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死霊の運び屋  作者: 織上
二章-黒霧紛都ウィアプール
26/26

26-現状攪乱

 前触れなく、むくりとガイアが起き上がる。

 「どうだった?」

 曲げた膝に頬杖を付き立てながら、変わらぬ姿勢のまま待っていたデュアナが声をかける。

 「ああ。君の言うように、ほとんど何も見えなかった」

 散らかってしまった死体を再び組み直しながら、ガイアは見てきたものも再構成して推理する。だがその断片はあまりにも小さすぎて、他の情報と繋がるようなものは殆どない。強いて言えば、

 「ここの者たちは皆、殺されてから解体されたのか?」

 「それは本当ですか」

 その一言に真っ先に反応したのは枯草色の髪の少女、ミエルだ。

 「来ていたか」

 「ああ、ついさっきね。少しお話をしたよ」

 ガイアがようやくデュアナの方に顔を向けると、彼女のすぐそばにはクェスタンやエレーナ、アレクセイらが既に集まっていた。

 「まあそれは、私から説明しよう」

 ふうっ、と短く息を吐きながら、デュアナが立ちあがる。

 「結論を言えば今ガイア君が言ったのが全てなんだけれど、そのすこし前を私から説明しよう」

 風に舞う枯葉のようにひらりと身を翻し、その翠の瞳がミエルらを捉える。

 「まずは死んだ日から話そうか。これはそんなに前じゃない、というかおおよそ固まっている。7~8日前だ。ほとんどがその範囲に収まっていて、遅い者でも5日前には死んでいる。興味深いのはそれだけじゃない。死ぬ一週間前から二週間前だ。ここの死体を見ればわかるだろうが、ほら、見てみるといい。酷い肌の状態だろう。肌が黒ずんでめくれている」

 デュアナはぺたぺたと死体を触りながら、話を展開する。関節から白い靄の湧き出る死体は、全身の爛れた肌の隙間から、眼をそむけたくなるほど鮮やかな赤色を主張している。足の裏から、鎖骨のくぼみに至るまで。それだけではない。脇の下から胸に、そして股の下から膝の裏まで、さらに身体の至る所に、赤い奇妙な斑点が浮かんでいる。アレルギーだとか、蕁麻疹だとか、アトピーだとか、そういった類のものだろうか。あまりにおぞましいその裸体から、エレーナは思わず口をふさいで座り込む。無理もない。当然の反応だろう。

 「周知だろうが、ストレイへの過渡期だとしても、たった数日でここまで酷くはならない。肌が赤黒く変色するまでに10日以上はかかるからな。つまり、この肌は生前の症状という可能性が高い。それだけじゃない。死の数日前この村は奇妙な状態になっていた。身体の麻痺や痙攣、ひどい脱水症状だ。一人や二人じゃない。全員だ。そして全員が裸で、しかもなぜか身体のパーツがバラバラになっている。奇妙だろう?」

 そこで、デュアナは一度区切りをつけ、顔をあげ、ミエルを、クェスタンを、アレクセイを、下を向いたエレーナとテセロを、試すような視線で見渡す。

 「……この村も同様、誰かが仕組んだ、ということですか」

 「そう、」再び立ち上がり、目線を回答者へと定める。

 「その通りだ、クェスタン。流石、いい眼を持っているな」

 デュアナが薄気味悪く笑っているように見えるのは錯覚で、彼女はずっと変わらず無表情のままだ。故にクェスタンに送られた言葉は賛辞でも世辞でもなく、ただ単語通りの意味だけの言葉。

 「改めて、その通りだ。君たちが出した結論と同じ。この村の住人の死も、誰かが引いた糸によるものだ。この村の人間は殺された。一人残らずな。そしてだからこそ、殺した後に解体した理由が興味深い。なぜ、そうしたのか。なぜ、そうしなければならなかったのか。どうやって殺したかについても、議論の余地があるがな」


 そこでデュアナは話を切り上げ、こちらはまだ話があると言って他の者を追い返した。この場に残ったのはふたつの銀髪と、物言わぬ痛々しい死体たち。それから死体に群がる蠅。

 「それで」

 誰もいなくなったのを見届けて間もなく、ガイアは閉ざしていた口を開く。

 「君、頭がひとつも無いというのは嘘か」

 「ひとつも無いとは言ってないさ。だがまあ、私だって多少の情は持ち合わせていたのだよ」

 そういうと、デュアナは少し歩いて、空き地の端の草むらに手を伸ばした。振り返った彼女の手には子供の遺体が抱えられていた。

 「全身が揃っていたのはこの少年だけでね。皮肉だが」

 その子供をある死体のすぐ傍に置いた。少年の肌も、他の死体の例に習うように、痛ましく爛れていた。土を被った髪は少しの衝撃でさらりと頭皮を離れ、抜け落ちる。まだらに頭皮が覗いている。

