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死霊の運び屋  作者: 織上
二章-黒霧紛都ウィアプール
23/26

23-変調攪拌・上

 ぱちぱちと弾ける焚火の中に、また枝をつぎ足す。手をかざして体を温めても、火から離れるとまたすぐに頬をなでる夜風が体を冷やす。起きているのは一人。その一人の見張りに夜を任せ、他の者は寝袋の中で寝息を立てている。

 「誰だ」

 遠くから人影が見えた気がした。一瞬ゾンビかと思ったが、その確かな足取りからソレが生者であると認識した。だが盗賊や追い剥ぎの可能性もあり得る。油を断つことなく立ち上がる。

 「アレクセイか。私だ。ガイアだ」

 闇の中から浮かび上がる女はアレクセイの知らない顔だった。

 「え、あ、ああ。ガイアさんでしたか。ああ、なるほど。おかえり、なさい?」

 そういえば、こういう人だったなと改めて思い出し、格好悪く狼狽してしまった。この男といると気が持たないのではないかとも思った。軍の研究者としてそこそこ奇怪なものも見てきた自負があったが、この男はとびきり頭を痛めそうだ。

 「私の体はどこにある」

 ガイアはアレクセイの狼狽を気にも留めず、変わらぬ声色で続けた。……声は変わっているのだが。

 馬車の方を指さすと、頷いてそちらへ行った。その後姿を見ながら、またため息が出た。

 しばらくして馬車の方で青白い炎が立ちあがった。その炎は火というより炎のように見える別の現象のようで、布と木の幌を燃やすことなく青白く光続けた。闇に浮かぶ鬼火のようだった。やがて火が消えると、女と入れ違いに、手に毛布を抱えた銀髪の男が幌からふわっと降りてきた。

 「む、クェスタンはどうした」

 焚火の元まで戻ってくると、寝ている面々を一瞥し、最後にクェスタンが寝ていた空の寝袋を見た。

 「クェスタンさんなら見回りに行くとかでどこかへ」

 少し前に出ていきました。それを聞くとガイアはそうかと小さく頷き、特に気にするでもなく焚火の傍に座り込んだ。

 「君も寝るといい。見張りは私が引き継ごう」

 アレクセイも眠りたかったので二つ返事で承諾し、自分の寝袋へ潜り込んだ。


 アレクセイも睡眠の体勢で動かなくなり、ゆらゆらと燃える焚火をその瞳に反射させるのはガイア一人になった。クェスタンは今ここには居ないが、彼ならば心配はいらないだろう。

 さて。この事件の裏には何がある?一連のストレイの大量発生は誰かが意図的に仕組んだものだ。それはまず間違いない。そうガイアは直観した。根拠はある。まず一つ目。これが決定的だが、家の中に物がなかったこと。家具道具は勿論、衣服も含めてほぼ完全に()()()()()()。そしてそれの行き先は、おそらくあの集会所の部屋の中だ。ガイアが憑依した者の命題が皆一様にあの部屋のガラクタの中にある、というのは明らかに不自然だ。

 二つ目、屍者たちが全裸だったこと。これは一つ目の理由と同じだ。皆が一様に全裸の状態で死んだとは考えられない。ならば、それはつまり、誰かが服を脱がせたことの証左だ。

 なぜそうしたか。それは、ストレイを発生させるためだ。服を剥ぎ、家具を隠し、故人と引き離すためだ。命題を喪わせるためだ。ならば犯人はストレイのことを知っている。ストレイと命題の関係を知っている。なぜストレイを発生させたかったかは分からない。だが、誰かの企てであることは間違いない。

 「分からんな……」

 疑問はいくつかある。まず荷物をなぜあの部屋に集めたかということだ。ストレイを発生させることが目的なら、荷物を村から全てかっさらってどこかへ運ぶべきだ。犯人には、ただストレイを発生させる以外の目的があった可能性があるのではないだろうか。

