは気絶した。
「終了!」
「アネッテ!」
レンダとサレンが飛び出す。
「アネッテちゃん。お腹大丈夫?」
獲物を狩る獣のような眼差しからいつもの穏やかな眼差しに戻るアネッテ。
「うん。私は全然平気」
テピベラは言う。
「剣を振り回すだけでは魔法使いには勝てない」
「はい! もっと相手と状況をよく見て戦います!」