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40.もう人ではない





 ──何故、私に優しくするのだろうか。


 疑問だった。

 グラズが私のことを心配したような顔をするのは、どうしてなのだろうかと。

 

「必要ないわ。これくらいなんともないもの」


 なんでもない時であっても、グラズは私のことを心配してくる。

 今回だってそうだ。

 だかだか足の骨や肉が砕け散っただけで、狼狽える必要はない。


「ですが、立てないでしょ? 傷口も、酷いし……」


「立てるわよ」


 私は、ゆっくりと立ち上がった。

 グラズは目を大きく見開いた。


「なんで……って、足が治ってる?」


 


 足が何度使い物にならなくなっても、構わない。

 私は誰よりも魔法が使える。

 奴隷商の名誉代表の男に制裁を下した際、死なないように魔法をかけた。

 あれと同じ原理だ。

 足を失ったのなら、また新しく作ればいい。


「私、魔法は誰よりも長けているの。だから、何も支障はないわ」


「でも、一回足が折れたんですよ? 魔法で治したのだとしても、念のため、足を労った方が……」


「どうして?」


「え?」


「足は治ったわ。何も問題ないでしょう?」


 グラズは私の肩を強く掴んだ。

 そして、前後に揺れ動かす。

 その顔は真剣そのものであり、どうしてそんなにこちらを睨んでいるのか理解できなかった。


「もうこれ以上、貴女自身を傷付けないでください!」


「……私は、傷付いていないわ」


「傷付いています! あんな大怪我して、普通なら痛くて痛くて仕方がないはず……! それなのに、どうして表情一つ変えず、こんなことを受け入れているんですか⁉︎」


「……痛い? そういえば、そんな感情が私にもあったかしらね」



 自身の肉体が欠損して、

 苦しむという感情を今の私は、持ち合わせていない。

 だから、肉体の一部が一時的に失われようとも、傷付いているという感覚が私にはない。

 

 私は、グラズに掴まれた肩に手を添えた。


「私は、闇堕ち聖女ノクタリア。……分かるでしょう? これくらい、私にとっては日常の一部なの」


「俺は……それを容認できない。貴女がこんなことを毎回しているのだとしたら、そんなことは二度として欲しくない」


「そう……」


「もっと自分を大事にしてください」


「善処するわ」


 私には、普通が分からない。

 いや、普通が分からなくなった。

 闇堕ち聖女になって、これくらいの怪我はいくらでもしてきた。

 危険なことを何度も何度もして、それでも死ぬことはなかった。


 だから、彼の言う普通というものが、どこまでのラインなのかを推し量れない。


「……ノクタリア様、本当に分かっていますか?」


「……残念ながら、分からないわ」


「────っ!」


 理解はできない。

 それはきっと、これから先……彼からどれだけ注意されようとも、変わらない気がする。


 私は、この生き方に慣れ過ぎた。

 もう、聖女として生きていた頃には戻れない。


「手を離して、グラズ」


 私は彼の手を引き剥がした。

 力は私の方がある……だからこそ、引き剥がせはしたものの、彼の掴んだその力は、想像以上に強いものだった。


「この通路を進めば、私たちの活動拠点に着くわ」


「……はい」


 彼はまだ、何か言いたそうにしていたが、今は活動拠点に行くことが先決。

 だからこそ、私は立ち止まる彼よりも先に歩みを進めた。


「グラズ……私に付き従うと誓ったのなら、これだけは覚えておいて」



 未だに動く気配を見せないグラズに背を向けたまま、私は小さな声で告げた。





「私のことを、普通の人間と同じだと思わない方がいいわ」





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