 ガイアはその金髪の少年の遺体を静かに眺め、そうか、と漏れるように口にする。

 「分かっているだろうが、あまり入れ込みすぎちゃあいけないよ」

 視線を合わせ、分かっている、と返せば、デュアナは唇だけで薄く笑った。


 「そういえば、ビアンカはどうした。彼女もウォールブにいると聞いていたが」

 「ああ、彼女はウィアプールよりも西側だ。つい先日会ったが、あっちもかなり忙しいそうだ。手助けは不要とのことだが、まあ、また会うことはないだろう」

 「『カイ』はどうしている?」

 「相変わらず、西天球連邦の紛争地帯と大ブルーム王国の恒常的魔獣侵略区域コンスタンシー・スタンピード・エリアで手一杯だ。こっちには期待できない」

 「そうか」


 「それで、どう思う」

 「間違いなく、現状の攪乱だろうな」

 「同意見だ。想定よりも事が大きくなりすぎたんだろう」

 「それで、ストレイになるならないではなく、」

 「我々に手掛かりを与えないことを優先した、と」

 二人の意見は概ね一致しているらしい。もはや主語が欠落しながらも、2人の議論は進んでいく。

 「『我々』だけではない。国際魔導連合やその他の機関だって、じきに真相に気づく。そもそも、君と共にいた軍人たちは感づかなかったのか?」

 「いいや、全く。彼らは死体の状況がどう、とかには興味が無いらしい。死体が服を着ていないことにすら違和感を持たない連中だからな」

 「だがこれを仕組んだ者は違和感を承知でやっている」

 「だろうね。誰かは知らんが、ソイツは私たちのことを知っている。ストレイのことをよく知っている。頭が無ければ命題を取り戻すのが困難になる。最も多くの事柄を記憶している脳を奪えば、我々に与えてしまう情報を極端に減らせる上、我々以外には混乱を与えられる。手口の不一致、動機の不和、事象の乖離。全く別の事柄に見えてしまう可能性すらある」


 「ところで、この村の住人の死因、君はどう思う」

 「気になる点は二つある。話すためにも、まずはその少年のを見てくるといい」

 デュアナが金髪の少年を指さす。ガイアは頷いて、その少年の元に腰を下ろし、額同士を触れあわせた。


 「なるほどな」

 いくらかの時間が過ぎ、再びガイアが自身の体で目覚めると、開口一番の言葉は納得だった。

 「殺し方についてはおそらく毒で間違いないだろうと思っている。何か反論はあるかい?」

 「いいや、私も同意見だ。この村で使われたのは、いや、この村での使われ方はおそらく食事への混入だろうか」

 頷く。2人の見て来たものと、それからの推測が一致する。

 「あいにくと、使用した毒が何かについては分からないが、まあ、それはさほど重要ではないか」

 「まあそうだね。今回の場合、正確にどの食事に毒が混入されたのかわからない。だからこそ、あの2人、たまたまこの時期にやってきた来訪者の2人が、鍵になる」

 2人。この少年が遺してくれた記憶にある、知らない大人の記憶。初めて見る知らない大人に警戒して、物陰からしか窺えなかったが、それにしても十分すぎる手掛かりだ。


 今より一か月から3週間ほど前までの間、とある2人のいつもはいない者たちが、この村を訪れた。その来訪者たちはいずれもたった一人でこの村を訪れ、ほんのほんの少し滞在したのち、この村を去った。この3週間前というのは、丁度村人たちが一斉に体調を崩し始める1,2週間前に当たる。


 一人目。その男は大きなトランクケースと、もう片手には一枚の紙きれをひっさげ、この村にやってきた。彼は酷くやつれていた。なんでもその男は村長の知り合いらしく、この村に滞在する予定だったそうだ。持っていた紙切れを村長に渡すと、村長は彼の背中をさすりながら、彼をもてなした。宿泊者用の(実際は住人が上京したため空いてしまった)家を彼にあてがうと、すぐにパンや、水筒などの、いくらかの食事が運ばれていった。だがその男はそれを拒んだ。いくら扉前で呼んでも、彼は出てこない。出てこないのを確信した少年がその男の身分を村長に尋ねると、彼は知り合いのお客さんで、数日間こっちで世話をしてほしいと頼まれたのさ、と教えられた。

 いつになっても彼は家から出てこなかったので、村長や、少年の姉のノリスは扉の先の彼に「腹が減ったら貯蔵庫のものをいくらか好きに食べてもいい」と告げ、玄関前に置いた食事を片付けた。そして、夜。少年が夜眠れずに部屋にいると、外から足音が聞こえてきた。気になって外を覗き見てみると、あの男がトランクケースを持ちながら、外を歩いているのが見えた。もうほとんどの人間が寝ている時間を狙って出てきたのかは定かではない。が、周りをきょろきょろと見回しながら、色んな建物に近寄っては別の建物へ、を繰り返している姿が見えたのだ。そしてしばらくして、自分に与えられた家に戻るとき、彼は手にトランクケースとは別の瓶のような物を持っていた。奇妙で不審なその行動を、少年はかなり印象深く覚えていた。

