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死霊の運び屋  作者: 織上
一章-傘都ルーレウロ
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5-サーモ・サーチ

 「お待たせいたしました。魔術組合より参りました『葬儀屋』です」

 2人を迎えたのは襟足の方を短く切り揃えた茶髪の若い女性だった。金髪と銀髪の長身の男2人組。女性は直ぐにピンときて「どうぞ入ってください」と2人を中へ通した。

 「まずは依頼内容の確認からしましょう。捜索対象はあなたの旦那さん。行方不明になったのは一週間前。一週間前、あなたの旦那さんは…」

 「ごめんなさい、私から説明するべきですね」

 家人の女性がはっと顔をあげて言う。実のところ、事前に組合から聞かされるのは本当に大まかなことだけなので、当事者から話を聞くのが普通なのだが、テセロは少し熱気でおかしくなっていた。

 「ごめんなさい私ったら、お茶もご用意せずに」

 「お気遣い感謝します」

 リビングの奥へ消えていく家人を流し目に捉えながら、テセロは部屋を見回した。

 決して彼の趣味の悪さからではない。この家に住む空気感や旦那さんの命題の手掛かりを探すためだ。ガイアも控えめながら部屋を観察している。

 壁に掛けられた女性用のアクセサリー。これはブレスレットと髪留めだ。壁の上の方に飾られているのは、これはレイヨウだろうか。頭部の剥製だ。飾り棚の上でちょこんと座る犬の木彫。金具で装飾された平たい木箱。窓から零れる光できらきらと光る埃。顔の向きを固定してじっと眺めていると、首筋を汗が垂れた。

 「お待たせしました」

 奥から家人がティーカップを3つ携え帰ってきた。カップを配膳し向かいの椅子に座り直すと、女性はそのカップに口もつけぬまま話を再開した。

 「私の名前はアイシェです。夫はサリムと言います。森へ出かけたのは今から10日前です。もともと3日で帰ってくる予定だったんですが、帰ってこず……」

 「組合から連絡が来たのが4日前、と」

 アイシェが頷く。

 「血紋陣から反応が消えたと連絡が入りました。場所が場所なので、葬儀屋のお二人に依頼を出しました」

 血紋陣とは、ルーレウロの魔術組合が管理している人の血を用いた魔法陣である。血紋陣と自署をあわせて魔術行使許可者名簿として記録し、対象者の生存確認などを行っている。これから反応が消えるということはそれ即ち対象者の死を意味する。

 「なるほど。であれば死亡日は7~4日前の可能性が高いですね。森へ行った目的はなんですか?」

 「彼の趣味の狩猟です。時折森へ2,3日入っては、獣を捕らえて食べているそうです。解体して保存できる状態にしたお肉をお土産にくれることもありました。そこの山羊の角も夫のお土産です」

  そう言ってアイシェは壁にかかった剥製を指さした。

 「ん、これはレイヨウですね」とテセロ。どうやらアイシェは動物に関してはそこまで詳しく無いようだ。

 「アイシェさんはサリム氏と共に狩りに行ったことは無いのですか?」次はガイアが問う。

 それに対して彼女は頷いた。非常に残念そうな顔で。

 「私もやってみたいというと、彼は必ず私を叱るんです。声を荒げたり手をあげたりという意味ではなく、諭すように諦めさせるんです。危ないからと。残念でしたし不満でしたけど、私の安全を気遣ってくれていると思うと、食い下がる理由はありませんでした」

 なるほど、と頷くガイア。質問が終わると今度はテセロが質問をする。

 「レイヨウを狩れるというと罠を使ったとしてもとしてもかなりの腕でしょうけど、普段は猟犬などを使って狩りをされてるのですか?」

 アイシェはかぶりを振って、わからないと答えた。


 青と金色で豪華に装飾されたティーカップからかすかに立っていた湯気はかなり勢いを弱めていた。透き通った赤茶色の中身は紅茶だった。舌に熱と、たっぷり入った砂糖の甘味がじんわりと広がっていく。さて、そろそろ本題に入ろう。

 「それで、サリムさんの『命題』に心当たりはありますか?」

 アイシェは小さくうなずいてから、部屋中の箪笥からいくつかの物を机に並べた。

 「まずこれがサリムの仕事道具です」

 そう言って最初に指さしたのはノミ工具だ。

 「彼は大工です。彼の父から譲り受けたものだそうで、仕事のあった日は毎晩手入れを欠かしていませんでした。今はもうこれは使っていませんが、可能性は低くないと思います」

 ガイアも首肯で同意する。

 次に指さしたのも同じノミ工具だ。曰く、今現役で使っているものらしい。現在6年使用。

 次は茶色の毛束だ。

 「私の髪です」


 さて、命題とは非常に曖昧である。何がその人間の命題であるかなど、本人にしか分からない。本来であれば、既に命を落とした者の人生を外野が正確に推し量りご機嫌をとるなど不可能だ。

