第85話 魔族の話①
<語り部視点>
――遥か昔。
西の大陸は魔物の楽園だった。
魔物は森に住み、縄張り争いを行っていた。
縄張りを広げるため、他の魔物と争う。
食ったり食われたり。
殺したり殺されたり。
ひたすらに同じような日々を繰り返し、長い年月が過ぎた。
その、悠久の時の中で。
魔物達の造形はより環境に適したものへと、徐々にその姿を変えていく。
ある魔物は牙をより鋭く。
ある魔物は脚をより素早く。
ある魔物は鱗をより頑丈に。
それぞれの魔物が、その縄張りを広げるために、よりよい姿へと形を変えていった。
そんな中。
他とは一線を画す進化を遂げた魔物が現れた。
その魔物は、全てを持っていたのだ。
鋭利な爪と牙。
俊敏な脚。
頑強な鱗。
空を飛ぶ翼に至るまで。
他の魔物の長所を一身に集めたかのような魔物が誕生した。
その魔物は少しずつ、勢力を拡大していく。
しかし個体の圧倒的な能力に比して、縄張りの拡大は緩やかだった。
なぜ拡大が遅いのか。
それはひとえに、繁殖能力の低さによるものだった。
一般的に、強力な魔物ほど子を産む数が少ない。
とりわけその魔物は、他の優位点を相殺するかのように、その一点でハンデを背負った。
50年から100年に1度しか、その魔物は子を産まない。
さらに一度に生まれるのは1子のみで、成長にも10年ほどの時間がかかった。
それ故に、圧倒的な力を持ちながらも、長い年月をかけて少しずつ勢力を伸ばしていく他なかった。
そんな時、大陸間の海底で火山が噴火し、冷えた溶岩によって、東の大陸と陸でつながった。
一頭の魔物が新たな陸路を歩くと。
そこには、奇妙な生き物がいた。
鱗も、牙も、爪もない。
戦うことを放棄したかのようなそのフォルム。
魔物は、その存在に対して異常な嫌悪感を抱いた。
本能に刻まれているかのような殺戮衝動。
それを呼び起こされた多くの魔物は、東の大陸に侵攻した。
蹂躙するのは簡単だった。
ほんの少し爪や牙を振るえば、いともたやすく死んでいく。
考えられないほど脆弱な存在だ。
しかし。
ヒトは、数が多かった。
縄張り争いによって常に個体数が減っていた魔物と異なり。
ヒトはずっと、共存共栄の道を歩んでいたのだ。
さらに言葉や文字という連絡手段で連携し。
武器を使って、集団で攻撃してくる。
やがて魔術という奇妙な遠距離攻撃も加わり、侵攻した魔物は少しずつ数を減らしていった。
もちろん、ヒトの被害はその何百倍もの数にのぼったが。
最終的に、侵攻した魔物の多くは東の大陸の森に居つくようになった。
森を出てヒトを襲うことは稀だが、縄張りに入った者は殺す。
そのような存在になった。
魔物は森を好む。
西の大陸では激戦区だった森が、東では争うことなく手に入る。
それは多くの魔物にとっては、悪い話ではなかった。
少しずつ、ヒトと魔物の棲み分けがなされていった。
しかし。
ヒトを獲物として、一際強く意識した魔物がいた。
西の大陸での勝利が約束された、圧倒的な最強種。
彼らだけは、それらの穏健な結末を許さなかった。
彼らは、ひたすらにヒトを殺し続けた。
その力は圧倒的で、1体を殺すのに騎士団の1個師団が必要だった。
彼らはヒトに大きな恐怖を与え、ヒトは他の魔物と一線を画す彼らを「魔族」と呼称した。
とはいえ、絶対数の少なさはいかんともし難かった。
魔物全体でも、ヒトより遥かに数が少ない。
彼らだけでは、ヒトの数千分の一にも満たなかった。
数十年の年月をかけて。
彼らはゆっくりとヒトによって駆逐され、東の大陸から姿を消した。
しかし、ヒトにも西の大陸に攻め入る余力があるはずもなく。
お互いが大陸間に防衛線を張る形に落ち着いた。
ヒトはその年を統一暦0年と定め、魔族に打ち勝った喜びを分かち合ったのだった。
