第64話 森の中の冒険③
それは、唐突に訪れた。
いつものように、目印を置きながら歩いていると。
先頭のクリスが立ち止まった。
「どうした?」
クリスに聞くが、返事はない。
だがその表情は、明らかに様子がおかしかった。
せわしなく周囲の様子を伺っている。
「どうしたの?」
エミリーも不審に思ったらしい。
「……これまでに感じたことがない気配がする。
少しずつ、こちらに近づいてきている。
なんだか分からないが、よくないもののような気がする」
ようやくクリスが口を開いた。
「つまり、新手の魔物ってことか?」
「そうだと思うんだが、なんだか不気味だ。
普通の魔物とは違う。
こんな気配は初めてだ」
戸惑った表情のクリス。
俺も、こんなクリスを見るのは初めてだ。
「俺たちはどうしたらいい?」
「……そうだな、とりあえず気配の方向と逆に移動してみることを提案したい。
近づくのは、危険だと思う」
「わかった。そうしよう」
クリスの言葉に従い、進む方向を変えることにした。
彼女の背中を見ながら、早足でひたすら歩く。
時々クリスは後ろを振り返った。
その表情から察するに、危険は去っていないようだ。
しかし一体、何がいるというのだろうか。
普通に考えたら魔物だろうが、クリスの様子は尋常ではない。
あのキマイラに対しても、幼き日のクリスは普通の魔物だと思って近づいたという。
ということは、原因は魔物の強さというわけではないのだろう。
正体不明な存在が近くにいる。
その不気味さに脳内警報が鳴り響き、歩くのが速くなる。
このまま振り切りたい。
やがて、少し開けた場所に出た。
そばに川が流れており、上流には滝がある。
クリスは立ち止まり、こちらを振り返って言った。
「……ダメだ。
どうやら、私達を狙っているらしい。
少しずつ、距離が詰まってきている」
遠ざかってやり過ごすことは、できそうにないらしい。
ということはつまり、覚悟を決めるしかないということだ。
正体不明の敵と、相対する覚悟を。
「ここで迎え撃とうというわけね?」
「ああ。視界を遮るものはできるだけない方がいいと思って、開けた場所を探してみた」
「悪くない環境だと思うわ」
エミリーが荷物を置き、ヒュンッと杖を振る。
彼女はとっくにやる気のようだ。
「……やるしかないか」
俺も荷物を放り出し、杖を構える。
「接敵までもう少し時間はある。
できるだけ有利な位置で迎え撃とう」
クリスの言葉に従い、位置取りを決める。
前衛はクリス、俺とエミリーは後衛。
滝を背後にして、森からは出来るだけ離れた位置で待機する。
滝の落ちる音だけが、辺りに響く。
クリスの後ろ姿は微動だにせず、状況の変化に対して備えている。
エミリーの表情は、いつになく不安げに見える。
俺はエミリーに何か声を掛けようと思ったが。
「――来るぞ!」
クリスの叫びによって、行動はかき消された。
彼女が見つめる一点を、俺とエミリーも凝視する。
木々の暗がりから。
何者かが、ゆっくりと現れた。
そいつは、2本の脚で立っていた。
腕も2本で、頭は1つ。
人間に近い形だが、決定的に違う点が3つ。
1つ目は、肌が鱗に覆われていること。
2つ目は、同じく鱗に覆われた、翼があること。
3つ目は、頭に、角が生えていること。
……何だこいつは?
魔物というには、ヒトに近すぎる。
ヒトというには、魔物に近すぎる。
「何者だ!」
クリスが叫ぶ。
しかしその声を意に介さず、そいつはこちらへ近づいてくる。
「止まれ!
それ以上近づけば、斬る!」
クリスが再度叫ぶ。
無視して近づいてくるかと思ったが、そいつはピタリと動きを止めた。
どうやら、言葉が通じるようだ。
クリスまでの距離は10メートルといったところか。
「貴様は何者だ!
なぜ、私達に近づく!?」
その言葉を聞いて。
そいつはゆっくりと表情を変える。
血走った赤い眼を細め、鋭い牙の覗く口角を持ち上げた。
つまり――笑った。
「ナゼ近ヅク?」
さらに。
言葉を発した。
まるで金属の弦をノコギリで奏でるかのような。
思わず耳を塞ぎたくなるような音。
「クックックッ。
……マサカソンナコトヲ尋ネラレルトハナ。
人間トハ、ナント愚カナノダ。
ソンナコトハ、ハルカ昔カラ、決マリキッテイルトイウノニ」
……遥か昔から?
……どういう事だ?
警戒する俺達に向かって、そいつはさらに続ける。
「――貴様ラ人間ヲ、殺スタメダ。
殺スタメニハ、近ヅカネバナルマイ?」
戦慄した。
その言葉を構成する全ての要素が、俺達とは相容れないことを物語っていた。
そこで初めて。
俺は目の前の存在が何者なのか、思い当たった。
――魔族だ。
はるか昔からヒトと争い、殺し合ってきた存在。
本で読んだことしかないが、なぜだか確信を持てる。
こいつは、これまでに出会った全ての生き物と、明らかに違う。
殺さなければ、殺される。
俺の中の生存本能が、そう訴えかけてくる。
「エミリー、クリス!
こいつは敵だ! やるしかない!」
叫び、杖に魔力を集める。
「フハハハハハ!
ソウデナクテハ、興ガ乗ラントイウモノダ。
セイゼイアガクガイイ、脆弱ナ人間ドモヨ!」
戦いが、始まった。




