第44話 エミリーとの狩り
「……見えてきたぞ。あれが冒険者ギルドだ」
「へぇ、あれがそうなの」
少し離れたところに、無骨な石造りの建物が見えている。
「なんだか思ったより地味なのね」
「まぁ、そうだな。
でも彫刻とかあるし、あの像とかカッコいいじゃないか」
「ふーん」
俺は正門の両脇に置いてある、剣を掲げた騎士の像を指さして言う。
が、エミリーにはあんまり響かなかったらしい。
「中はどうなってるのかしらね」
「入ってみるか」
「入れるの?」
「当たり前だろ?」
俺は木造りの大きな扉を開けて、中へ入った。
朝、とりあえずアバロンを散策することにしたが、特に行く宛がなかった。
エミリーに行きたいところを尋ねたら、冒険者ギルドを見たことがないと言うので、ひとまずここに来てみたのだ。
扉を開けると、いつもの冒険者ギルドだった。
掲示板の前で、冒険者達が話している。
「あそこに依頼が張り出されるのかしら」
「ああ、朝一番だともっと人が多いけどな。
大半はもう依頼を剥がして、狩りに出かけたんだろう」
「へぇ。そういう仕組みなのね」
エミリーは掲示板の前まで進み、興味深そうに依頼書を眺めていた。
「ちょっと腹減ったし、そこで食べないか?」
俺はギルドに備え付けのバーを指差す。
「いいわよ。先に席を取っておいて。
もう少し見たら行くから」
意外と興味深々だな。
俺はカウンターに行き、酒と軽食を頼んで近くの席に座った。
小柄なエミリーは人だかりで掲示板が見えないのか、背伸びをしたり、ぴょんぴょん跳ねたりして、頑張って依頼書を眺めていた。
ちょっと癒される。
休みはいつもクリスと狩りに出かけていたから、こんなのんびりした休日は初めてだ。
酒の味が、心に沁みる。
俺は、昼間から外で酒を飲む幸せを噛みしめた。
料理が運ばれてきたタイミングで、エミリーも戻ってきた。
飲み物を注文して、席に着く。
「どうだった?」
「なかなか面白かったわ。色んな依頼があるものね」
「特に面白いのとかあったか?」
「そうね……スライムかしら。
実は私、見たことないのよ。不思議な生き物よね」
「スライムか。言われてみれば確かに。
何がどうなってあんな形になったんだろうな」
ポテトフライのような料理を口に運ぶ。
うまい。
「スライム、見たことないのか」
「魔物なんて、普通は見ないわよ。
……何よ、ハジメは見たことあるの?」
「ああ、飽きるくらいに見たよ。
……ていうか俺、休みの日は冒険者やってるんだけど、言ってなかったっけ?」
エミリーが不満げな表情になった。
「何よそれ。聞いてないわよ?」
まぁ確かに魔術の勉強に必死で、休みの日の話など全然してなかったな。
俺もエミリーの休みの行動など全然知らないので、おあいこだろうが。
「すまん。言ってなかったな。
俺、冒険者稼業で生活費を稼いでるんだ。
一応、Cランクの冒険者だ」
「そう。
だからギルドに詳しかったのね」
エミリーは憮然とした顔でポテトフライを頬張った。
「それじゃ、パーティーを組んでるの?」
「ああ。
といっても、俺を含めて2人しかいないけどな」
「2人だけ?」
「ああ。クリスっていう、剣士と組んでる。
俺が魔物に襲われてる所を、クリスに助けられてな。
それがきっかけで組むことになったんだ」
「へぇ。どんな人なの? そのクリスさんは」
「え?……そうだな。
クリスはめちゃくちゃいいヤツだな。
素直でまっすぐで、ちょっと融通がきかないところもあるけど、一緒にいるとそれもひっくるめて長所に見えるような、そんなヤツかな」
なんだか酒のせいか、口が軽い。
クリスについて語り始めると、止まらなくなってしまった。
「それに家族思いなヤツだ。
俺が学校に通い出してから、休日しか狩りに行けなくなったんだが、平日は家族との時間を大切にして、家族と一緒に過ごしてるんだ。
クリスなら1人でも狩りはできるのに」
今日も本来なら狩りに行く予定だったが、急遽変更させてもらった。
クリスは嫌な顔ひとつせず応じてくれた。
いいヤツだ。
俺は天井を見上げて、クリスの顔が思い浮かべる。
「……へぇ。そうなんだ」
あれ?
なんだか、やけに冷たい声がした。
エミリーの方に顔を戻すと、視線まで冷たかった。
「……なんだよ?
お前が聞いてきたんだろーが」
そりゃ知らない他人の話なんてつまらないだろうが。
聞いてきたのはエミリーだろうに。
「……別になんでもないけど!
いい仲間がいてよかったわね!」
フンッ、とエミリーがそっぽを向いた。
あれ?
俺、なんかしたか?
