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死霊の運び屋  作者: 織上
一章-傘都ルーレウロ
1/26

1-ストレイ・上

 雨の降る森を二人の男女が駆け抜けていく。

 「ガイアさん!そっち三体行きました!」

 背中に男を一人抱えた金髪の男が叫ぶ。

 呼ばれた小柄の女は足を止め振り返り、背嚢から慣れた手つきで一つの瓶を取り出した。

 「テセロ!先に山麓小屋まで戻っていなさい!残念だが、彼らはここで灰にする!」

 吐き捨てるように返し、瓶の中身を手に開ける。中身は真っ青な石と、灰色の粉だった。テセロと呼ばれた男はそれを見るや頷くこともなく前を向き直し、一層足に力を入れぬかるんだ地面を蹴っていった。

 男が十分に離れるのを横目で確認し、女は一つ深呼吸をする。周囲を警戒しながらも冷静さを取り戻す。雨の音をかき消すほどに集中する。冷静に、森の奥からソレが姿を現すのを待つ。やがて見えてきたのは人影。赤黒く発色しながら、千鳥足とも見える足取りで歩いてくる。

 数は一、二、三、四、五。脳内でルートを構築し、一瞬で迎撃に移る。女は走り、一人目の懐に潜り込み、青い石を押し込むように掌底を放つ。が、相手は多少のけぞっただけで何も起きない。

 「……ッ、わかってはいたがやはりこの体では不可能か」

 小さく舌打ちをし、今度は素早く屈み足を払い、転倒させる。雪崩のように五つの人影が倒れ込むうちに、一度距離をとる。また一つ深呼吸をし、石を握った拳を頭の高さまで掲げる。瞳を閉じ、言葉を紡ぐ。


 「――"()は大地の眷属。其は星の精霊。契りは成った。()は大地の生命。吾は精霊の御子。契機に応えよ。我に祝福を授け給え"――」


 すると、拳の中から青い光が漏れだしてきた。手を開けば、石が発光し、僅かに熱も放っている。それを確認し、女は再び前を向く。屍体が起き上がり歩き出していたところだった。泥の中から這い上がる様は、他人からすればまさに阿鼻叫喚の光景だろう。口からは泥、鼻からは赤い液体が垂れている。目玉は頬に垂れ、手は生えているというよりぶら下がっているといった方が適切だ。

 『ストレイ』。かつて人だったモノ。目的もなく現を彷徨う屍体。

 そして、我々が「間に合わなかった」者たち。

 手の空いたもう一方の手で手頃な石を拾って投げる。石はストレイの頭に直撃し、石に直撃したストレイはまたも体勢を崩し泥に浸かる。転がった屍体に足をとられ、後方からくる屍体も同様に泥に倒れていく。ストレイたちは知能を既に喪っているのだ。女は静かに転んだ屍体に近づき、先ほどよりも明るさと熱を増した石を屍体の中心に放り込んだ。背嚢から灰色の粉――雨に濡れないよう布で包んである――を取り出し、屍体の陰に置く。そうすると今度は若干急いで距離を取り、起き上がろうとするストレイを静観した。あるいはその最期を諦観した。

 ばんっ、と轟音を立て突然屍体が弾けた。四肢が爆散し、そこらの木々に吹き飛ばされたり、泥の上を転がったり。屍体からは青い炎が上がっている。焦げた匂いは轟音とともに雨にかき消されて届かない。だというのに青い炎は雨に消されることはなく、ストレイたちを完全に灰にするまでたしかに燃え続けた。


 女が山麓にある小屋に戻る頃には雨は止んでいた。辺りは暗くなり始めていて、窓から零れる明かりがよく目立った。

 小屋に入ると、着替えたのだろう、汚れのないワイシャツに身を包んだ金髪の男がぱああ、と顔を明るくして出迎えた。

 「おかえりなさい、ガイアさん。ストレイの方は大丈夫でした?」

 「ああ、そっちの方は問題ない。ストレイは灰にした。多少火薬を無駄にした程度だ」

 「そうですか、よかった。それと、お湯を沸かしておきました。白湯と紅茶、どっちがいいですか?」

 白湯でいい、と答え、奥の椅子に体を降ろす。背嚢を床に置き、胸を反らすように天井を見上げる。

 「とりあえず、あの中には『命題』は無かった。てっきり人だと思っていたが、もしかしたら見逃しがあったのかもしれない。明日、村に戻る。……まだ残っていればいいが」

 背嚢から地図を机に広げ、その距離にやや頭を抱えながら決断を絞り出した。

 「ええー!?また運ぶの嫌ですよ!今日もどれだけ歩いたと思ってるんですか!」

 白湯の入ったコップを地図の横に置きながら、テセロは口を尖らせた。どうやらご不満らしい。さもありなん。だが仕方ないのだ。

 「仕事だ。付いてきなさい」

 わかってますよーと不満を顕わにしつつもテセロは納得して向かいの椅子に腰を下ろす。彼の手元のコップからは湯気とともに紅茶の香りが立っていた。

 「で、結局『命題』はなんなんでしょうね。僕もてっきり恋人さんかと思ってましたけど、あの中にはいなかったんでしょう?とするとあとは仕事道具に花、服、本、手紙、あとはあの土地そのものとか。その線は低いですかね。移住ですし。子供もいない。受け継いできた家宝もない。あとは……うーん、恋人とは別に愛人がいたとか?」

