渦
「君たちだよね。テピベラが言っていた他の三人って」
属性の演習授業が終わると早速レンダは話始める。
「えっ! じゃあ、二人も!」
「そうだよぉ。アタシらの方が先に倉庫でテピちゃんと会ったのさ!」
するとアネッテが「そういえば、二人がなんとかって、ブツブツ言っていたような」
「そうそう。それアタシ達!」
「なぁんだよ! 速く言えよな! 」とガブリエルが嬉しそうに言う。
「二人もイエスタデイさんに?」とオリオンが質問すると「うん」と二人は口を揃えて言った。
「ってことはよぉ。全部で五人ってことか?」
「そうだね。テピベラからはそう聞いているよ」
「そっか。試練の話は聞いた?」
「もち! やるしかないっしょ!」
「いいねぇ! 試練乗り越えて、バリバリ強くなっちゃおうぜぇ!」
五人は「おー!」と機嫌よく返事をした。
◇◇◇
ガブリエルはその日の授業が全て終了して、寮に戻って来ていた。
(いやーよかった。友達できて)
ガブリエルは、学院で友達ができたことに安堵していた。
それは、自分が住んでいた村が山の奥の奥で殆ど人が訪れず、人口も少ない場所だったからだ。
誰も村の名前を聞いてもわからない。
そんな田舎者が国中から人が集まる学院でやっていけるのか不安だったのだ。
それにまだ、心の傷が癒えていなかった。
それは入学式の日、学院に向かう馬車の中でのできごとだ。
説明があったとはいえ、ラピタイ族の男達に無理やり馬車に乗せられ、目隠しまでされた。
当然十二歳の子どもの心は不安や恐怖で一杯になった。
そんな中、ガブリエルは恐怖を感じながらも、一緒に乗っている他の新入生の恐怖が少しでも和らぐように、住んでいた村での出来事を話したのだ。
村人には大爆笑間違いなしのご当地ギャグも交えながら。
しかし、馬車の中は静寂がただ流れていた。
誰も喋り返すどころか、ツッコミも笑い声も上げないのだ。
ガブリエルは不安になった。
それまでの男達に対する不安や恐怖など吹き飛ばす程に。
(なぜ、ウケない。村では大爆笑だぞ!!)
本当に自分以外に人は乗っているのか疑問になった。
左手をちょこっと動かすと隣の人に当たった。
(いる! 人はいる!)
ならば、ウケないはずがないとガブリエルは再びご当地ギャグを連発するが、やはり、まったく反応がない。
(なんで・・・なんでなの・・・)
ガブリエルは悲しくなった。
ラピタイ族の男達のことなど、もうどうでもよかった。
(誰か反応してくれ! なんでもいからぁ・・・)
しかし、願いも悲しく誰も一言も発せず、馬車は止まった。
◇◇◇
ガブリエルは、あの時確かに傷ついた。
だが、今のガブリエルには友達がいるのだ。四人も。
何かを言えば、反応してくれる。笑ってくれる。
ガブリエルは、あの時に馬車に乗っていた三人を許すことにした。
みんなのことを考えていたら会いたくなってしまったガブリエルは、さっきわかれたばかりのオリオンとレンダに会いに行くことにした。
そしてガブリエルが、部屋のドアを開けて廊下へ一歩踏み出した、その時だった。
ガブリエルの踏み出した右足がまるで渦を巻いているかのようにグニョグニョ曲がり始めたのだ。
「うお! おっおお!」
床に現れた渦に足がはまってしまっているようだった。
痛みはないが曲がりに曲がった自分の右足を見て、気持ちが悪くなった。
右足を渦から出そうとするも足を上げることはできない。
(な、なんとかしないと)
足は渦を巻いて曲がり続け、太ももまで到達する。
「やべぇ! これ吸い込まれてんのか!?」
ガブリエルは床に手をついて、左足と手で渦に吸い込まれないように耐えようとする。
しかし、まったく効果はなく左足を含む下半身は渦の中に入ってしまった。
(どうすりゃぁいい!!)