 翌朝、彼はその村から出ていくと言った。村長がまだ居ていいと言っても、彼は首をぶんぶんと振りながらそれを拒んだ。そうしてそれからすぐに、彼はこの村を去っていった。


 二人目。昼下がりに訪れたその男は行商人だった。馬車に乗って半年に一度、この村に西から東へ風のように訪れ、日が落ちるまでの間露店を開き、今日はこの村に滞在するらしい。露店の棚に並ぶのは風変わりな工芸品や食品や漢方などだ。他にはウォールブで古くから人気のあるヒマワリの刺繡入りハンカチやタペストリー、何が書いてあるのかも分からない、それこそ本当は漬物石ぐらいにしか使えないんじゃあないだろうかといとっても分厚くて重い幾何学模様で表紙を飾られた本や、日常的に使う豆粒大の四級魔石や、明らかなイロモノ枠の謎の人形に至るまで、ほんとうに色々なものを取り揃えている。毎回売っているものが違うので、見ているだけで楽しいし、飽きない。もう何度も顔を合わせている村人たちと商人は(商人は客を覚えるのが仕事だからというものもあるだろうが)まるで毎日顔を合わせる友人のように談笑しながら、商売そっちのけで盛り上がっている。だが流石は商人、売る機会を見逃さない。鷹のように目を光らせ、隣の家のマルクおじさんに明らかに怪しい、いや、妖しい薬を売ることに成功した。顔を近づけて何やら目と口をいやらしく細めひそひそと会話をする。ちなみに少年の母は行商人から鮮やかな真っ青のバンダナを購入していた。その他の村人たちも、村長も、その行商人からいろいろと珍妙愉快な品々を買い、千差万別な物をあえて買っては自慢し合った。

 つまるところ、この村にとって半年に一度のこのイベントは、娯楽として待ち望まれていたのだった。その日は村をあげて飲み明かし、笑い合い、野外で雑魚寝する物まで現れる始末だった。少年は酒が飲めないので顔を真っ赤にする大人たち(たまたま定期診察に来ていただけの街医者に至るまで!)を呆れながら見つめ、されど満たされた気分で床に就いたのだった。


憑依の方法は4つあります

1:肉体同士の接触

肌と肌の接触。肌から神経を通じて『――(××)』を脳まで移動させる。実は握手でも憑依できるが、『――(××)』が移るのにめっちゃ時間がかかるので頭部同士を触れあわせるのが一番早い。なお、これは一番ライト(簡易的)なやり方なので、最初にも言ったように相手の頭部がなければそもそも出来ない。

2:血液の摂取

接種は一滴でもOK。一滴の血液情報からそれが(どの個体の)のものなのかを判別し、その血液の流れてきた方へ、血液の少ない方(一滴)から多い方(身体)へ、下流から上流へ、遡上するように『――(××)』を飛ばす。この方法の場合、相手に脳があればその体に留まることができるが、無い場合、川の流れに押し戻されるがごとくはじき出される。つまり、憑依してもその体で目を覚ますことができないし、その代わり憑依先からもう一度自分の体に接触する(憑依し直す)必要もない。1ができないときはだいたいこれ。

3:粘液の交換

2とほとんど同じ。相手の粘液の遺伝子情報からそれが(どの個体の)のものなのかを判別し、相手に送り込んだ自分の粘液をハブとして『――(××)』を送り込む。元の体に戻る際はもう一度なんらかの方法で元の体に接触する必要がある。

4:食べる

つまり食人行為。だがこれは相手の『――(××)』を取り入れる行為であり、憑依というより『――(〇〇)り』である。無論、相手の体は残らないため憑依し直す必要すらない。相手の記憶が刻まれた肉体をそのまま接種することで、相手の記憶を継承することができる。身体を取り込んでもその身体の命題は喪われたままなので、それを満たす必要はある。


本編でまだ説明してませんが、命題を満たしてから燃やすのと満たさないまま燃やすのは天と地ほどの違いがあり、それはそれは天を貫き地を穿つほどの影響を齎すことになるのです……とはいえ、それを知るものは少ないのでウォールブでは火葬がスタンダード、というか土葬の文化があるまたは土葬される人間というのはかなり良い環境である/だった証拠です。(墓の場所取るし最悪命題当てミスって墓から戻ってきちゃうしね)



恒常的魔獣侵略区域コンスタンシー・スタンピード・エリア

文字通り、魔獣が闊歩するエリア。南半球はアルダゥ大陸全土を国土とする大ブルーム王国に存在している。洞窟(ダンジョン)魔獣(モンスター)、いわゆるファンタジーな冒険者なんかがいるのは実はここだけ。他の冒険者たちがいる場所についてはまた今度。

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