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死霊の運び屋  作者: 織上
二章-黒霧紛都ウィアプール
13/26

13-ウォールブ横断鉄道

 ストレイの大量発生。即ち人間の大量死。

 「さて……」

 依頼完了の報告を手短に済ませると、休む間もなく場面は移った。葬儀屋の二人とクェスタンは受付嬢に連れられ、建物の奥にある会議室に案内された。

 腰を下ろしたガイアたち。文字通りの一息をついたところで、テーブルの空いた二つの席を先ほどの受付嬢と、軍服に身を包んだ男が埋めた。

 「おや」

 ぽつ、と声を漏らしたのはクェスタンだ。

その男が着用している軍服は深い緑にひとさじの海色を混ぜたような色であり、それはクェスタンも同じ。つまり同業のようで、どうやら顔見知りでもあるようだ。その男はクェスタンをちらりと一瞬だけ見てから、咳ばらいをして対面に座るガイアを見た。

 「お待たせしました。まずはお忙しいところお時間をいただいた……」

 「要らん。本題を話せ」

 社交辞令をしようとするその男の言葉をガイアがさえぎる。その男もそれに何とも思わないようで顔色ひとつ変えずに頷いた。

 「では私の名前だけ先に申しておきましょう。名前はアニク。一応、それの上官にあたります」

 アニクがクェスタンを指さす。クェスタンも頷き肯定する。

 「では本題に。今回の依頼はウィアプール中央冒険者組合からの依頼です。そこからルーレウロ警備隊に協力要請の連絡が入り、私がここにいる三人を指名しました。依頼内容は既にご存じの通り、ストレイの大量発生の予兆が出たとの事です」

 「数は?」

 「これからの数は分かりません。ですが、5日前の情報では既に500を越えるストレイが確認されており、酷いところでは町ひとつの人間が全員死亡していたとの報告があります。現在、ウォールブの冒険者や兵士、神仰国やその他の国からの派遣の浄者などが対応に当たっているそうですが、手が足りず、予想増加屍者数も不明であり、少しでも人手が欲しいとこちらにも協力要請がきたという次第です」

 既に500人。町ひとつ屍者に変わった?これからもまだまだ増えるだと?テセロは言葉にこそ出さないが、悔しさと怒りを掌でぐちゃぐちゃにして、拳を固く握っていた。ガイアもまた、手を口に当て目を横にやって、その姿からは冷や汗が流れているようにさえ見える。クェスタンはおおよそのことは事前に知っていたようだが、改めて詳しいことを聞くと険しい顔を作らずにはいられなかった。三者三様、外の霧を一層濃くするような重い空気が、この部屋に生まれ、淀んでいる。受付嬢とアニクもまた、三人ほどではないにしろ気まずい雰囲気を醸し出している。

 「分かった。行こう」

 ついにその静寂を破ったのは、ガイアだった。簡潔に答えて、前を向く。

 「次の鉄道の出発は3日後だったか。テセロ、クェスタン、君たちもそれに合わせて準備をしろ」

 簡潔に伝える。二人も覚悟を決めた顔でそれに頷く。

 「話は終わりか」

 アニクが頷くと、ガイアは立ちあがり、部屋を出ようとする。

 「ありがとうございます」

 ドアノブに手をかけたガイアが振り向くと、アニクが頭を下げていた。

 「礼はいい」

 短く返すと、ガイアは少し考えて、一つ質問をする。

 「ウィアプールから、()()()()()()()()()?」

 アニクは一瞬肩を震わせ、言葉を床に置くように、そっと答えた。

 「……ゾンビの大量発生、と」

 それを聞いたガイアはほんの少し、よく見ないと見逃しそうなほど小さく視線を落とした。

 「……そうか」

 「申し訳ない」

 そのかすかな雰囲気を察したか、アニクは悔しそうに、心の底から謝罪する。

 「いや、お前が謝ることではない」

 短く答えると、ガイアは今度こそ部屋から去っていった。

 テセロもそれを追うように部屋から出ていく。クェスタンとアニクがしばらくしても出ていかないことを確認すると、話があるのだろうと察し受付嬢も退出した。


 「それで、話があるんですよね、アニク警守長?」

 部屋の外にも誰もいないことを確認すると、クェスタンが切り出した。

 「ああ。今回の件、警備隊からは実力を総合的に判断してお前を派遣することにした。だが、お前が危険だと判断した場合には、お前の判断で帰還してきても構わん。ただし、その時にはガイアという男も同時に連れて帰ってこい」