しかし、それはあくまで仮の勝利に過ぎない。
ヒトは知らなかった。
魔族に宿命づけられた、ヒトへの殺戮衝動の根深さを。
彼らは西の大陸の森での縄張り争いをやめ。
魔物の居つかない荒野へと、拠点を移した。
数さえ揃えば、ヒトを皆殺しにできる。
魔族はそう考え、戦力の拡大に専念したのだ。
それはその時点では、間違いなく事実だった。
しかし魔族の数が増えるのは、非常に時間がかかる。
魔族が1体の子を産む間に、ヒトは何世代も交代し、文明の進歩に努めた。
そして、1000年以上の月日が流れた。
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統一歴1600年、西の大陸の某所。
一体の魔族が、星を見ながら思索にふけっていた。
どうもこの所、戦果が悪い。
彼の中の議題はそれだった。
昔から、ヒトとの戦は魔族の恒例行事のようなものだ。
娯楽とさえ言っていい。
なにせあの虫唾が走る下等な生物どもを、思うまま虐殺できるのだ。
これが娯楽でなくて何なのだ。
やつらの頭を踏み潰すときの感触がたまらない。
もったいぶって命乞いをさせた後に首を切るのも悪くない。
手足をちぎってそいつの目の前で食べるのも一興だ。
そんな本能の導きに従って、これまで奴らを殺し続けてきた。
どうやらこの感情は、魔族に共通したものらしい。
皆一様に、ヒトを見ると殺したくなり、殺すと快感を感じるのだ。
ヒトとは、自分達に殺されるためだけに存在する雑魚。
それが、魔族の共通認識だ。
……そのはずだった。
しかし近頃は。
ヒトとの争いで、こちら側の被害が増えている。
やつらが奇妙な術を進化させ始めたためだ。
やつらはそれを、魔術と呼んでいる。
それこそ1000年以上前から、ヒトどもはそれを使用していた。
確かにこちらの届かない遠くから攻撃されるのは少しやっかいだった。
しかし、近づくまでの間に精々数体の同胞がやられる程度。
その多くは鱗の頑強さで防ぐことができた。
そして近づくことができれば、思うままに蹂躙するだけだ。
しかし最近になって、その魔術の威力が増大してきた。
前衛に近づく前に、魔術によって多くの者が死に。
接近戦になっても、数の不利で敗北することが生じ始めた。
それは耐えがたい屈辱であると同時に、脅威だ。
魔族が十分な数をそろえるには、まだ時間がかかる。
それよりもヒトの魔術の進歩の方が早いとなると、非常にまずい。
どうにかして奴らの進歩を止めなければ、滅びるのはこちらの方かもしれない。
彼は、少しだけ焦っていた。
恐らく彼以外の魔族には、そのような考えの者はいないだろう。
そもそも、他の魔族が何を考えているかなど、知る由もない。
魔族には、言葉など存在しないのだ。
魔族の意思疎通は、極めて原始的なものしかない。
他の魔物と同じように、声帯を使って音を出すだけだ。
危険ならば警戒するような音を。
戦いの合図なら勇ましい音を。
いたわる時にはか細い音を。
その程度のやり取りしかできないのだ。
故に多くの魔族は、物事を深く考えられない。
戦のやり方にしてもそうだ。
生活に退屈を感じた誰かが声をあげ。
憂さ晴らしをしたい者達がそれに乗っかって、攻めていただけだ。
作戦も何も、あったものではない。
別に、それでもよかった。
これまでは、個体の圧倒的な戦力差によって、大半の戦闘には勝利できていたのだ。
血気にはやった若い魔族が、大陸に乗り込んでいこうとすることだけを防げばよかった。
しかし、時代が変わりつつある。
魔術の進歩により、敗北することが増えてきた。
敗北すると、死者が増える。
大陸に攻め入るための頭数が減ってしまう。
補うために時間を必要とする。
そうなるとさらに、魔術の進歩によってヒトが優位に立ってしまう。