 「それは無いようだ。一途だったと思うよ。それに村の人口が少ないし愛人なんて無理だろう。直ぐにばれて追放だ。それはさておき、服や家財道具の可能性も思い出してみたが、関係なかった。聞き込みや記憶的にも、恋人関連だとは思うのだがな」

 思考を巡らせ目を滑らせていると、部屋の奥に横にさせられた銀髪の男が目に入った。

 「テセロ」

 「なんです?」

 「着替えさせたのか?」

 「ええ、勿論」

 「……必要ないと言ったのに」

 銀髪の男の服は清潔なものに替えられていて、おまけに素足だった。無論着替えさせてはいけなかったわけではないが、そのままの方が良かったこともいくつかあったのだ。ダメでした?と問うテセロに女はかぶりをふって、元の服の在り処を聞いた。テラスの軒先に干されたワイシャツの胸ポケットからロケットペンダントを取り出す。内側には何も映っていない。外側に取り付けられた翠色の装飾だけが弱弱しくきらりと光った。裏口から室内に戻り、ロケットを背嚢の底の方へとしまった。立ち上がり窓の外を見ると、分厚い雲が遠くへ流れていくところだった。黒い雲に塗り重ねられた深藍色の空。

 明日は晴れるだろうか。考え事はいったん終わりにし、白湯と一緒に飲み下す。明日はできるだけ早く出発しよう。そんなことを考えていたその時。


 ぐっと、体が不意に前に倒れた。

 全く準備していなかったタイミングの出来事に意識は咄嗟に反応できず、顔から床に落ちた。椅子に足を取られ巻き込みながらがたんと大きな音を鳴らした。

 「いっ、た」

反射的に声が漏れる。紅茶を飲んでいたテセロもすぐに気が付き、

 「大丈夫ですか!?」

 とこちらを覗き込んだ。

 「いや、マズい」

 口が思うように回らない。

 「これは、意識的、じゃ、ない」

 「――、あ」

 音を口にしてようやく言葉にする。体を起き上がらせることができない。腕は床に突き立たられているのに、それ以上は思うように動かない。床の上をなめるように窓際に移動する。じりじりと壁を這い上り、窓の高さまで頭を上げる。

 そして窓の向こうには、赤黒く発色する、人影があった。

 「『ストレイ』だ」

 ガイアが認識したことを代弁するように、テセロがそう呟いた。

 テセロはそれを呟いて一歩後ずさった。

 だが一方で女は、一層窓に顔を張り付けた。

 何かが、女の頭の中を蠢いている。いや、これは思考だ。思考が脳を走り回っている。走り回った思考はやがて意識を織りなす。ガイアの意識に見たことない情景が流れ込んでくる。これは記憶だ。脳に記憶が編み上げられた。夕景をバックに見知らぬ男に声をかけられた記憶。手を繋ぎ街を歩いている記憶。鉄道の車窓から男と外を眺めている記憶。キスをする記憶。

 意識が現実に返ってくる。ガイア自身の記憶にない記憶。つまりこれは――

 「テセロ!体の準備をしなさい!あれが『命題』だ!」

 勝手に動く体を無理やりに制し叫ぶ。

 そう、あれこそが『命題』だ。あのストレイ。かつて人だったモノ。

 頭が窓ガラスに打ち付けられる。痛みはない。それよりも考えるべきことを考える。女はやがてガラスを割り、勢いづいた体が窓枠に引っかった。体の手足をじたばたさせ、越えようとしている。

 「テセロ!まだか!」

 「今靴を履かせてます!」

 「もうそのままでいい!」

 ああもう、だから言ったのだ。ガイアの意識に流れ込んでくる記憶を無視してテセロの準備を待つ。

 「どうぞ!」

 ほどなくしてベランダから回って来たテセロの腕の中には、部屋の奥で寝かせられていた銀髪の男がいた。それを確認するやいなやガイアは体の制御をなんとかして奪い、女の頭を銀髪の男の頭にぶつけた。

 一瞬、女の動きが止まったように見えた。テセロがしばらく待っていると、女はまた手足をじたばたさせ始めた。


 そして、今まで動かなかった銀髪の男の瞼が開き、翠の瞳を覗かせた。

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