 二つ目は村人の死因だ。これが意図的な集団死だとすると、死因が病原菌だというのは一度考え直す必要がありそうだ。もし病気を用いて村人を殺したのなら、その病気は犯人すら侵すリスクを持っている。他の方法として、一般的に考えれば毒だろうか。いずれにせよ、犯人はどのようにして村人を殺したのだろうか。あるいは、やはり病原菌が死因であったという可能性を捨てるのも尚早だ。未知の病気はこの世界にまだまだある。もしそうならその病気は、感染させる対象をある程度限定できる、あるいは、特定の人物には感染しないようにするための対策法が確立されているものということになる。

 三つ目は屍者の出る規模だ。既にいくつもの村で大量死が確認されている。対策本部たる冒険者組合に集められた報告によれば、ほとんどの村で村人の8割以上の人口が死に、残った村人もかなり弱っており、病院に搬送されたが回復せず、後に死亡したそうだ。被害のあった村の地理的な条件はばらばらだったが、村の規模としては、人口が数百を超えるような村では一切発生していない。屍者が出ているのはいずれも人口100人を超えないような村や町ばかりで、ここ数週間で爆発的に被害が拡大している。その範囲は現状、ウィアプールを中心に東西にそれぞれ馬車で片道3日以内ほどの範囲に収まっている。それ以上の範囲については調査が済んでいないというのもあるが、村の生存者に聞き取りを行ったところ、(ウィアプールから見て、より)遠くにある村で村人の体調を崩しているとかの話は聞かなかったそうだ。

 これらの情報は、この一連が意図的なものと捉えると合点がいく。つまり、犯人はウィアプールを拠点に活動しており、かつ多くの村の情報を所有しており、被害を出す村を選別している事が考えられる。

 「おや、戻っておられましたか」

 一人耽っていると、後ろから明るい声がした。

 「どうですか?何かわかりましたか?」

 その声の主は軽やかにガイアを追い越し、自身の寝袋の上に腰を下ろした。

 「クェスタンか。まあ、いくつか分かったことはある。明日、皆が起きたらそれを話すつもりだ。君こそ何か見つけたか?」

 クェスタンは軍帽を脱ぎながら、「皆さんにとって有用なものは何も」とかぶりを振った。制服を脱ぎ丁寧に畳み、彼が背負っていたザックに詰める。

 「ガイアさんが見張りを?」

 その言葉に頷くと、ありがとうございます、と言いながらクェスタンも寝袋と同化した。

 話を事件について戻そう。この村の一連についてまだ疑問がある。それはアニモだ。

 アニモの家には物があった。名前の刻まれたハサミや、ヒマワリのタペストリーがあった。彼女のお気に入りだった椅子でさえ放置されており、服も着たままだった。それはつまり命題の可能性があるものを放置していたことになる。これは何故だろうか。アニモが林の奥の家に住んでいることを知らなかったということだろうか。アニモが他の村人に比べて死亡時期が遅れていたことも気になる。彼女は生前、男女の関係のチョメチョメによりあの家に隔離/追放されていた。それからしばらくして村の人間は弱り始め、アニモも一週間ほど遅れて体調を崩し始めた。これには確かな理由があるのだろうか。

 ちなみに一連の事件の犯人はアニモではない。この村の人間の死にも、彼女は関係していない。少なくとも、ガイアにはそう見えた。彼女はあの家に縛り付けられていた。彼女はあの林から出ることを許されておらず、彼女も林から出ることはなかった。数日に一度配給に訪れる村人に対しても、村人→アニモへの物の受け渡しはあっても、その逆は無かった。もしアニモから村人へ病気が感染したとしても、それならばアニモが先に床に臥すという順番でなければ不自然だ。

 思考がだいぶ煮詰まってきた。凝った思考を吐き出すように、胸を反らし肺の中の息を入れ替えた。


この世界に呪術はありましたが、200年前ぐらいにほぼ完全に消滅しました。その呪術は術師が死ぬことで発動し、かつ対象者は術が発動した時点で術師の血液や毛髪などの体の一部を体内に摂取した者に限られるため、今回のように現在進行形で被害者が拡大しているというのはおかしいです。今回は呪術は関係無いんだね!

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