そんな悪循環を前に、彼はため息を吐く。
その仕草はどこか、ヒトに近いものがあった。
言葉を有しないとは思えない、複雑な感情を表す仕草。
――そう。
魔族の中で、彼だけは別格だった。
驚くべきことに、彼はこれまでの思考を、言葉という手段なしに行うことができた。
観念とでも呼ぶべき、抽象的な感覚のみで、彼はそれだけの思考を完遂したのだ。
それは過去全ての魔族を集めても、到底あり得なかった所業だ。
その誕生から、彼は異質だった。
魔族には滅多に生じない、双生児の兄として彼は誕生した。
そして、彼が誕生した時には、弟は死んでいた。
まるで、与えられるべき栄養を全て彼に献上したかのように、胎内で器官を全く発達させずに。
そこに因果があるのかは知る由もないが。
彼は他の魔族よりも、全ての能力が高かった。
戦闘において、他の全ての魔物を凌駕する魔族。
その中にいてさらに、彼の能力は頭一つ抜けたものだったのだ。
そして頭脳に関しては、もはや異種と呼べるほどに、彼は秀でていた。
必然、彼の指示に従う魔族が増えた。
数をそろえてヒトを滅ぼすという方針も、彼が統制すればこそ、魔族全体に反映できる。
彼は事実上、魔族のトップに立っていた。
ヒトが彼を見たなら、「魔王」と。
そう呼称するであろう存在だった。
そんな彼が、星降る丘で悩んでいた。
自分は、ヒトの進歩を甘く見ていた。
このままでは、魔族の勝利は危うい。
このままでは、敗ける。
この100年で、急激に魔術を進歩させたヒト。
それに対して、魔族は少し数を増やしただけだ。
その差が、致命的になりつつある。
これまでのやり方ではだめだ。
個体の膂力によって勝利できる時代は終わってしまった。
このまま数を増やすだけでは、ヒトに勝てない。
抜本的な方針変更が必要だ。
彼は考え、そう結論づけた。
では、何を行うべきか。
課題は2つ。
1つ目は、ヒトの進歩のスピードを削ぐこと。
それは必須項目だ。
その技術を失わせることができればなおよい。
しかし、具体的な方法は思いつかない。
東の大陸に潜入して、主要な都市を破壊すればいいのだろうが、難しい。
大陸間をつなぐ陸地は、当然ヒトが守っている。
防衛線を突破するには多くの犠牲が出るだろうし、突破しても敵地の中では、数の力でいずれはやられてしまうだろう。
空を飛んで渡ることも、不可能だ。
確かに魔族には翼がある。
しかし、それで飛翔することはできないのだ。
翼の役割は、跳躍をより高くすることと、最高点まで到達したあとの滑空を可能にすること。
それは結局、落下に過ぎない。
大陸間を渡るには、力不足だ。
次に考えられるのは、泳いで渡ること。
不可能ではないが、海岸の多くの部分には探知魔術とやらがあるようだ。
長距離を泳いで疲弊したところでそれに引っかかれば、魔術の格好の的になる。
更に言えば、魔族の身体は重く、泳ぎに適していない。
以上の理由から、現状では、潜入は困難だ。
だが、何か打開策を考えなければならない。
やらなければ、遠からず、魔族は滅ぶ。
そして2つ目は、戦力の増強。
魔族の個々の能力については申し分ない。
だがそれだけでは、通用しなくなってきた。
個でなく群れとして戦う場合には。
個の能力よりも大事なものがあると、皮肉にもヒトとの戦で学ばされた。
戦闘時、ヒトはそれぞれが集団の一部としての役割を全うする。
索敵、伝令、遠距離斉射、近接戦闘、治癒。
陣形を取り、それぞれが器官として働くその様は、全体で一つの生物のようにさえ見える。
個々の戦力の足し算ではこちらが勝つはずの戦闘でも、その技術差によって、敗北を喫してしまう。
――つまり、連携だ。
魔族にもそれが必要なのだ。
その為に必要なのは、意志の伝達。
「言葉」を、覚える必要がある。
