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死霊の運び屋  作者: 織上
一章-傘都ルーレウロ
12/26

12-葬儀屋・下

 翌日。ガイアたちは民間の葬儀社の建物にいた。

 そこにはクェスタンの姿もあった。二人が入ってくると軍帽をくいっとつまみ挨拶をし、二人を奥へと案内する。後をついていき、たどり着いたのはいわゆる安置所のような場所だった。いくらか、涼しい。

 「人払いは済ませてあります」

 クェスタンはそれっきり扉から退室した。靴音がしないのは彼が部屋の前で待機しているからだろう。

 「では早速、始める。身体を頼んだ、テセロ」

 ガイアは服を脱ぎ、部屋の真ん中にある寝台に向かって歩き、台に乗り座り込んだ。今度はテセロが寝台まで歩き、背中からガイアの身体を台の上に降ろし、横向きに寝かせる。

 ガイアも向かい合うように寝そべり、その身体を――サリムの身体で、ガイアの身体を引き寄せる。口づけができるほどに顔を近づけてから、その眼を閉じる。そしてこつんと、額同士を触れあわせた。

 サリムの肉体が意識を失ったように項垂れる。外側に身体が倒れ寝台から落ちそうになるが、それをテセロが支えていた。

 それからしばらくして、長らく眠っていた銀髪の翠眼が開いた。


 「終わった。準備を進めてくれ」

 安置室から出ると、やはりそこに待機していたクェスタンに告げる。クェスタンは頷き、そのままロビーへと歩いて行った。ほどなく葬儀社のスタッフが数人、カーゴを引きながら来て、すれ違いざまに二人に会釈しながら安置室へと入って行った。彼らはこれから死化粧やらをするスタッフだ。特に気にせず、二人もロビーへと戻る。すると今度はまた違うスタッフが二人を呼び止めた。

 「先生、アイシェ様が奥でお待ちです」

 今度はそのスタッフの後をついていく。ロビーから先ほどとは逆方向の廊下へ。奥の部屋に入ると、アイシェと葬儀社のスタッフが対面して座っていた。

 「お待たせしてしまいましたか」

 二人に軽く挨拶をして、案内してくれたスタッフを下がらせる。

 ガイアとテセロの二人は席にはつかず、扉の前に立ったままだ。

 「ご依頼が完了しましたことをご報告させていただきます。明日、葬儀にて命題と遺体が同じ棺に収められ葬られたことを確認し、依頼は終了です。また、既にお聞きになったやもしれませんが、我々は葬儀形態に関しては基本的に介入しません」

 ガイアは簡潔に要件を伝える。

 「はい。重ね重ね、今回はありがとうございました」

 頷いて、「ではまた明日。それでは失礼します」

 お互いに向かって礼をして、二人は部屋を後にした。




 サリムの葬儀が執り行われる当日になった。珍しく、傘都ルーレウロに雨が降った。霧のように白い小雨で、街をぼんやりと包んでいた。

 葬式はつつがなく終わった。最後に見た棺には、確かにサリムの遺体とともに彼の命題である銃が収まっていた。他にも、依頼の報告をした日に返却した彼のノミをはじめとした仕事道具や、妻の髪や、服、ザック、ブーツなど、棺の余白を埋めつくすように沢山のものが副葬品として詰められていた。

 人は死後、命題を喪う。それを喪ったままの人間は死後も現を彷徨うことになる。ならば、死者が命題を思い出せるように、生前共に過ごした沢山の物で棺を満たして葬ろう。屍者なんてモノに一時もならないよう、沢山の思い出を連れて送り出す。

 それは、この世界のほとんどの葬儀の文化に(土葬や火葬など多少の違いはあれど)共通している。生前から本人が「これを棺に入れてほしい」と指定しておくこともよくある。その命題が真であれば、死者は屍者にならずに済む。そうすれば、惑星の胎動(ほしの活動)によって遺体は分解され、塵となり、土に還り、再び生命の豊穣となる。

 『葬儀屋』に依頼が来るのは、今回のように死者が生前に命題を指定できず、そのまま死んでしまったというケースがほとんどであり、その命題を取り戻すことで死者を惑星本来の命のサイクルに還すことが彼らの役割だ。