 が、ストレイは既に知能を喪っている。従って、屍体のご機嫌は死体に伺うことになる。即ち、本能だ。本能の欲求は非常に繊細だが同時に曖昧だ。

 長くなるので今は割愛するが、つまり「命題と深いつながりがあるものがあればストレイは命題を取り戻すことができる」ということだ。今回の場合、髪の毛はサリムの妻と深いつながりがある。つまり、サリムの命題が彼の恋人であるアイシェだった場合、彼女の髪でサリムのストレイは命題を取り戻すことができ、それ即ちストレイをそれ以上彷徨わせることなく塵に還せるということだ。


 机上に拡げられた心当たりは、その三つからさらに3,4個を数えてすべてだった。そのどれもがサリムと深いつながりがあると目されるものだった。

 それらをアイシェから受け取り、二人は丁寧に背嚢に仕舞う。

 「確かに、お預かりします」

 「あの」

 「はい」

 「夫は、サリムは、その、()()()()()()()?」

 「何とも言えません。10日以内であればストレイ化が遅れている可能性もあります」

 アイシェの発音はどれもワンテンポ遅れている。彼女の顔がこわばったままだ。

 「最後に、それを確認したかった」

 疑問符を浮かべるアイシェ。ガイアは今一度椅子に深く座り直し、姿勢を正す。

 「サリムさんがストレイになっていなかった場合、この街で葬る事ができます。それを望みますか?」

 依頼人は頷く。この街に骨を埋められるならそれに越したことはないだろう。

 「しかし、万一既にストレイになっていた場合、街に戻ることなく、その場で塵に還します。構いませんね?」

 前の質問には選択肢があった。だがこれには無い。はいと答えるか縦に頷くしか無い。

 ストレイを放置するなど愚の骨頂だ。この世界の人間なら誰しもが理解している。だから彼女が俯いて何も言わないのは迷っているからではない。やがて弱弱しく、絞り出すように小さくはい、と答えた。

 「ありがとうございます」

 残りの紅茶を飲み干した。さっきよりも舌に広がる甘味が強い。

 窓から落ちる日向の長さが短くなっていた。


 「それでは失礼します」

 背嚢を背負い、椅子を戻す。と、テセロが部屋の奥のクリーム色の箱に目を止めた。

 「あれ、もしかして吸湿機壊れてます?」

 吸湿機とは、どのご家庭にもある、読んで字の如く、湿気を吸い取る機械である。

箱上部の、魔法陣の刻まれた天板が空気中の(範囲的には部屋一つほどの)水分を吸引し、箱内部に液体として溜めることができる仕組みになっている。吸湿機はルーレウロでは必需品に近い。説明もほどほどに吸湿機を確認してみると、確かに稼働していない。なるほど、どうりで暑苦しいわけだ。

 「あ、ほんと。ごめんなさい、いつも夫がやってくれるので」

 どうやら気づいていなかったらしい。それほどに滅入っていたのだろうか。

 「あ…魔石が」在庫切れらしい。もしかして、ここ数日家から出てもいないのだろうか。

 「なら僕が起動しますよ」

 テセロが魔法陣に手をかざすと、瞬くうちに魔法陣が青白く光り、どこからか、いや箱の中から水滴の垂れる音が聞こえ始めた。もうしばらくすれば、この部屋の湿度も小さくなり少しは快適になるはずだ。

 「これで一か月はもつはずです」

 「本当にありがとうございます、何からなにまで…」

 深く頭を下げようとするアイシェだったが、ガイアが手で制した。

 「この後、サリム氏の職場や友人にも聞き込みに回ります。そして……そうですね、明後日には出立したいと考えています。では今度こそ失礼します」

 事が終われば早急にそこを離れる。聞き込みの時間を潰すことは出来ないし、アイシェもまだ一人の時間が必要だろう。そして何より、サリムがストレイとなってしまうまでのリミットを無駄にできない。

 依頼人の家を出ると、太陽は真南を少し通り過ぎていた。

 ここからは二人も別行動をとる。テセロは友人への聞き込み、ガイアは職場で聞き込みを行う。


 「では、そちらは任せたぞ」

 テセロは歯を見せて頷いた。「ガイアさんこそ、前みたいに脅さないでくださいね」

 ガイアは交友を探るのに向いていないとは、テセロの言である。

 そして、それとテセロに交友関係への調査を一任していることとは関係がないというのは、ガイアの言である。

命題の性質上、髪を伸ばすか、どっかに保管している人は多いです。

女性は勿論、男性の場合でも髪を結んでいる人は多く、髪を伸ばしている男性=恋人がいるというアピールだったりもします。……もしくは、プライドの高い魔術師かもしれません。どちらにせよ、近づきすぎない方がいいですね。

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