これについては、すぐに取り掛かれるだろう。
戦闘の際に、適当なヒトを拉致すればいい。
やつらを生かしてこちらに運ぶなど、考えただけで虫唾が走るが。
あまつさえ、やつらから学ぶなど、自害したくなるほどの屈辱だが。
しかし、やらねばなるまい。
魔族の勝利の為。
最後にやつらを根絶やしにするためだ。
その日、彼は決断した。
計画通り、やつらの一人を拉致し、言葉を学んだ。
彼の賢さゆえか。
思ったよりも簡単に、覚えることができた。
それを他の魔族に教える。
魔族の多くは反発した。
しかし彼は根気強くそれを教え。
最初は、彼を信奉していた魔族達だけがそれを学んだ。
そしていざ使用すると、彼らはその便利さに驚いた。
それを見て、教えを乞うものが少しずつ増え。
言葉は徐々に、魔族に浸透していった。
言葉が扱えるようになったら、次は、作戦行動。
全体が同一の目的に向かって行動するには、まずは頭が必要だ。
しかしすでに、彼は魔族のトップとして君臨していた。
彼の命令に従わない者はいない。
彼は作戦を考え、それを実行させた。
といっても、積極的に攻勢に出る作戦ではない。
むしろ、これまで通りに振舞っている振りをしながら、味方の被害を抑える作戦だ。
違和感がないように、少しずつ戦闘の回数を減らしていった。
敗北の可能性がある戦闘を、わざわざ行う必要はない。
ヒトどもにこちらの変化を気取られなければ、それでいい。
魔族の欲求不満は高まったが、彼のカリスマがそれを抑えた。
まれに、ヒトが攻めてくることもある。
しかし、それに関しては問題ない。
こちらから攻めると敗北を喫するが、防衛であれば話は別だ。
大陸をつなぐ地峡。
やつらがそれを超えれば深い森だ。
他の魔物もひしめく森の中で、数の優位をもって戦う分には、問題なく勝てる。
今はまだ、だが。
さて、行動を開始してから数百年。
魔族全体が言葉を覚え、戦略的消極策を徹底することができるようになった。
そして、その間も彼はずっと、考えていた。
ヒトの進歩を遅らせる方法について。
幾多の方法を考え、試したが、うまくいかなかった。
一つ例を挙げるなら、船を造るというものだ。
それができれば、簡単に事は済む。
やつらの探知にかからない沖から東の大陸の奥へと進み、警戒されていない場所から侵入すればいいのだ。
ヒトが海に船を浮かべたら魔物に襲われるらしいが、海の魔物は自分達には敵対しない。
船さえできれば、海は魔族のものだ。
しかし魔族の手足は、ものを作るということに向いていなかった。
木を切り倒すのは容易だが、それらを加工してつなぎ合わせるのは不可能だった。
長い時間をかけて。
できたのは、船と呼べるようなものではなかった。
それはイカダであった。
何本かの木を切り倒し、枝を削ぎ、丈夫な蔦で縛ったもの。
しかし、彼は満足だった。
格好などどうでもいい。
魔族を乗せて海に浮きさえすればいいのだ。
イカダは見事、海に浮かんだ。
魔族を数体乗せ、オールを漕がせれば前に進む。
これがあれば、ヒトどもの進歩を止められる。
彼は喜び、作戦を実行した。
魔族を乗せた数十基のイカダが、東の大陸へと出発した。
彼は成功を信じて見送った。
しかし、作戦は失敗した。
海には、海流というものがあった。
それは大部分が、東から西に向かう方向に流れていた。
魔族の腕力をもってオールを漕いでも。
ある場所から先へは、進むことができなくなってしまったのだ。
船を造る計画は、失敗に終わった。
他にも、様々な案を検討した。
背中に魔族を何人も乗せ、空中で順に背中を蹴って跳躍することで、防衛線を飛び越える案。
ヒトを拉致し、その者達に高性能の船を造らせる案。
翼に巨大な葉を装着し、飛翔する案。
鳥型の魔物を捕まえ、その背に乗って飛ぶ案。