 「はい?」

 「これは命令だ」

 「はぁ。でも、大丈夫だと思いますよ。彼は私よりも数倍実力があるようですし。因みに、なぜ?」

 「質問は受け付けられん。兎に角、万が一にでも死なせることの無いようにしろ」

 よくわからない命令に首をかしげながら、了解しましたと返事をして、二人も会議室を後にした。




 三日後の早朝。つまり、鉄道の出発予定日。ガイア、テセロ、クェスタンの三人はルーレウロ都市部の最西にある『ウォールブ横断鉄道ルーレウロ駅』にいた。

 この三日間、各々が旅路と、ウィアプールで待ち受けているだろう沢山の事柄への対策のための準備をしていた。だが三人とも持ち物は多くない。着替えや食料品、魔術用具、それから得物を含め、必要十分といった印象だ。しかしテセロに関しては、これまたいつも通りではあるのだが、体中を大量の嚢やらで武装していた。駅舎のホームには既に機関車が止まっており、コンテナに乗せられた貨物の最終確認をしているところだった。三人は人が運ばれる用の車両に乗り込み、革の張られたソファに対面して座った。

 車窓から見える空が随分と明るくなってきたころ、駅員がホームと列車の最終確認にやってきた。駅員が姿を消すと、ホームの鉄骨にぶら下がったガス灯の火が消される。今度は列車の奥から添乗員が歩いてきて、まもなく出発であることを告げてきた。彼ら三人のほかにも乗客はいるようで、三人の元へ来るまでに何度か「まもなく出発です」を口にしていた。

 列車の出発を告げるベルが「じりりりりり!!!!」と大きな音で叫び出す。本当に大きな音なので、駅から近い所に住む住民は否応なく分け隔てなく平等且つ理不尽にこれに叩き起こされるという、もっぱらの評判である。そしてこれが鳴るということは、進路上に障害物無し、列車周辺に障害物無し、発車用意完了(オールグリーン)。ベルが突然鳴りやむ。一瞬の無音。それから、「ひゅー!」と、大きな音がして、追随してがちゃんがちゃん、しゅぅしゅぅ、という音がすると、ついに列車が動き出した。始めはゆっくりだった景色の流れが、10秒後にはどんどん早くなる。20秒後にはずっと遠くにあった駅舎の端を飛び越え、振り返ったはるか後ろにまでルーレウロ都市部の城壁が流されていた。ひゅおーという音とともに、列車はぐんぐんと加速していく。街にいては朝であっても絶対に感じることのできない、肌の毛穴のひとつまですぅと通り抜けるような、心地のいい風が開いた車窓の隙間から列車内に流れ込んでくる。ここから目的地まで何日もある。今日はもう夜まで地面を踏めないかもしれないが、全く悔いのない晴れやかな気分に、テセロはなった。



 駅を出発して何時間か経った。風の心地よさを身に染み込ませることにも飽きて、三人はそれぞれに自由なことをしていた。ガイアは窓の外をじっと見たまま動かない。テセロは寝ている。いや、今起きた。クェスタンは本を読んでいる。列車は乗り心地がいいとまでは言えず、そこそこ揺れているためこんな状況で本を読んでいたら酔いそうなものだが、彼は彫刻のように涼やかな顔で読書をしていた。画になるその光景に、ガイアは視界の隅且つ心の隅で感心していた。

 「それ、何読まれてるんです?」

 目をぱちくりさせているテセロが眼鏡をかけながらクェスタンに問う。クェスタンは変わらない涼やかな表情で本から目線を離し、にこやかにその表紙を見せた。

 「『物語る魔法箱(テラー・モノリス)』です。読まれたことはありますか?一万年前から現在まで、そして未来まで、知識を語る謎の箱とそれを追い求める人間の不思議なお話なのですが」

 「ああ、『人、未知を恐るるなかれ』でしたっけ。あれ、でもそれって童話じゃなかったですか?そんな分厚い本だった記憶がないですけど」

 「ええ、原作は童話ですね。これはそれをよりホラーテイストかつ神話的(ミソロジー)に脚色したものです。面白いですよ。箱から助言を受けた集落は流れ星に押しつぶされるんです」

 それってただの疫病神では。そんな物騒なことを涼やかな笑顔で言ってのけるクェスタンに、テセロは愛想笑いを返し、心の底で、「ヤバい人」として分類した。


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