第53話 今後の方針①
エミリーに相談してから、俺はまた魔術協会の図書館に通い始めた。
どうするか考えるため。
そして、どうするか考えるための材料を探すためだ。
俺にはこの世界の知識がない。
ニーナの家の本で学んで以降、そんな勉強などしたことがなかった。
しかし今、俺に必要なのはそれだと思った。
この国では転移魔術は不可能と結論付けられた今、別の可能性を探す必要がある。
そのために、この世界の歴史を学び、魔術について大局的に捉えることが必要だ。
この国以外で、世界を探すならどこにするべきなのか。
最新の魔術研究ではダメだった。
ならば、過去に頼ってみる。
温故知新というやつだ。
これまでの世界の成り立ちを学び、次の目的地を決めるのだ。
魔術を隠匿してそうな国とか。
人が転移した事例とか。
そんなのを探してみる。
そのような考えのもとに。
「魔術の歴史」の棚から分かりやすそうなのをいくつか選び、勉強した。
ある程度は既に持っていた知識だったが、新しいことも知ることができた。
まず、この世界は2つの大陸でできている。
東の大陸にはヒトが、西の大陸には魔族が住んでおり、遥か昔から戦争状態が続いている。
戦線は大陸を繋ぐ細い道にあり、そこに戦線が定まった年が、ヒトの世界の起源元年となった。
その後も魔族との戦闘がひっきりなしに繰り返されていたらしい。
その頃は、ヒト達は一丸となって、魔族と戦っていた。
しかし時が経ち、少しずつ戦闘の回数が減っていく。
魔族の危機が遠ざかるに従って、国という境界がヒト達に生じていった。
1000年を過ぎたあたりから、ヒト同士の争いが生じ始めた。
さらに1600年頃からは魔族の侵入が極端に少なくなり、その争いに拍車をかけたという。
そして1800年〜1900年代に、東の大陸全土を巻き込むような、大きな戦争の時代が訪れた。
その際に、国ができては消えを繰り返し、歴史資料の大半が燃えてしまったらしい。
なのでそれより昔のことは資料がほとんど残っておらず、どんな国があったとか、どんな戦いがあったとか、そのほとんどが不明になってしまった。
なので現在、詳細が分かるのは、2000年代以降のことしかない。
このアルバーナは、2000年代初期に建国され、いくつかの戦争を経て、今なお存続している。
魔術協会ができたのは、2100年頃。
物体移動魔術の仮説が発表されたのは、2300年頃らしい。
それからずっと研究がなされているが、仮説の証明はできていない。
そして2686年の現在。
大きな力を持った国が、アルバーナのほかに4つある。
しかしそのいずれもが2000年代に建国された国であり、魔術の歴史もアルバーナと同じようなものだと思われた。
歴史書を見る限りでは、特に転移魔術を隠匿してそうな怪しい国もなく、神隠しがあったなんて事例も見つからない。
これらの国を調べても、成果は得られなそうな気がする。
とはいえ、他の小国を探したところで意味があるとも思えない。
……考えあぐねていたとき。
目に止まった国があった。
エルフの国。
別名、エルフの隠れ里。
エルフとは、長命で、目鼻立ちが整った者が多く、耳が長いことが特徴の種族だ。
その長老は齢1000歳を超え、賢者と呼ばれているという。
……賢者。
どうだろうか。
今まで、俺がこの世界に来た理由は、魔術によるものだと決めつけていた。
今でもその可能性が高いとは思っているが、しかし魔術の進歩を追っても、なかなか辿り着けそうにない。
それならば、この世界そのものに詳しい人に聞いてみた方が、何か新しい糸口が見つかるんじゃないだろうか。
それに1000年も生きているなら、資料が残っていない時代の魔術も知っているかもしれない。
ロストテクノロジー的な感じで、その時代の方が魔術が進歩していた可能性だってある。
一度考えると、いい案のような気がしてきた。
エルフの国を訪ね、長老に俺の身にあったことを話し、意見を聞いてみる。
それを、次の目標にしてみるか。
……よし。
俺の考えはまとまった。
が、一人で物事を判断するのはよくないと、グレイウルフの時に学んだ。
エミリーに相談してみよう。
彼女から見ても可能性がありそうなら、エルフの国に行くことにする。
―――――
翌日。
学院の図書室を訪ねた。
いつもの席に、いつものようにエミリーはいた。
なんだか安心感があるな。
そんなことを感じつつ、隣の席に座る。
「……エミリー、ちょっと相談があるんだが」
「ダメよ。お金は貸さないわ」
「違うわ!