例をあげればきりがないが、その全てが失敗に終わった。
背中を蹴って跳躍しても、得られる高度には限界があった。
拉致したヒト共は、船に詳しくない上に、ほとんどが自害した。
翼に葉をつけても何の意味もなかった。
鳥型の魔物は、命令に従わなかった。
しかし彼は何度でも。
星を見上げ、考えを巡らせる。
彼は規則的に動く星々が好きだった。
その動きの正確さに惹かれていた。
人間の寿命を優に超える時間、彼は星を見上げてきた。
しかし最近になって、その好意すら、無下に打ち砕かれた。
規則的に周回する星などごく一部だった。
戯れに記録をつけてみたところ。
多くの星は、逆行したり旋回したり、不規則なふるまいをしていることに気付いたのだ。
それ以来、彼は星を見ることをやめていた。
ただ、何百回目かの作戦に失敗したその日。
久しぶりに眺めてみることにした。
大きな岩の上で寝ころびながら、夜空を見上げる。
そして、ふと思った。
……もしかしたら動いているのは、星ではなく。
――この世界なのではないか?
不意に浮かんだ、そんな考え。
だとしたら、星の動きに辻褄が合う可能性がある。
自分達が動き、動いている中で星々の運動を観測しているのならば。
その軌道が歪なものに見えるのも、納得できる。
馬鹿らしい思い付きだ。
例えそれが正しかったところで、何にもならない。
そんなことよりも、東の大陸に潜入する方法をもっと考えるべきだ。
そう分かっていても、思考は止められなかった。
だとしたら、世界はどのように動いているのか。
彼はそれから数年。
星を観測し、検証を行い、自分たちの世界の運動について考えた。
そしてその探求は、思わぬところに結実した。
この世界は、球体だ。
星の動きの観察を続けた結果、彼はその結論に行きついた。
世界は球であり、自らが回転すると同時に、空の光の周りを周回している。
そんな形をしていると、彼は確信した。
そして。
それはすなわち。
海流に逆らわずに、西から東への移動が可能であることを示唆していた。
「ククッ。
……クハハハハハ」
思わず、笑みがこぼれた。
それはヒトから見れば、これ以上ないほどに、邪悪なものに見えたに違いない。
それから数年後。
作戦は決行された。
西の大陸の西端にイカダを百基浮かべ、西に向かって出発した。
彼の考えが正しければ、東の大陸の東端へとたどり着くはずだ。
彼自らもイカダに乗り、星を見て方向を指示した。
多くの魔族を動員した作戦。
無事にたどり着けるのかは、分の悪い賭けになる。
しかしもはや、残された手段はこれしかなかった。
自分達は、ヒトの進歩を侮っていたのだ。
時が経つほどに魔族は追い詰められ、既に状況は劣勢だ。
勝つためには、賭けに出るしかない。
目的地は決まっている。
かつて、ヒトの兵士から地図を奪ったときに、目星はつけておいた。
やつらはこちらには読める者もいないだろうと、油断していたのだろう。
事実、その時には読めた者はいなかったが。
――魔法都市ヴィルガイア。
そこが、ヒトどもの魔術の供給源らしい。
好都合なことに、たどり着くはずの場所から非常に近い。
そこは、確実に潰す。
そしてもう一つは、エルフの国。
奴らの結界と治癒には、戦場で何度も煮え湯を飲まされた。
可能であれば、潰したい。
さしあたっての目的地はその2か所だ。
それらの発展を奪いさえすれば、戦局を変える大きな一手になるはずだ。
あとの行動はその後で考えるとしよう。
楽しみだ。
無事にたどり着けたならば。
これまでの戦場での恨みを、余すところなく晴らさせてもらう。
魔族の強大な力で漕がれるイカダは、海流を味方につけて、かなりの速さで進んだ。
海に出てからたった10日ほどで。
魔族たちは、東の大陸へとたどり着いた。
