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49/54

49.処分



 死の間際、人は何を思うだろうか。

 恐怖か。

 悲しみか。

 それとも、怒りか。


 一概にこれという感情はない。

 しかし、デューテに限って言うのなら、彼女の抱いた感情は……。





「が……ふっ……!」



 デューテは口から真っ黒い血を大量に吐き出した。

 そして、力が抜けたように前へと倒れる。


 地面に身体が打ち付けられる前に、私は彼女の肩をしっかりと掴む。

 そのまま、仰向けになるように体勢を変えた。


「……何、をしたんだよ?」


「苦しくはないでしょう?」


 今の一瞬で、私はデューテの心臓を潰した。

 痛みがないように、身体も麻痺させた。

 だから、デューテは身体に力が入らず、血を吐いて倒れた。

 デューテの心臓は、完全に破壊した。


 だから、彼女が意識を保っていられるのは、あと僅か。






「くそ……結局、私は負け犬のまま……か。シノンとはいい勝負できたけど、ノクタリアには、敵わない……」


「そんなこと、ないでしょう」


 薄く呼吸を続けながら、デューテは軽く咳をした。

 




「…………私はただ、認められたかった。それだけ、だった」



 それはよく伝わった。

 彼女が力に振り回されたのは、己の実力を誇示して、その力を多くの人の目に焼き付けたかったからに他ならない。

 しかし、それをやってはいけなかった。

 罪なき人間を殺した。


 それだけで、彼女の息の根を止める理由になった。


「なぁ……ノクタリア。私は、あの頃から……聖女だった頃から、成長できてなかったのか?」


 デューテの瞳には涙があった。


「シノンの言う通り……私は、準二級聖女で、それ以上にはなれなかった。ずっとずっと弱いまま、だった」


 過去のことをデューテは語り出した。

 彼女がこちら側の世界に足を踏み入れた時、私は彼女の境遇に少なからず同情した。

 不憫な扱いを受けていたから。

 無意識のうちに、自分と重ねていたのかもしれない。


「……闇堕ち聖女になって、初めて『光』の力を使って……ああ、私はこんなに強いんだって、自信がついた」


「……そう」


「でも……やっぱり、私は弱い。ノクタリアにも、シノンにも、どこか劣っていて、結局……あの頃と同じで、焦ってたんだ」


 劣等感。

 それは、抱いた者にしか分からない。

 自分が劣っていると感じる度に、デューテは苦しんできたのかもしれない。

 環境が変わり、闇堕ち聖女の強大な力に魅入られるのも、無理はない。


「……なぁ、ノクタリア。教えてくれ……私は、強くなれたか?」



 再び問われる。

 彼女の声音には、段々と力がなくなっていた。

 瞳に宿る輝きも薄れて、呼吸が段々と遅くなっていた。

 

「……ノクタリア、頼む。最期に……それだけ、聞きたいんだ」


 震える腕で、デューテは私の指を掴んだ。






 ──最期、ね。



 あれだけ強気な姿勢を見せていたデューテ。

 しかし、彼女自身、終わりの時が近付いているのだと悟っていた。


 私はデューテの耳元まで顔を近付け、彼女が聞き逃さないようにゆっくりと囁いた。




「…………デューテ。貴女は、強くなったわ。シノンにも劣らない。そして、私にも劣らない。あの頃とは比べ物にならないくらい、成長したわ」




 言い終わった後、デューテは緊張の糸が途切れたかのように、これまで聞いたことのないくらい穏やかな声音で、一言。




「そっか……良かっ、た……」








 それが、闇堕ち聖女デューテが残した最期の言葉。

 身体からは完全に力が抜け、瞳からは、ハイライトが完全に消えた。

 しかし、その表情は、驚くほどに穏やかだった。



 ……もう聞こえていないデューテに対して、私は小さい声で告げた。

 

「……惜しかったわ。貴女を殺さなくてはならないことが」




 民間人を巻き込み、多くの命を奪ったデューテ。

 彼女の行いは、決して許されることではない。

 聖女たちへの報復したさに、関係のない人たちを多く巻き込んだことは、彼女の過ち。

 けれども、やはり同情してしまう。


 ──もう少し、この言葉を掛けていたなら、結末は違っていたのかしら?


 デューテの抱いていた劣等感。

 それを私かシノンが気付いていれば、もしかしたら……違う結果になっていたのかもしれない。そんなこたを考えてしまう。




 私は、ぐったりとしたデューテの死骸を持ち上げる。

 

「シノン!」


 シノンへ、声を掛けて、私は首を振り、帰還の意を伝える。

 もうこの場所に留まり続ける意味は無くなった。


 暴走してしまった闇堕ち聖女へ。





 ──私からの、制裁が完了したのだから。





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