第86話 魔導書
<ハジメ視点>
村に帰ると、ニーナとシータが出迎えてくれた。
2人とも、帰りの遅い俺を心配してくれていた。
村で捜索隊を出すように要請するか、悩んでくれていたらしい。
帰りが遅くなったことについて謝った後。
俺は自分の過去が分かったことについて報告した。
俺は1000年前に滅亡した国の末裔だと。
別の世界からやってきたのと同じくらいにぶっ飛んだ話だが、2人はすんなりと信じてくれた。
実はこの二人、俺の正体とか、あんまり気にしてないのかもしれない。
「なんだかハジメ、すごくすっきりした顔してる」
とは、ニーナの言である。
自分でもなんだか、気分が冴えてるのを自覚している。
まぁ、それも自然なことかもしれない。
この世界に来てからずっと、心の片隅にあった悩みが消えたのだ。
心のリソースを、全て目の前のことに使えるようになった感覚。
楽しい時に、心の底から笑える。
それがこんなにも、爽快なことだとは。
もう俺は、眠るときに不安になることはない。
俺が突然地球に戻ることは、起こりえない。
俺はこの世界で生まれ、この世界で生きていく。
そう確信できることが、本当にうれしい。
村に戻ってからは。
俺はひたすらに本を読み、魔術の訓練をした。
本というのは、廃墟で発見したあの本だ。
本には、様々な魔術について詳しく書かれていた。
結界魔術や、転移魔術、聖級四大魔術など。
いずれも現在では失われた技術となっている、すさまじい魔術ばかりだ。
あまりすごいので、敬意を表してこの本を魔導書と呼ぶことにした。
せっかく手に入れたので、この本に載っている魔術は全てマスターしたいと思った。
それが、これを残してくれた両親に対する、けじめのような気もした。
本の内容は非常に分かりやすい。
ヴィルガイアの血筋のなせる業なのか、これまで読んだどんな教本よりもすんなりと頭に入ってくる。
この分なら、目的の達成はそう遠くなさそうに思えた。
―――――
「……ふう」
勉強に区切りをつけ、一息つく。
夕食を終えて勉強を始めたが、気づけば深夜になっていた。
「俺、こんなに集中力あったっけ」
アバロンでエミリーに尻を叩かれていた時よりも、かなり集中して学習できている気がする。
自分に自信を持てたことによる副産物かもしれない。
以前は、自分が明日にでも消えてしまうのでは、という不安が常に存在した。
そのせいで、勉強したって全部無駄になるんじゃないか、という思いを捨てきれていなかった気がする。
勉強に100%集中できてはいなかった。
それが今は、目の前のことに完全に没頭できる。
それにもともと、俺には魔術の才能があったのかもしれない。
自惚れかもしれないが。
両親の魔術は、ヴィルガイアでも群を抜いていたらしいからな。
「カシーでも飲もうかな」
もうひと頑張り。
夜明け前まで勉強しよう。
そう思って立ち上がると、ドアを叩く音がした。
「はい?」
ドアを開けると、ニーナが立っていた。
カシーを入れたカップを2つ、お盆に乗せている。
「ごめんね、邪魔しちゃって。
ちょっと息抜きしないかなって」
ニーナは少しはにかみながら言った。
「おお、ありがとう。
ちょうど飲みたかったところだ」
ニーナからカップを1つ受け取り、口をつける。
うむ。味は可もなく不可もなし。
俺が淹れるのとどっこいどっこいだな。
一番うまいのは、やはりシータだ。
「ずっと本を読んでるみたいだけど、それ何の本なの?」
ニーナはベッドに腰掛けながら言う。
「ふふ、聞いて驚け。
これは1000年前に滅びた王国に伝わる、伝説の魔導書だ」
「へー、すごいねぇ」
全然驚かれなかった。
触ってもいい? とニーナが聞くので、本を渡してやる。
「でも1000年も前のものなのに、フツーに読めるんだね」
「ああ、なんか劣化防止の魔術がかかってるらしい」
「そんなのあるんだ」
ニーナはパラパラと、適当にページをめくっている。
「分かるか?」
「……全然分かんないなぁ。
ハジメ、本当にこれを理解できてるの?」
「ああ。
少しずつだけど、じっくり読めば分かる」
「ほー。さすがだねー」
ニーナははいっ、と本を返してきた。
俺はそれを受け取り、カシ―をすする。
「……で、どうしたんだ?