そして着いたその夜に、作戦を決行することとした。
すなわちその夜、ヴィルガイアを襲撃した。
作戦は、おおむね成功した。
しかし最後の最後に手痛いしっぺ返しを食らい、半数以上の同胞を失ってしまった。
一国の王でありながら、あれほどの魔術を秘めているとは。
彼もその場におり、複数の魔族が盾になったおかげで生き延びたが、大きな怪我を負った。
他にも、ヒトとの戦闘で負傷、死亡した者も少なくはない。
……さて、どうするべきか。
傷は時間をかければ治る。
しかし自分たちの存在が露見するのは良くない。
大陸のこちら側まで警戒されると、同じ作戦は使えなくなってしまう。
ヴィルガイアを堕とした時点で、作戦は成功と言っていい。
これでヒトどもの魔術の発展は止まり、世代を交代すればその練度も下がるだろう。
その間に、こちらは力を蓄える。
そのためには、彼が必ず生きて帰って、その方針を伝えることこそが肝要だ。
少しの逡巡の後、彼は撤退を決めた。
イカダに乗り、闇に紛れて沖へと漕ぐ。
海流に逆らうと全く進めないので、逆らわずに故郷を目指す。
つまり東から西へと、世界を一周することにした。
100日を超える船旅になるだろうが、陸地を見ながら移動できるので、道に迷うことはない。
こうして、魔族達は東の大陸から去った。
しかし。
例外が一体だけ残っていた。
王の魔術にやられ、かろうじて一命をとりとめたものの、瓦礫に埋もれて動けなくなっていた者だ。
彼は日が出る前になんとか抜けだし、付近の森に身を潜めて身体を癒した。
魔族の傷は、時間経過で少しずつ回復する。
腕や脚が欠損しても、長い月日をかければ再生するのだ。
彼もまた、百年以上の年月をかけて、その身体を再生した。
そして、自分がどうすべきなのかを考えた。
乗ってきたイカダはすでにない。
証拠を残さぬように、余ったイカダは同胞が全て壊してしまったからだ。
残っていたとしても、数十年の劣化に耐えられるわけもない。
しかし新たにイカダを作るのも難しい。
木はなんとでもなるだろうが、蔦は試行錯誤の上で選んだものだ。
丈夫でほどけにくいものでなければ、長い航海に耐えられない。
途中でほどけてしまったら、水よりも遥かに重い体は、海底に沈んでしまう。
海を渡って帰るのは不可能。
となれば。
やることは一つだ。
作戦目標のもう半分。
魔族全体のことを考え、彼はエルフの里を襲うことにした。
存在が露見しても、彼一人ならば問題はあるまい。
それにエルフの里は、ここから非常に距離が離れている。
大陸の東端から上陸したなど、想像もつかないだろう。
長い旅路の末。
彼は、エルフの里へとたどり着いた。
孤立したヒトを拉致して場所を聞き出し、殺す。
これを繰り返せば、たどり着くのは難しくはなかった。
しかし、里の中へは入れなかった。
こざかしいことに、破れない結界が張ってあったのだ。
仕方がないので、その付近の森に居つき、里を訪ねるもの、里から出るものを全て殺した。
そのうち、里から出るものは誰もいなくなったが、訪ねて来る者はちらほらといる。
それらを殺す生活を、ひたすらに続けた。
エルフの里が、深い森の中にあったのは僥倖だった。
自分を見たものを全て殺せば、自分の存在は外に漏れない。
ヒトが大勢で自分を狙うこともない。
更に幸いなことに、魔族がヒトに戦争を仕掛けなくなったことで、余裕が生まれたヒトは互いに殺し合うようになった。
東の大陸は戦火に焼かれ、エルフの里は孤立。
その存在すら知る者はほとんどいなくなった。
それでも、彼は森に潜んだ。
里のエルフを、外に出さないために。
彼はひたすらに、里を訪ねてくる者を殺し続けた。
いつの日か、魔族が東の大陸に攻め入って、自分と合流するその時を待ちながら。




