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死霊の運び屋  作者: 織上
二章-黒霧紛都ウィアプール
18/26

18-検屍考察

  「つまり、この村の人間の死因は病気ってこと?」

 ガイアから見て来たものの説明を一通り受けると、真っ先に口を開いたのはエレーナだった。

 「ああ。おそらく感染症の類だろう。だから今の私にあまり近づかない方がいい。()()()やもしれん」

 腕をあげ距離をとらせるようなゼスチャーをしながら、女は頷く。

 「……はぁ。意味がわからないわ。てか、一応動いてんなら服着れば?間違えて燃やしちゃいそうだし」

 腐った女、もといガイアを見てみると、確かに全裸である。肌はずいぶんと赤黒くただれ、片眼がぼろりと垂れている。先ほど祓ったストレイたちも全裸だった。たしかにこれでは再び新たなストレイと対峙した際、全裸では見分けがつかない可能性が十二分にある。

 ガイアは顎に手をあてしばらく考えてから、のっそりとした足つきで自身の背嚢からコートを取り出し身にまとった。

 「それで、その女性、ユリアさんでしたか。の、命題は分かりそうですか?」

 ガイアの抜け殻、もとい銀髪の男を縛り終えたテセロが背負子を背負いながら尋ねる。

 「いや、この体は既に命題を取り戻している。おそらくこれが彼女の命題だ」

 前に差し出したその掌の上にあったのは――正しくは掌を貫いていたのは、銀色の金属器だった。

 「簪、かしら?」

 「ああ」

 「……あの」

 「なんだ」

 「……やっぱり何でもないです。それで、次は何をしたらいいんでしょうか?」

 すっかりガイアを受け入れたエレーナに対し、ミエルはまだ対応しきれていないようだ。目の前の光景に頭を痛めながらも、浮かんだ疑問は詮無いことととして保留にすることにした。

 「まずはこの村を調査しよう。死体の有無、病気の原因の手がかり、ネズミや鳥の死骸にも気を配れ。そして無論素手で触るな。口元も布か何かで覆え。人間の遺体があれば私に知らせろ」

 ガイアとアレクセイが指示を出すと、一行は二手に別れて村の調査を始めた。


   〇


 まずは今いるここ、村の中心とおぼしき集会所がある広場である。

 集会所の入り口の扉は無理やりこじ開けられたかのように破られていて、ロビーのすぐ傍らには木片が散らばっていた。ガイアもこの建物から出てきたが、彼がここに踏み入る前には既に扉は壊されていたそうだ。

 暗い室内を進むと、中は埃が舞ってはいるものの思いのほか綺麗だった。だがその奥、丁度建物の中心あたりに位置する部屋にノブのない扉を押し開け入ってみると、そこは物が散乱していた。床には足の踏み場がないほどに服などの衣料品や鏡、鍬など多種多様な道具が何の区別もなくぶちまけられていて、まるで村の全ての荷物をこの部屋だけにぎゅうぎゅうに詰めたようだった。

 だが注目すべきは扉の裏側。部屋に入り扉を閉めなければ見えない位置。

 そこに、人の死体があった。その裸体は赤黒く爛れ、そこから流れ出す腐肉の臭いが部屋中を満たしている。だが、

 「ストレイでは、無いのかしら」

 金髪の少女、エレーナがほっと胸をなでおろす。

 その死体は先ほどからピクリとも動いていない。隙間風のような不気味な呼気もない。どうやら、本当にただの死体らしい。

 「運が良かったのね」

 「と、言いますと?」

 「ストレイはね、命題を求めて彷徨っているのよ」

 その遺体の周囲を観察するようにエレーナが座り込む。

 「彼らはね、みんな生前の記憶が欠落しているそうなの。命題って単語には聞き覚えあるでしょう?それを取り返すために動きまわる。失くしたモノを探してるのよ」

 クェスタンの質問の半分をまずは答えて、エレーナは遺体の影をまさぐる。

 「それと運が良かったこととどう関係が?」

 「つまりね、この人は現を彷徨い歩いた果てに、運よく命題の元までたどり着けたのよ」

 ほら、きっとこれね。言いながら、その遺体の腕を持ち上げた。その手に握られていたのは全長が遺体の二の腕ほどあるサイズの装飾刀だった。かなりの力で握られているのか、腕を持ち上げても手から刀が振り落ちない。