こんな夜中に」
わざわざ俺の部屋を訪ねるくらいだ。
何か用事があるのではなかろうか。
そう思って尋ねると、ニーナは少しうつむいて言った。
「……ハジメ、ちょっと変わったよね。
なんだか、前より明るくなった」
ニーナはもじもじと、両手の指を絡ませている。
「ああ、俺もそんな気がする。
過去がわかってから、なんだか調子がいいんだ」
「だよね。
昔は……っていうかこないだ帰って来てからもだけど。
もっと自信なさげだったもん。
私がすごいすごいって言っても、謙遜ばっかり返ってくる感じで」
確かにそうだった。
何かにつけて、あまり自信を持てなかったからな。
「それが、海に行って帰って来てから、なんだか雰囲気が変わっちゃって。
……血のつながった家族のことが分かったから、なんだよね?」
「ああ、そうだ」
ふーむ。
いまいちニーナの言いたいことが読めないな。
昔の俺の方が好きだったとか、そんな感じだろうか。
「私ね、ハジメの過去が分かったって聞いて。
すごく嬉しかったんだ。
ずっと悩んでたの、知ってるから。
ハジメの悩みが解決したのは、すごくうれしい」
ニーナは視線を床に彷徨わせながら言う。
「ハジメがなんだか明るいのも、すごくいいと思う。
ただね、ハジメがすごく変わったから。
なんだか怖くなっちゃって……」
「怖いって、何が?」
その質問に、しばらくの沈黙が流れた。
ニーナはシーツを握りしめ、俺の足元あたりを見ている。
そういえば、持ってきたカシ―に口もつけてないな。
意を決して、ニーナが口を開く。
「……ハジメが私たちのことなんか忘れて、どこか遠くに行っちゃうんじゃないかって」
ぽつりと。
呟くように、ニーナは言った。
「ハジメが実は昔の国の人で、血のつながった家族がいて。
それが分かったのは、とってもうれしいの。
ようやく、ハジメの欠片が埋まったんだなって。
すごくうれしい。
……でもね。
私だって、ハジメの家族でいたいの。
図々しいかもしれないけど、ハジメとつながっていたい。
だからお願い。
私とお母さんのこと、忘れたりしないで」
ニーナの視線は、俺の顔へと移った。
目が合う。
本気で心配している表情だ。
その顔に俺は思わず――。
「ぶっ」
「?」
「ぶぁはっはっはははっ!
何言ってんだよニーナ!
ははぁっははっ、はっ、は、腹痛ぇ」
笑い転げた。
「な、何よ!
真剣な話をしてるのに!」
ニーナが顔を真っ赤にしている。
しかしこれはこいつが悪いだろう。
「そりゃ血のつながった家族が誰なのか分かったけど。
1000年も前の話なんだぞ。
そりゃ大切に思うよ。
思うけどさ。
どっちが大切って言われたら、俺は迷わずお前とシータを選ぶよ」
そう言うと、ニーナはあからさまにホッとした表情になった。
「杞憂にもほどがある。
むしろ俺のことを忘れたりしたら許さんからな。
お前の結婚式には、死んでも行くから覚悟しとけよ」
「ふふっ。そっか……うん。
まぁハジメならそう答えてくれるだろうなーって、思ってはいたんだけどね」
ニーナは笑顔になり、ようやくカシ―に口をつけた。
「そういえば、飲めるようになったんだな」
昔は苦くてダメだったはずなのに。
「そうよ。
私もね、少しは成長してるんだから」
「そうか」
それは少し、感慨深いものがあるな。
その後しばらく雑談を交わし、ニーナは部屋に戻っていった。
一人になった部屋で天井を見上げる。
……うん。
ニーナに言った言葉に嘘はない。
どちらかと問われれば、間違いなく彼女達の方が大切だ。
それは間違いない。
ただ。
それとは別のところで。
俺の中に、これまでは存在しなかった感情が芽生えていた。




