6.地下室での束縛
「ぐふっ……馬鹿な娘だなぁ。わざわざこんなところまで、わしに会いにくるなんて……でも、中々の上物じゃないかぁ。いい拾い物をしたなぁ、ふぉっ!」
下品な声がジメッとした地下室に響く。
周囲は薄暗く、外に出る扉はたった一つ。
木製で年季の入った木の扉が、少し階段で上がったところにあるだけだ。
部屋全体を照らせるような強い光を発することのできるものは、ない。ただ、部屋の一部をぼんやり照らすような古いランプが、壁のフックに掛けられているのみ。
部屋には一つの寝台があった。
その上に寝かされた私は、手足を手錠のようなもので固定されている。
人力では抜け出せない。
つまり、手足の自由を奪われた時点で、ノーマンの術中にまんまと嵌まったことになる。
「ふぉっ……これで、この娘も私のものとなる。ふぉっ、ふぉっ!」
不快な声だ。
私は眠ったふりを続ける。
「起きた時には、この身体は全てわしのもの。何をしても、文句は言えない。ふぉっ……これだから奴隷を持つのは止められない!」
奴隷契約のために必要なものは、隷属の烙印。
それを皮膚に直接焼入れることが必要だ。
ノーマンは、使い慣れた様子で、その印を押すための道具を手に持った。
熱された鉄の道具は、赤く発光し、薄らと白い煙のようなものが上がっている。
「これで、君も……わしのコレクションの一人だよ。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ!」
この烙印は、奴隷ブランドの証でもある。
王国奴隷商の奴隷というものは、あらゆる奴隷商の中でも特にブランド力があり、売買の際には、相場よりも高値で取引される。
この男の話し口から推測するに、私を奴隷にしてから手放したりはしないだろうが、金に困った場合はそういう手段も取れるのだ。
……押された烙印は、一生消えない。
一度奴隷となった人は、奴隷としての生涯しか送れない。
罪のない子供を連れ去り、この男は散々人の人生を狂わしてきた。
──到底、許される行いではない。
「────! もう、目が覚めたのか⁉︎」
私はゆっくりと目を開ける。
ノーマンは、まさか起きるとは思っていなかったようで、大きく目を見開いていた。
だが、すぐにその驚愕の表情を潜め、汚らしい涎を垂らしながら、こちらに顔を近付けてくる。
「ふぉっ、ふぉっ、いやはや。お目覚めにはちと早いですなぁ。お姫様」
「…………私を奴隷にしようとしているのね」
「ふぉっ、その通り! 中々聡明ですな。しかしぃ、ならばどうして自らこの村に入り込んで来たのですかな? まあ、こちらとしては幸運以外の何ものでもなかったわけであるのだが」
手足はガッチリと固定されていて動けない。
私には、対抗することができない。
どれだけ手足を動かそうとも、ガチャガチャと金属の金具がその動きを阻害して、一向に逃げられそうにない。
それを見て、ノーマンは唾を撒き散らしながら、大声で笑った。
「ふぉっ、今更遅い! ……いいかぁ? 君はもうわしのものだ。大丈夫、君は特別だ。わしがた〜っぷり、可愛がってあげよう」
……ああ、本当に不快だ。
いやらしい手つきで、太ももを触られる。
そこからゆっくりと腰にも手が動く。
頭も愛でるように撫でられ、不愉快以外の言葉が見たからない。
この男の欲望を満たすだけのために、多くの人生が脆く崩れてしまったのかと思うと、静かな怒りが湧いてくる。
「うぅむぅ〜、柔らかい肌だ。……さては、それなりに良い身分のお嬢様だったりするのかのぉ……ふぉっ!」
ノーマンは肥えた豚のように鼻を鳴らして笑う。
それから、酒に酔っ払っているかのように、私の周囲をステップを踏みながら回りだす。
この男はきっと、楽しみで仕方がないのだ。
私が自分のものになると信じて疑っていないから。
──いつから、奴隷契約が成立すると錯覚しているのだろうか。
私のことがさぞ愚かな娘に見えたことだろう。
経営に関する相談などという名目で、一人で村に来た。
その時点で、ノーマンは、私のことを怪しむべきだった
ああ、道化のようにはしゃぐこの男が、私は滑稽でならない。
すぐにその余裕の笑みも、消え去るというのに。
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