 「なあ、『葬儀屋』ってのはあんたらのコトだろう?」

 告別式が終わり、教会から人の姿がまばらになってきたころ、ある男が二人を訪ねた。

サリムの記憶にあった男だ。会社の同僚。

 「あんたらはその、なんだっけ、『命題』だっけ?それを取り戻すのが仕事なんだろ?」

 ガイアが頷く。

 「じゃあ聞くけどさ、なんで人は死んだ後にそんな大事なものを喪うんだ?普通逆じゃないか。生きてるうちはどうでもいいことから忘れていくクセに、どうして死んだ途端にあべこべになるんだ?」

 彼はなにかを懺悔するように問いを吐き出した。ガイアは少し黙って、やがて漏らすように言葉を紡ぎ始めた。

 前提から話そう、と、ふっと短く息を吐き出して、

 「人の内には魂という器が存在する。言葉ぐらいは聞いたこともあるだろう。魂とは、それを持つ者が何者であるかを、他とは違う何者かであることを証明するために世界から授かるモノだ。だから、その人間が死んだとき、その魂は役目を終える。そして旧い役目を終えた魂は、輪廻の輪に収まり、漂白され、再び新たな肉体へと授けられていく。だが、その輪を廻すのは魂自身だ。廻し手は居ない。つまり、魂自身が重さを持っていなければならない」

 「じゃあその重さが、『命題』なのか?」

 じっと正面を見つめながら首肯する。

 「魂は器だと言ったが、器である以上、汲める記憶の大きさには限界がある。ひとつの記憶だけだ。記憶というのはいくつもの事柄がいくつもの事柄に緻密に、布のように複雑に絡まっている。その一本一本の糸、ひとつひとつの記憶の大きさはどれも同じだが、絡まった記憶が多ければ多いほど、ひとつの塊として大きくなり、その分だけ重くなる。だから、魂にとっては重い記憶の方が都合がいい。その人間にとって最も重要な記憶。最も価値のある記憶。命の題として相応しいほどに思考した事柄。我々は連れて行かれるその記憶を、『命題』と呼んでいるに過ぎない」

 ガイアの言葉は白く宙を舞い、同僚の男の耳を通り抜けてから、霞になって消えた。

 しばらく静寂が続き、同僚の男は力なく「そうか、」とだけ呟いて、教会を去った。




 ルーレウロの国境よりずっと北から、ルーレウロ東部に向かって走る南槍山脈というものがある。ルーレウロ都市部からほど近い位置まで続くそれの中腹、南槍高原から都市部を見守るように設置されているのが、ルーレウロの集団墓地である南槍墓地である。

 霞がかった街から、黒い棺が歩き出す。石畳を踏みしめ、土の道に踏み入り、芝や雑草を踏み均す。

 こんな身体に纏わりつくような雨だから、傘をさす者は誰もいない。土を掘り棺が詰められる。全身で黒を纏い喪に服した者たちのうち、茶髪を濡らした女はずっと俯いて、なにかをこらえるような表情を浮かべている。たっぷりと時間をかけ街に戻っても、街と空は変わらず白く、女の顔も険しかった。服も髪も雨に濡れて、脚もずっしりと重い。

 それからまたたっぷりの時間をかけ自分の家に戻ってくると、堰が切れたように、女は決壊した。

 飾り棚には木彫りの虎も犬も無かった。吸湿機の中から聞こえてくるぴちぴちという音は、女の泣く声に消されて聞こえなかった。




 教会にいる人間も片手で数えられるほどになり、ついに二人も教会から出た。

 「僕からも、質問があるんです」

 白い街を歩きながら、隣を歩くガイアに問う。

 「サリムさんは、アイシェさんを愛していなかったのでしょうか」

 サリムの命題は銃であり、最愛の妻では無かった。ガイアは言った。命題とは、その人間にとって最も重要なものだと。ならば、サリムの人生を語るうえで最も触れるべきは銃についてであり妻ではないと?

銃の存在を知られるという大きなリスクを秤にかけてまで選んだアイシェという人のことは、彼にとって最も重要な事柄ではなかったと?

