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死霊の運び屋  作者: 織上
二章-黒霧紛都ウィアプール
24/26

24-変調攪拌・下

 空はしだいに白みはじめ、揺れる炎はその勢いを弱めていく。白い灰がちろちろと赤く発光している。

 「あら、帰ってたのね、おはよう」

 「おはよう、エレーナ」

 ふあぁ、と大きく欠伸をしながら起き上がったのは、エレーナだ。目をこすりながら纏っていた毛布を畳んだ。

 「あなたたちもお茶飲む?」

 バッグから木目調の飾りのついた水筒を取り出してふりふりと振ってみせた。それに対してガイアは既に握っているカップを掲げて見せる。ミエルも同じように両手で持ったカップを掲げる。エレーナは「そ」とだけ言って傍にあった小鍋を手に取った。焚火に再び勢いを与えると、小鍋に水を入れ火にかけた。やがて沸騰した湯とティーバッグを木製のコップに流し入れる。

 「ねえ」

 まだ何かあるのか、コップを片手にガイアの方まで近づいてきた。それもかなり近くに。

 「テセロっていつもああなの?彼、昨夜うなされてたわよ」

 座っているガイアに耳打ちするようにして、小声で話しかける。

 「……そうか。いや、わかった。……すまなかったな。いつもでは無いのだがな」

 まだ寝ているテセロの方へ目をやる。今はもう静かだ。

 「別にあなたが悪いわけでもないし、謝ることでも無いわよ」薄く笑いながら、湯気のたつカップにふう、と息を吹きかけた。

 「私も昔はよく夜泣きしたそうよ」

 「……そうか」

 その顔はまるで回想をするように。テセロの横たわる姿を見ながら、茶を啜る。

 「おはようございます、皆さん」

 呼ばれて、振り返る。幌の方から積みやすそうな形状をしたリンゴ箱を正面に抱えたアレクセイと御者――名をそれぞれヤコフとヴィタリーというらしい――の2人がやってきた。その箱の中にはニスの塗られた木製の食器類やバケットが何本か布に包まれて入っている。他の箱にはよく乾いた薪が敷き詰められている。三人の後ろからはそこそこ大きい鍋を持ったクェスタンが歩いてくる。

 昨日の料理を温め直すらしい。温かい料理の匂いがしてくると、やがてテセロも起きてきた。

 役者が揃った……というと語弊があるが、ともかく、これで全員が揃った。豆の入った赤いスープにバケットを潜らせて、口元に運び、口を開く。

 「一連の事件についてだが」

 その言葉に、皆の手がぴく、と止まり、視線が集まる。バケットを一口飲み込んで、ガイアは昨夜の考察を話し始める。


――――――――

――――

――


 「……」

 朝からこういう話をするのは、今こうしてここにいるのだから覚悟していたとはいえ、気分がよくない。朝の鼻の奥をつうと抜ける静かな空気をどんよりとさせてしまう。行き場のない憂鬱感を紛らわせるために周囲の顔を窺ってみるが、見る前から気休めにもならないことは分かっていて、きっと自分と同じような顔で真っ赤なスープを睨みつけているに違いない。ほら、当たった。

 こういう話は嫌いだ。頭の中に黒い泥が流れ込んでくるみたいで、嫌いだ。胸が溺れていくみたいで、嫌いだ。

 けれどガイアさんの言うことはおそらく正しい。ガイアさんが言うからではない。僕の中にある違和感を、うまく攫ってくれるのだ。違和感を実体をもって納得させてくれている。納得してしまう。集会所の部屋のしたってそうだ。あんなにも雑に、大量に、他人の所持品を村人が一つの部屋に詰め込む理由がわからなかった。それ以外の民家からいっさいの生活感を感じない理由がわからなった。

 だが、「誰かが悪意を持ってやった」なら、全てに合点がいく。

 そういえば、

 「ネズミが変死していたって言ってましたよね、クェスタンさん」

 クェスタンさんたちの班でそういう報告があったことを思い出した。ネズミが死んでいること自体は不可思議な現象では無いと思うけど、共有しておいて損は無いだろう。クェスタンさんは僕の発言に頷き、説明した。

 スープに浸して柔らかくなったバケットを掬い上げる。バケットの上に座礁した豆がぽちゃりとボウルの中に落ちた。

 「今思えばあの焼け跡は、ストレイの燃え跡じゃなくて、命題の燃え跡だったとも考えられますね」

 僕は俯いているから発言者の顔は見えないけど、今のはミエルさんだ。彼女は口数こそ多くないが、その声と言葉は冷徹で客観的だ。だが決して冷血なわけではなく、冷静であろうとしているだけなのだ。

 「あの部屋に入りきらないほど大きなものか、あるいは持ち運ぶことが難しいものかは、分かりませんが」

 「ああ、まだ可能性の範囲を越えないが、ありえる。当然、無差別に燃やした可能性もあるがな」

 ガイアさんも補足しつつ肯定する。無差別に灰と化した命題。それは貴賤なく零れていくものなのか、あるいはこれもまた悪意によって選別されたものなのか。バケットから零れなかった豆を口に放り込みながら、そんなことを考える。少なくとも今口の中ですり潰されている豆は僕が選別したのではない。それは端っこになかったとかの必然と世界の気まぐれで残ったものだ。スープの酸味が染み込んで柔らかくなったバケットを噛みしめる。なら村人の所有物はどうか。犯人がしたかったことは何なのか。もし犯人が何も燃やさずにあの部屋に全てを詰め込んでくれていたのなら、灰になって消える人は、もう少し減ったかもしれない。僕たちが来るより前に、彷徨うことを終わりにできていたかもしれない。そう思うと、むかむかしてくるのと同時に、無力な僕がいたたまれなくなる。今起こっていることを咀嚼しきれない僕が情けない。

 「兎角、これ以上被害を出すことは許容できない」

 そう、ガイアさんはまとめる。

 「これ以上はどれほどの影響が出るか分らんからな」

 僕とは違って、彼はきっと多くの事を考えている。頼もしいと思う。




 朝食をとると、もう一度村の集会所へと、今度は全員で向かった。「この一連が誰かの企てである」という推測を基に、新しい発見が無いか探るためだ。朝になっても相変わらずその部屋は薄暗かったが、昨夜よりかは幾分ましだった。床に散乱した誰かの所有物。毒を仕込めそうなものは無い。

 「アレクセイ。ウォールブの軍に毒の研究をしている者に心当たりはあるか」

 「詳しいことは口外できませんが、それでも多すぎて、今ここで名前をあげることはできません」

 そうか、と興味なさげに口にして、ガイアさんは部屋から出ていった。

 後を追うように僕たちも部屋から出て、僕はなんとなく、あたりを見回した。

 ――ちり、と。頭の中の手が何かに触れた気がした。なにか重要な物に触れた気がする。ちょっと考えてみたが、考えている内にその火花のような感覚は霧散してしまった。

 「行きましょう、テセロさん」

 立ち止まっているところをミエルさんに声を掛けられ、前を向き直した。

 ……なんだったんだろうなぁ。




 全員が幌へと乗り込むと、馬車は息をつく間もなく走り出した。

 少しでも早く、少しでも多くの手掛かりを探りたいというアレクセイの判断の元、一度ウィアプールへ戻るという選択はせずに、次の村へと向かい始めた。次の村は半日もかからずに着く見込みだ。馬車の中は、静かだった。



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