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死霊の運び屋  作者: 織上
一章-傘都ルーレウロ
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4-傘都ルーレウロ

 翌朝。薄い空色を滲ませながら、街が活気づいていく。空には街を囲むように薄く白い雲が浮かんでいた。「傘都(さんと)ルーレウロ」。世界の二大帝国を繋ぐ大陸鉄道の管理を担い、あらゆる物資の運送・要人の護送など、その特殊な在り方から世界から中立地帯として安全が保証された独立都市国家。またその交通網の充実性と治安の良さから、多くの者がこの街を訪れ、滞在する。

 なぜ「傘都」というかについては諸説あるが、比較的雨の降りやすいこの地方において降水量がダントツで少ない、おおまるで傘がかかっているようだ。と誰かが言い始めたのが由来であるという説が最も気に入られている。

 「あ、先生!」

 「あら先生、おはようございます」

 「おう葬儀屋の。今朝も早いな」

 街路を進む銀髪の男に、すれ違う者のほとんどが挨拶を投げる。ガイアという男はそれだけこの街では知られている。ガイアは無表情に首だけで挨拶を返す。その靴音が止まったのはとある建物の前。それは街のとりわけ大きな道に面しているだけでなく、板張りや漆喰塗りの建物が多いこの街にあって石造りで建っており、厳めしい印象を受ける。ガイアは躊躇うことも「魔術組合」の看板を確認することもなく扉を潜り、受付へと進む。

 「依頼を完了した。二級で無色か赤の魔石を3つ、無垢のスクロールを1つずつ調達したい」

ガイアは受付にたどり着くなり一息で要件を告げる。受付嬢の「おはようございます」さえ最後まで聞き切らずに。受付嬢は一瞬苦笑いを浮かべるも、すぐに評判の笑顔に切り替える。

 「お疲れ様です、ガイアさん。魔石の方は一時間ほどで準備できると思いますのでそのころにまたいらしてください。でも依頼の方は一足遅かったですね。ほら、後ろ」

 受付嬢のさした指を追いかけて振り返ってみると、見慣れた金髪の男が手を振りながらこちらへ歩いてくるところだった。

 「おはようございます、ガイアさん」

 「ああ」

 「報告は僕の方から済ませておきました。補充品がまとまるまでどうです?目覚めのコーヒーでも」

 くいっ、とコップを傾ける仕草。お互いどうせ暇なので、誘いに乗ることにする。

 それじゃ、とテセロが受付嬢に挨拶をして、2人は隣接するカッフェへと向かった。


 「最近、増えてきましたね、ストレイ。ウォールブの都市部でももう隠蔽しきれなくなってるそうですよ」

 新聞を読むテセロの眼鏡が湯気で白く曇る。

 「都会だと余計にな。あっちは流行り病に水質汚染、大気汚染で一気に人が死んでる。他国からも対策に派遣が来てるようだが、じきに市井にも知れ渡るだろうな」

 「たしかあっちってストレイの管理は冒険者組合でしたっけ?嫌ですね~。夜と霧とゾンビパニック。命題を取り戻す努力すらせずに燃やして終わり。帝国のやり方はあんまりだ」

 ウォールブ帝国ではストレイのことを一般にアンデットと呼んでいる。「死んでいるクセに未練がましくこの世にしがみついている悪霊」程度にしか考えられていない。正しく塵に還すこともなく、無造作に炎で焼かれる。

 「まあそれはやむを得ないだろう。ストレイの祓い方は未だ一般には確立していないからな。同業は皆帝国にいるようだし、そっちは彼女らと派遣の浄者たちに任せよう」

 「でも、依頼が来てたら行くんですよね?」

 「まあ、な」

 帝国のやり方への不満はどうあれ、仕事は仕事だ。お互いに、そういう感情は切り離す。

 ズズッ、とまだ湯気のたつコーヒーをすする。ところで、

 「君、それ紅茶じゃないか」

 「そういう気分でした」テセロはコップを飲み干して言った。


 窓の向こうを馬車がひっきりなしに往来するようになるのを見送ったころ、魔術組合のロビーへと戻った。

 「あ、お二人ともお待ちしておりました」

 受付に行くと、今度は受付嬢が2人を呼びとめた。が目を向けた途端にカウンターの奥に消えていった。戻ってくるとその手には麻の袋が握られていた。

 「はい、こちらご注文の。お代はいつも通り以前いただいたものから差し引いておきますね」

 中身を確かめると、注文通りたしかに赤の魔石が3つとスクロールが1つ。ガイアはそのままそれをバックにつめる。料金はあらかじめまとまった量を預けている。それがなくなればまたまとめて渡している。誤算がなければふた月は保つだろう量だ。

 「そういえば、次の行先はもうお決まりですか?」

 「ああ。ウォールブの北東部へ向かう」

 「あ、北にある森の」

 頷く。「4日前に、安否がわからなくなった者の親族が依頼を出したのがあるだろう、それに行く」

 「出立は……?」

 「3日後には出る。……何かあったか?」

 受付嬢は何か言おうとして、やめた。少し気になったが、お互い、短い付き合いではない。急を要するならその時はこんな風に躊躇う事はないはずだ。



 魔術組合の建物を後にした。外に出ると、先ほどとは違って物理的にじめっとした空気が肌にまとわりつく。太陽がじりじりと肌を焦がす。

 次の出立は3日後だ。それまでに準備を終わらせておく。魔石とスクロールの補充は今しがた完了。食糧は直前に調達で問題ない。飲み物の類は隣の紅茶狂い(テセロ)にまかせて問題ないだろう。となれば残りは事前調査だ。


 ルーレウロは物流で栄えた街だ。石畳で綺麗に舗装されたメインストリートは忙しなく馬車が行き交う。この街のメインストリートは、北部にあるルーレウロ記念公園と南部にある大陸鉄道駅を繋ぎこの街をぶった切るように敷かれている。そのメインストリートに面して仰々しくそびえ建っているのが魔術組合の建屋をはじめ大きな力を持った店舗群である。そしてそこから3ブロックほど西へと歩けば西側住宅区だ。

 目が痛くなるような装飾と日照りで頭が痛くなるような熱気が襲うメインストリートとは違って住宅区では薄汚れた板張りや漆喰の壁が目線の先を塗りつぶしている。少し目線を上げれば焦げ茶やオレンジの屋根。それから青と白の空。

 隣の民家と競う絢爛さ(隣の店舗との見栄比べ)など馬に蹴られてしまえと言わんばかりの簡素さである。目をそらしたくなるような痛々しい謎のオブジェクトもない。しかし代わりに湿気がひどい。そしてこの無計画に密集した住宅群。元々の高温多湿な気候が背中を押すどころか服となって纏わりつき、歩き回れば誰しも、雪国のサウナストーンもかくやという蒸気という汗をその身から発することになるだろう。そんな住宅街をガイアとテセロは涼しい顔で練り歩く。


 そしてたどり着いたのは何の変哲もない民家。いや、魔術組合より知らされた、今回の依頼主の家である。テセロがノッカーを叩く。しばらく待てばドタドタと奥から足音がして、扉が開く。そうすれば女性が出てきて、こちらはこう告げる。


 「こんにちは。葬儀屋です」と。

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