何で俺の相談といえば金、なんてことになるんだ」
「じゃあ、何かしら?」
「……今後の方針についてだ」
エミリーは本から目を離し、こちらを見た。
「そう、どうするの?」
「考えたんだけどさ、他の国の魔術協会とかを訪ねても、結局ここの二の舞な気がするんだよ。
だから、ちょっと考え方を変えてさ、エルフの長老を訪ねてみようと思ったんだ。
すごく長生きしてるらしいから、世界のことに詳しそうだし、こんな事例を他にも知ってるかもしれない。
今は残ってないけど、昔の魔術では転移魔術も可能だったかもしれないし。
そんなことを聞きに行こうと思うんだけど、どうだ?
可能性、あると思うか?」
そう言った俺を、エミリーはしばらく無言で見ていた。
少し驚いてるように見える。
何に驚いているのだろう。
エルフの国を訪ねるなんて案は、彼女から見れば奇天烈なものなのだろうか。
実現なんてできやしないのだろうか。
不安になる俺をよそに、ひと息ついて、彼女は話し始めた。
「悪くないと思うわ。
私も少し考えてみたけど、あまりに糸口が少なすぎるもの。
ハジメの言う通り、どこの国を探しても同じことになる可能性がある。
それなら、長く生きてるエルフに聞いてみるというのは、いい線いってるんじゃないかしら。
他にいい案も思いつかないし、転移の解明を続けるのなら、目標としてはまずまず妥当だと思うわ」
……よし。
エミリーも同意してくれるなら、行動目標にしてもいいだろう。
俺は、エルフの国を訪ねることにする。
そう決心した俺に、エミリーが言った。
「……それじゃ、ハジメはこの街を出るのね」
「ああ。
住み慣れてきたところで、名残惜しいけど。
目的を違えるわけにはいかないからな」
「そう……」
それっきり、エミリーは下を向いて黙ってしまった。
どうしたんだろうか?
今日はなんだか少し、エミリーが変だ。
「……ねぇ、ハジメ」
「ん?」
顔を上げたエミリーは、いつになく真剣な表情だった。
「エルフの里までは、危険な道のりになると思うわ。
馬車なんて通らない、道のない道を進むことになると思うし。
魔物にやられて、途中で命を落とすことさえあり得る。
たどり着けたとしても、長老が会ってくれるかなんて分からない。
そして仮に会ってくれたとしても、答えが手に入る確率は相当に低いのよ。
……それでも、あなたはそれを目指すの?」
俺はエミリーの目をまっすぐ見ながら、答えた。
「ああ、目指すよ」
エミリーも俺の目をまっすぐ見て、問いかけてくる。
「それは、なぜ?」
なぜ、か。
少し考えて、俺は答える。
「それが、俺の生きる意味だからだ。
同じことを、村を出る前にも悩んだ。
あるかどうかも分からないものを探すよりも、平穏に暮らした方が幸せなんじゃないかってな。
……でも、俺は知りたい。
知らなきゃ、自分の人生が始められないと思った。
それを知るために行動しなかったら、一生悔いが残ると思ったんだ。
だから、今こうしてここにいる。
そして、次はエルフの里を目指すんだ」
エミリーは目を見開いて、呟いた。
「生きる意味、か……」
遠くの景色に視線を移した彼女は、そのまま黙ってしまった。
俺も黙って、言葉の続きを待つ。
どれくらい、そうしてただろうか。
やがてエミリーは、意を決したようにこちらを向いた。
「ハジメ」
「なんだ?」
「お願いがあるの」
「金なら貸さないぞ」
「違うわよ!」
もうっ、とエミリーはつぶやき、改めて言った。
「この街を出る前に、一度。
……私の家に、来てほしいんだけど」
俺に初めて見せる、懇願ともとれる眼差しで。
エミリーは、俺にそう言ったのだった。