……あ。
そこで気づいた。
そうか。
エミリーには、その仲間がいないのか。
へりくだって話しかけてくるクラスメイトはたくさんいるが、ケンカしたり、悩みを相談したりする相手はいないのだ。
今こうしているのもそれが発端だったというのに。
全然間も空かないうちに俺が仲間のことなんか長々と話したら、そりゃ不機嫌にもなるわな。
「すまん。ちょっと無神経だった」
エミリーは明後日の方を向いたまま、ノールックでポテトフライを掴んでは口に運んでいる。
器用だな。
「せっかくだから、スライム狩りにでも行くか?」
エミリーは明後日の方を向いたまま答える。
「……ハジメが行きたいんだったら、しょうがないわね」
―――――
「森の中なんて、初めて入るわ」
南の森にやって来た。
酒を飲んで森に入るのはとてもよろしくないが、ここに出るのは、ゴブリンとスライムばかりだ。
泥酔してるわけでもないし、まぁ大丈夫だろう。
「魔術師だけで危険ではないの?」
エミリーはキョロキョロと辺りを見回している。
ゴスロリ服で森の中を歩いてるのって、なんだかおとぎ話の登場人物みたいだ。
「ああ。ここらには危険な魔物は出ないよ」
「……そう。ならいいのだけど」
冷静に見せようとしているが、エミリーは少し不安げだ。
魔術については天才的なエミリーでも、初めての森は怖いのか。
……ちょっとイタズラ心が湧いてくる。
「……わっ!」
「ひっ!」
唐突に大声を出してみたら、エミリーは両耳を押さえながら跳びのいた。
予想以上のリアクションだ。
「……な、何よ」
「いや、驚かせてみようと思って……」
跳びのいた分距離が離れたエミリー。
その顔がみるみる赤くなり、こめかみには青筋がたった。
「ストーンバレット!」
「あいたっ!何しやがる!」
「自分がちょっと慣れてるからって、調子に乗るんじゃないわよ!」
「なんだよ、俺はちょっと、緊張をほぐしてやろうと――」
「ストーンバレット!」
「あいてっ!
やめろって! 悪かったから!」
エミリーはしばらく、口をきいてくれなくなってしまった。
黙って森の中を2人で歩く。
うろうろしていると、やつが現れた。
げきょげきょとうるさい声。
ゴブリンだ。
3匹の群れで行動している。
「あれがゴブリンだ。ギルドに耳を持っていくとお金に替えてくれる」
「ゴブリン……あれが、魔物」
「そうだ。
倒すから、ちょっと待ってろ」
「いいえ。ハジメの方こそ、そこで指をくわえて見ていなさい」
俺の言葉を遮るように、エミリーが言う。
「……大丈夫か?」
「うるさいわね。見ていなさいって言ってるでしょ」
心配したが、つっぱねられた。
しょうがない。
お手並み拝見といこうか。
俺達に気づいたゴブリン達が、こちらへ向かってくる。
エミリーは一瞬だけ目を閉じて、唱えた。
「荒まく風。
その暴威を以って敵を殲滅せよ。
……トルネード!」
――突如。
俺達の前方に、巨大な竜巻が出現した。
ゴブリン達は突然の異変に逃げ出そうとするが、1匹ずつ竜巻に捕まり巻き込まれていく。
竜巻は徐々に拡大し、周囲の木も根こそぎ持っていった。
大木が小枝のように宙を舞う。
風圧で、身体が吹き飛ばされそうになる。
竜巻は木々を纏ったまま数十メートル進み、少しずつ小さくなって、やがて消えた。
ボトリボトリと、空から木が降ってくる。
竜巻が通った後。
森の中にぽっかりと、巨大な更地が生まれた。
ゴブリン達はもはやどうなったのか不明だ。
なぎ倒された木々の下にいると思うが。
「……すごいな」
初めてエミリーの本気を見た。
これは凄まじい。
魔術師が重宝されるわけだ。
銃火器のないこの世界。
これはまさしく、兵器と呼べる代物だ。
「身の程を知ったかしら? ハジメ。
これが上級魔術よ」
なに!
今のは上級魔術なのか。
確かに威力が段違い過ぎると思った。
つーかコイツ、上級魔術まで使えるくせに学生やってるのか。
「なんていうか、凄まじいな」
「ふふん。全く、その足りない頭でも、ようやく少しは理解できたようね。力の差というものを。」
エミリーはすごくスッキリした顔をしている。
上級風魔術は、ゴブリンと木々に加えて、彼女のストレスも吹き飛ばしていったようだ。
その後、無事にスライムを見つけ、エミリーがストーンバレットでやっつけた。
見たがっていたスライムを見た感想は、「こんなものなのね」と淡白だった。
―――――
街に戻ると、もう夕方になっていた。
「ぼちぼち帰るか」
森に入ったのと、あんな魔術を間近で見たせいで、服が砂っぽい。
帰って風呂に入りたくなった。
「そうね」
エミリーも異論はなさそうで、素直に同意した。
別れ際、エミリーに声をかける。
「なかなか楽しかったよ。また機会があったら狩りに行くか」
「フン、まぁ、ハジメが行きたいんだったら、行ってあげてもいいけど?」
……最後まで、ブレないやつだった。




