32.過去の回想(グラズ視点)
俺の人生は、順風満帆……と言えるようなものではなかった。
ドミトレスク子爵領にある貧乏な家庭に生まれた俺は、幼い頃から質素な生活を送っていた。
娯楽なんてものはなく、常に空腹感が襲ってくる毎日。
両親も朝から晩まで仕事をして、俺が成人する前に、過労で亡くなった。
残された俺は、ボロボロの一軒家で一人暮らした。
安い賃金で日雇いの仕事をして、なんとか食い繋ぐ日々。
このまま何もできないまま死んでいくのだろうと思っていた。
……けれども、こんな俺にも転機が訪れた。
「すみません、あの……この辺りに雑貨屋さんとかってありますか?」
「雑貨屋……それなら、あの道の角を左に曲がって、右手に大きな看板があるお店がそうですね」
「ありがとうございます。この町に来たばかりで、困っていたんです!」
道端で偶然、声をかけられた。
綺麗な女性だった。
可憐な容貌と小柄で守りたくなるような人。
それが、妻と初めて出会った時のことだ。
「あの、先程はありがとうございます。無事に欲しい物が買えました!」
「それは良かったです。この付近は道が多くて、初めて来た人はよく迷うんですよ」
「やっぱり、そうなんですね。……あの、もしよろしければなんですけど」
「はい」
「その、私にこの町のことをもっと教えてくれませんか?」
それがきっかけで、俺は妻と、度々顔を合わせるようになった。
仕事のない休日は、よく彼女と共に町を歩いた。
日々の暮らしは大変だったし、睡眠も十分に取れない日々が続いていたが、それでも幸せな日々だったなと今でも思う。
灰色の景色に色が付いた。
目の前がクリーンになり、生きる意味が見つかった気がした。
彼女のために、俺は生きたい。
「その、──。俺と結婚してくれないか?」
「グラズ、それって……!」
「俺は──のことが好きだ。愛している!」
その言葉を告げた時、妻は大粒の涙を瞳の奥に宿していた。
頬を赤く染め、俺にとっては、世界中のどんな女性よりも綺麗で美しく感じられた。
彼女と過ごした時が、俺にとっての人生最高の瞬間だった。
そう、言い切れる。
「うん……うん! 私も、グラズのことが好きよ!」
「──! 俺は、お前を幸せにする。だから!」
「ええ、グラズ。私を……幸せにして?」
妻と結ばれた瞬間を俺は一生忘れない。
いや、忘れられない。
忘れられるわけがない。
俺にとっては、妻と息子が、生涯において最も大切な宝物だ。
あの時の記憶を俺は今でも、大切に心の奥底に抱え続けている。
──だからこそ、妻が死んだ時は、気が狂いそうになった。
両親が死んだ時なんて比じゃないくらいに、頭の中が焼けるように熱くなった。
こんなに感情的になったことは、今までにないくらいだった。
突然の死だった。
妻は、近くの川で死んだまま浮かんでいるのが発見された。
死因は、出血死。
何者かに……襲われたのだ。
「なんでだよ。なぁ、──。俺は、どうすればいい?」
彼女の墓の前で、みっともなく泣いた。
墓石には、彼女の名が……刻まれていた。
その声はもう聞けない。
あの眩しいくらいに綺麗な笑顔を拝むこともできない。
俺は、最愛の人を失った。
「父さん?」
──ダメだ。こんなんじゃ、ダメだ!
妻を失ったが、俺には、まだ息子がいた。
彼女が残してくれた大事な息子。
「……ごめんな。父さん、少し疲れてるみたいだ」
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だとも。さあ……行こう」
息子だけは必ず守る。
墓石の下に眠る妻に誓った。
……だけど、俺は結局、息子も失った。
不当に背負わされた借金返済をしなければと思い、ドミトレスク子爵邸で必死に働いた。
息子は連れて行かれ、ノクタリア様に『死んだ』と聞かされるまで、ずっとずっとどこかで俺のことを待っているんだと思い込んでいた。
──本当にごめん。
不甲斐ない夫で、父親で、本当に申し訳なかった。
天国できっと、俺の不甲斐なさに二人は呆れているだろう。
大事なものは、失った時にこそ、その大きさを知る。
……妻が死んで。
……息子も死んで。
俺には何も残らなかった。
ノクタリア様に渡されたのは、息子の遺骨と思わしきものと、木彫りの装飾品だけだった。
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