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死霊の運び屋  作者: 織上
二章-黒霧紛都ウィアプール
15/26

15-夜と霧とゾンビパニック・上

 一日目はとにかく進み続けた。ウィアプールの街から離れ畑が目立つようになってきた頃には、空を覆っていた黒い霧は晴れていた。

 「それで、ストレイ大量発生の予兆とはなんだ」

 二台が縦列になって走る幌馬車の先頭の一、男四人が乗る幌の中。今回の依頼についての詳細をアレクセイから聞き出していた。

 曰く、予兆として確認されたのは単純に、且つ村人の異常な不調である、と。寒村から若い衆が一人、

ウィアプールの薬屋に飛んできて薬をねだった。それこそ、村ひとつほどの住民全員が飲んでも余るほど大量に。そんな依頼がいくつもいくつもの村の者から来るものだから、噂が冒険者組合にまで流れていったらしい。果てに他の村からストレイの目撃報告が上がってきたり、川上から屍体が流れてきたり、住民の数が合わなかったりする報告が上がると、そこからは早かった。調査隊が組織され、迅速に周辺の全ての村を確認して回る調査が始まった。また、ガイアたち一行が来るまでに、人口の多い村、ウィアプールからほど近い村については6割がたの調査が終わっている。一方で、なぜそれほど多くの人間が一斉に体調を崩したのかについては、依然未解明である。


 それから陽が沈み、御者がもう今日は走れないと判断するまで馬車に揺られた。その夜は野宿であった。ウォールブはルーレウロよりも気温が低い。野宿が危険になるほど寒くはないが、毛布にくるまって寝ても翌朝になると関節が痛んだ。


 二日目。西日が目に見えるすべてを朱に染め始めたころ、目的地であるニーチ川周辺の集落が見えてきた。村に近づくとこちらに気付いたのか迎えが来た。

 「待て。我々に任せると言っていただろう」

 それを目撃したアレクセイが反射的に幌から飛び降りそうになるのを、ガイアが制した。幌から乗り出して迎えの面々を確認する。まだ遠く、村の柵の外。そこに、3つの人影がある。

 「ストレイ、ですね」

 同じく幌から乗り出したテセロもそれを確認する。御者に馬車を止めるよう指示し、馬車を降りた。

 「いけますか?」

 「いや、無理だ」

 こちらへ歩いてくるストレイから目を離さずに短く確認をとる。ガイアが前に出て、そのストレイと対峙した。ゆっくりと距離を詰める。赤黒いソレは虚ろな足取りで近づいてくる。手を伸ばせば届くような距離になる。ガイアが掌を正面に掲げる。先頭のストレイの額に手を当てる。

 ぼぅ。しゅうしゅうと、青い光が手と額の隙間から漏れてきた。火だ。青い火が赤黒に燃え移る。燃え広がる。ガイアは手を離さない。翠の瞳に青い揺らめきを見る。文字通り灰色の煙が立ち始める。

 匂いは無い。じりじりと燃え広がる。額から眼へ。首へ。胸へ。指先へ。ぱちりと火が弾ける。後に続いた後ろのストレイにも燃え移る。しゅうしゅうと、青い炎がストレイを焦がす。

 翠の瞳が閉ざされる。手を降ろし、じっと立ち尽くす。それから青い炎が屍体を全て埋め尽くし、そして灰になって消えるまで、動かなかった。


 遅れてテセロ達5人がガイアの元までたどり着く。ガイアは振り返って、背嚢から紙の束を取り出し皆に渡した。紐でまとめられたそれを解いてみると、紙の中央には赤黒い糸で魔法陣が縫われており、その周りには紙の余白を塗りつぶすようにびっしりと文字が書き込まれていた。

 「止結(アボーティング)()報せ(ビーコン)が編まれた魔法陣だ。それならばストレイに痛みを与えずに灰にできる。それに屍体以外に引火しない。ストレイの影響が最小限で済む。行使するのに詠唱は要らない。ただ魔力を流し込むだけでいい。だから必ず、それを使え。足りなくなったら言え」

 まだある、と背嚢に詰まったスクロールを見せる。

 「ただし、それを使うのは立って歩けるストレイだけにしろ。二本の足で立っていないストレイならまだ憑依できる可能性がある。私が行くまで食い止めろ」

 ストレイには四つの段階がある。立ちあがり歩くことのできるモノはほぼ確実に第四段階のストレイだ。ガイアは第四段階のストレイには憑依できない。即ち、肉体に遺った記憶を見ることができない。そのストレイの命題を探ることができない。生前に何が起きたのかを知る事ができない。

 身体が腐敗したストレイは、外見から個人を特定するにはあまりにも特徴が腐朽している。そのストレイの命題を取り戻すことができるのは、腐敗した屍体の個人を特定でき、且つその故人と旧知の親交があったものだけだろう。

 もちろん、この地で生まれたストレイと旧知であった者など、この中には誰もいない。

 従って、そんな第四段階のストレイは灰に化す以外ない。

 実に、業腹であるが。


 「村からこんなに近い所にストレイがいるとは。もしかしたら、この村は既に……」

 屍体の燃えた跡地を見つめながらクェスタンが呟く。それはほとんど確信だった。人間がストレイになってしまう環境には一定の共通点がある。その一つは、人が死んだときに周囲に人がいないこと。棺を命題で満たす事が出来なかったという可能性だ。即ち、村の他の人間も既に()()()()()()()可能性だ。

 「まあ、直ぐにわかる。行くぞ」

 御者に待機の合図を出して、一行は村の入り口へと歩き出した。

 「テセロ。行くぞ」

 俯いたまま目の焦点が合わずぼうっとしているテセロに声をかけた。見ると歩き出した一行から数歩遅れている。何度か呼びかけるとはっとして、現実に戻ってきた。返事をして合流する。


 そしてほどなく、それは無情にも、唐突に、非情で、無常な姿を現した。


 何人いるだろうか。何十人いるだろうか。両手では足りないくらいの数はいた。

 地面を舐めるように蠢くストレイが、そこにいた。


 「――――」声にならない叫びがどこからか漏れる。

 土色の街道を塗りつぶしていく闇。闇を塗り重ねていく赤と黒。

 洞を風が通るような、ひうひうという唸りがその屍体の群から聞こえてくる。

 突き立てられる棒のような足。顎は重力に従って開き、腕は胴にぶら下がっている。

 こちらに気づいたのか、その赤黒の貌がこちらを向いた。

 いくつもの足が明らかな方向性を持って地に突き刺さる。向かってくると確信した。


 「ミエル!エレーナ!ここは任せる!私は村の中を見てくる!」

 逡巡している暇はない。ガイアは一切の躊躇をせず、その赤黒の中に突っ込んでいった。

 じきに陽は沈み夜が来る。闇の中、無数の屍者と、6人の人間が対峙する。


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