ガブリエルは、打つ手が浮かばず、ただ渦を見た。
ひたすら渦を巻いて、ガブリエルの体を飲み込もうとする。
その様子を見ていたガブリエルは、あることに気付く。
(もしかして・・・。いや、でも・・・。やるってみるか)
一か八か、ガブリエルは渦が回る方向と逆の方向に足を曲げてみた。
すると、足は渦の中からスルスルと出てくる。
(やっぱり! どういう理屈か知らねぇけど! 脱出だ!)
下半身を全て出したガブリエルは直ぐに渦から離れる。
(これは一体なんなんだ?)
観察していると渦は段々小さくなり、消滅していった。
これは、どう考えても魔法である。
ガブリエルはそう考え、誰がこんな魔法をかけたのか、そして何故自分を狙ったのか確かめることにした。
寮の廊下を見渡しても誰もいない。
この寮の中に犯人はいるのか。
とりあえず、ガブリエルは渦があった場所をよく見る。
何度見ても何もなかったが、部屋の横の壁に水滴がついているのに気付く。
(水滴? なんでこんなところが濡れてんだ?)
しかし、見当がつかないので廊下を進むことにした。
廊下の曲がり角を曲がった時だった。
曲がった先の床にさっきの五倍はある大きな渦があった。
ガブリエルは、曲がる直前に渦が見えたため、咄嗟に足を前へ出すのを止めることが出来た。
(あっぶ! また渦かよ。くそっ。舐めやがって!)
「おい! 誰かが俺に魔法で攻撃してんだろ! 出て来いよ! 直接相手してやるよ!」
ガブリエルの問いかけに反応はない。
(・・・ここでも無反応か)
渦は大きい。さっきは気付かずに足を入れてしまったが、今度はあるのがわかっている。
ガブリエルは、少し後ろに下がり、渦に向かって走り始めた。
(つまりは、渦に突っ込まなきゃいいわけだ!)
ガブリエルは、渦の上を助走をつけて思い切り飛び上がった。
渦が大きくても自分の身体能力なら、これくらいは飛び越えられると自信があったのだ。
自信の通り、ガブリエルは渦の上を余裕をもって飛び越えた。
そうガブリエルは思った。
しかし、ガブリエルが着地したのは渦のど真ん中だった。
「やりやがったな!!」
ガブリエルには見えていた。
渦はガブリエルのジャンプと同時に着地ポイントに移動していたことを。
「お前! 動くのかよ!」
渦に勢いよく落下したガブリエルは、既に下半身は渦の中にある。
ガブリエルは急いで下半身を渦とは逆の方へ捻る。
「わかってんだよ! こっちはよぉ!」
再び下半身はスルスルと渦から出てくる。
「やべ!」
(渦から下半身を脱出させたのはいいが、どこにも逃げられねぇ)
廊下に掴む場所がない。
それ故に、渦の上から床に移ることが出来なかった。
足場もない状況で渦はガブリエルの足を再び飲み込もうとした。
(ど、どうする!)
足を捻って脱出しては、渦に飲み込まれる。その繰り返し。
体力に自信のあるガブリエルとはいえ、無限ではない。
廊下の壁にしがみついてみるが、掴むところがないため体の支えにしかならない。
それでも何もないよりは、体力を温存できると考えていると、異変に気付く。
渦巻くスピードが速くなったのだ。
ギュルギュルとガブリエルの体を吸い込み始める。
(まずい!)
渦は一瞬の内に胸下までガブリエルの体を吸い込む。
壁にはもう手が届かない。
抵抗する方法も見つからない。
渦は首まで飲み込み、ガブリエルはなるべく顔が最後に飲み込まれるように顔を天井へ向けた。
「誰か! 来てくれ! オリオン!! レンダ!!」
渦は顔の半分まで飲み込む。
自分の声が届いたか、最後の最後まで廊下の曲がり角を見つめるが誰も来る様子はなかった。
ガブリエルは渦に完全に飲み込まれた。