 「いいや、サリムはアイシェを愛していたよ」

 「じゃあ、なんで」

 「愛していたからこそだよ。サリムは、何度も銃のことを打ち明けようとしていた。その度に共犯としてアイシェも罪に問われることとを天秤にかけ、言わないことを選んでいた。結果として、アイシェを護るために悩み、考え、苦しめていた。アイシェへのものを上回ってしまうほどにな」

 「そんな、それじゃあそれこそあべこべだ。本当に大切にしたいもののために、それ以外の物を一番にしてしまうなんて」

 それでは本末転倒だ。大切なことを見失っている。

 「結果として最も重きを置いたのが銃だったなんて、なんというか、消化不良だ。別に、彼を責めたいわけではありません。でも、なんだかやるせないです」

 心底残念そうに、テセロはため息を吐き出した。頭の上で握った両手のこぶしが霧散していく。


 「君はひとつ、勘違いをしている」

 「勘違い?」

 「『命題』なんていうものは、死後にしか関係のないことだ。確かに命題は彼が結果としてどう生きたかを示すものなのかもしれない。だが少なくとも、生きている内はそんなこと気にする必要はない。私は、重要なのは精一杯生き切る事だと思う」

 「抱えた葛藤が解決しなくても、生き切ったと言えると、考えているんですか?」

 「勿論だ。最終的に解が得られなくてもいい。彼は不器用だったんだ。妻を騙しきることも、そもそも結婚なんてせず一人で生きることも、彼は選択できたはずだ。でも彼はそのどちらもできなかった。それでも彼は精一杯生きた。私はそれでいいと思っている。人は人なりに人生を全うすれば、結果はどうあれ、後悔を残そうが、等しく価値のあるものだと思う。倒錯も、後悔も、きっとその人間の足跡になる。あがけばあがくほど、悩めば悩むほど、その人間を紐解く糸口になる。そうすればきっと、誰かが見つけてくれる。誰かが覚えてくれる。暗い闇を彷徨うことなく、誰かが導いてくれるはずだ」

 白い空の上にあるはずの太陽を睨みながら答える。街灯から放たれる白い光が、霧に散乱して輪を見せている。街の白さが、すこし薄くなっている気がする。

 「じゃあ、もし誰にも見つけてもらえなかったら?」

 「そういう時は、我々を頼ればいい。そういう時のために、きっと我々がいるのだから」

テセロは納得したように悪戯な顔をして、ほんとに詭弁だ。それに綺麗ごとだと言ってから、最後に「ガイアさんなら安心ですね」と笑った。



   〇


 依頼を完了し、魔術組合への報告に向かう途中。

 「お待ちしてました」

 組合の建物の前に、クェスタンがいた。いつものように青いピアスを左耳からきらりと揺らして、軍帽のつばをくいっとつまんでいる。

 「何かあったか?」ガイアが聞く。

 クェスタンはん~と唸って、「何かはあるみたいですよ」と曖昧な返事をした。

 「実は魔術組合に呼ばれてるんです」

 ほう、と相槌を打つと、

 「上に言われましてね。ついでに聞いてみたらお二人にも関係のあることだったので、一緒に行こうかと思いまして」

 それでここで待っていたというわけか。まあ兎に角行きましょうというクェスタンに続いて、魔術組合に入る。


 「あ!お三方ともお待ちしておりました!」

 建物に入るなり、いつもの受付嬢がこちらを見て大きな声で呼んだ。そして、

 「ウィアプールから依頼が来ています!」

 受付にたどり着くよりも早く、要件を告げられた。

 ウィアプール。ウォールブ帝国の首都。

 「そうか。いや、待て。個人ではなく、街からの依頼なのか?」

 隣で露骨に渋い顔をするテセロとは違い、ガイアは務めて無表情に聞き返す。

直近の二つの依頼もそうだが、彼らに依頼をする多くは個人からだ。なぜなら、()()()()が個人である場合がほとんどだからだ。そうでなくとも、対象の身元が判明しているからこそ、その縁者や親しい者から彼らに依頼が来るのだ。

 「ええ、そうなんです。ウィアプール中央冒険者組合から」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 「『葬儀屋』のお二人に、協力要請です」

 ()()()()()()()()()()()()()


 「ストレイ大量発生の可能性あり、と」


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