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39.真っ黒な血と彼の優しさ




 バサバサと服が揺れる。

 下から押し上げるような風が吹き、髪は上へ上へと引っ張られるように靡いた。


「うわぁぁぁぁぁぁっ……!」


 高速で地下へと降る。

 グラズの大きな叫びが耳元で響いているが、私は顔色を変えないまま、ただ一点を見据えていた。

 暗闇の向こう側。

 

 ……そう、いつも飛び降りる時の着地点だ。



「ノクタリア様……無理です! 無理です! 死んじゃいます!」


「だから死なないわよ」


「でも……っ!」


 吹き抜ける風によって、グラズの言葉はやや聞き取りにくくなっていた。

 私から大丈夫と嗜められても、グラズは未だに恐怖を瞳に宿している。

 




 ……やがて、底が見え始めた。


「グラズ、もうすぐよ」


「ノクタリア様、着地はどうやって……?」


 着地……どうやって?

 そんなことを考えたことはなかった。

 普通に下に到達さえすれば、なんでもいいという風に考えていた。

 私は無言のままその時を待つ。





 ──ズドンッ!





 周囲には沢山の砂煙が舞う。

 これで、最下層に到着した。

 

「ほら、死んでない」


 肩に担いだグラズにそう語りかける。

 安心した顔をしているだろう……そう思っていたが、グラズは顔を真っ青にしていた。

 視線の先を辿ると、私の着地した箇所に向けられている。


「ノ、ノクタリア様……!」


「何かしら?」


 彼が何に驚いているのか、私には分からない。

 しかし、グラズは指を刺して、指摘する。


「ノクタリア様……足が」


 ──足?


 地面に視線を向ける。

 特に不思議なことは何もない。

 



 私の足が砕け散り、周囲には飛び散った肉片が転がっているだけ。

 グチャグチャ折り曲がった両足から視線をグラズに移す。


「私の足がどうしたの?」


「どうしたのって……? 痛くないんですか⁉︎ ああ、血が……!」





 ──血……血……ああ、なるほど。


 私の血の色に驚いているのか。

 

「血の色が気になるの?」


「血の色とかじゃなくて……俺は貴女のことを心配して!」


 そう言いかけ、グラズは口を動かすのを止めた。


「……あの、待ってください。ノクタリア様……どうして、貴方の血は、黒いんですか?」


 まるで今、気付いたかのような反応を見せる。

 どうやら、さっきまでのグラズは、血の色に驚いていたのではなかったらしい。 

 しかし、今は私の言葉の意味を明確に捉えて、血の色が黒いことにも怯えているようだった。


「……血が黒いのは、ここの瘴気に染まったからよ」


「────っ⁉︎」


「貴方も見たでしょう。沼沢に流れる水の色を……あれと同じよ」


 


 瘴気に耐性を付けるということは、その身に瘴気を取り込むことと同意だ。

 体内を流れる血液には、瘴気が溶け込み黒く変色する。

 闇堕ち聖女……それは、瘴気に侵された聖女の末路。

 



 この世界に絶望して、復讐心を燃やした者だけが、闇堕ち聖女として、瘴気の漂うこの空間で生き残れる。

 まあ、瘴気と順応するには、そんな醜悪な理由を持つ以外にもあるのだが……それは、彼に伝えなくてもいいだろう。


「心配しなくていいわ。血の色が黒かろうと……生活に支障は出ないもの」


「……そう、ですか」


「ええ、そうよ」


 それだけ伝えて、私はグラズをゆっくりと地面に降ろす。

 グラズは座り込む私に手を差し出してきた。


「足……痛むでしょう。運びます」




 ──それは、はっきりとした彼からの優しさだった。





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