 「ん、何か挟まってますね」

 紙のようなものが遺体の下敷きになっていることに気づいたクェスタンがそれを拾い上げた。

 「『既に憑依済み。命題も取り戻している。遺体だ。処理は任せる。』だそうです」

 ()()()()。つまりこの手紙を残したのはガイアなのだろう。

 エレーナはそう、と小さく呟き、その場で止結(アボーティング)()報せ(ビーコン)を唱えた。

 「その眠りに大地の加護があることを」

 遺体を塵に還すと、首に下げた十字のペンダントを口許で握りこんだ。


 それから気が済むまでその部屋を調査したが、その部屋にあるのは誰の物かも知らない、一見すると貴賤のないガラクタだらけで、特別気になるものはなかった。

 その他の部屋も探して回ったが、残りの部屋はもう一つしかなく、その部屋には何もなかった。

 集会所の建屋を後にすると、広場を調査していたアレクセイと合流した。

 「こちら、来て見て下さい」

 目が合うや否や、アレクセイが手招きする方へ付いていく。

 「ほら」

 指をさした先は広場と外を区切る溝の中。

 そこにはネズミの死骸があった。腹を天に向け、鼠色の毛皮は泥に汚れていて、その腹には虫がたかっている。もっとよく見ようと手持ちランタンの火をかざしてみる。橙色の炎に照らされて泥が反射する。蟻の甲殻が反射する。蛾の翅の紋様が夜に浮かぶ。

 「死んでいるわね」

 「ええ。周りの虫たちも死んでいるみたいです」

 この夜に光るランタンの明かりに羽虫が寄ってこない。ネズミに張り付いたままの蛾の一匹も飛び上がらない。動物と虫の死骸が寄り合ったまま動かない。隔てなく、それらは泥の中で静かに死んでいる。

 「動物の検死は……出来ますか?」

 だがこの3人の中にはそれが出来る者はいなかった。今いない3人にも、おそらく無理だろう。それに検死するにしろ、腐敗した死骸を検死するのは感染症のリスクが高い。話し合った結果、この死骸はそのまま埋めることにした。

 その群死体を充分に観察し終えると、クェスタンが魔術を用いて土で覆い隠した。

 「この辺りはあらかた調査し終えましたね」

 手袋の泥を払い落しながら、クェスタンが呟く。

 「次はあっちを調べたら、ガイアさんたちと合流しましょうか」


   〇


 クェスタンの指さした「あっち」とは逆方向。そっちを調査しているのは残りのメンバー、ガイア、テセロ、ミエルだ。村の広場から離れ、畑をいくつかまたいで点在する民家を調査していた。道中に目立った違和感は無く、かえってそれが不気味だった。

 「この家にも何も無い、か」

 既に二つの民家を調査したが、死体はおろか虫や動物の一匹すらいなかった。そして三つ目のこの家も同様だった。さらに言えば、どの民家も生活感が感じられない。食器棚からは皿が、衣装箪笥からは衣服が、作業台からはその道具が無く、悉く伽藍洞だった。まるで家具備え付けの入居者待ち物件かあるいはモデルハウスのようだ。

 とにかく、不気味であるというのが三人の共通した感想である。どうにも手ごたえが無いまま、事前に決めていた範囲の調査を終えた。

 「む」

 集合場所にした村の広場へと向かう途中、道の端の方でガイアが不気味とは違う違和感を発見した。

 「これは……火の跡、ですかね?」

 ガイアがランタンで照らした地面を見てみると、何かが燃えた後のような、周りの土よりもとびきり黒い地帯があった。

 「先に調査に来た者がいたという事か?来てみたがストレイが思いのほか多く引き返した……可能性はあるだろうな」

 「後でアレクセイさんに聞いてみましょう」

 さらに注意深くその燃え跡を観察していると、炭になった木片や、陶器の破片などが見つかった。魔術を使う際に使用した反応物や瓶の破片だろうとミエルは判断した。

 「君たちは先に戻っていろ。私はもう少し遠くまで調べてくる」

 「なら、僕も一緒に行きますよ」

 「いや、私一人で行く。もう夜だ。君たちは村から出て少し離れたところで休むといい。私も朝までには戻る」

 2人へ向けた言葉とは裏腹に、ガイアの顔は2人の顔を見てはいなかった。遠く、黒い夜の闇を睨むように、何かを考えるような顔をしていた。そしてそのまま、その闇の中へと足を踏み出して行ってしまった。

 呆気に取られている2人の肌に、冷えた汗が垂れる。先程まで動き回っていたせいか、かなり汗をかいていたようだ。それを認識すると途端に寒くなってきたので、テセロとミエルの2人は広場へ戻ることにした。


エレーナが持っている十字のペンダントは浄者が共通して所持しているもので、トレードマークみたいなものです。浄者についてのあれこれもいつかやりたいですね。

また、この十字はいわゆる逆十字で、これは燭台とそれに刺さった蝋燭を象形したものです。

キリスト教との関係を示すものではなく、実際に存在する同宗教とは無関係です。

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