第六話「春る、ヒーローは遅れてやってくる」
「この少年は治りますか…?」
後日、保健室に沖田総司の声が響く。勘違いして欲しくないのは彼…いや、彼女は新撰組一番隊隊長の沖田ではないということ。歴史の偉人である彼をモデルとした転移者だ。
「あんたはやりすぎよ」
「すまない。随分死に急いでいるようだったから」
保健室の先生に怒られた沖田はベットに横たわる少年…キーパーソンの顔を覗き込む。
関係者として近くにいた俺と櫻子も同時に顔を拝見させてもらう。
相変わらず文字文字文字で視覚的な情報は文字を読まないと分からない。そんな黒一色の少年を意識不明まで追い込んだのは紛れもない…沖田だった。
「まぁ、フードのこの子はまだマシよ…ヒロイン!そして、夢桃響蕾!全く、女の子なんだから戦闘は控えなさい!」
「えへへ…すいません」
「ちょっと待って!…ください!私はそこまで深手を負っていません!」
照れくさそうに頭を搔く響蕾こと魔法少女ピンクとプライドにより言い訳をするヒロイン。
二人もキーパーソンとの戦いにより負傷した転移者だ。
「あっ!ぃたぃた魔法少女ちゃん!」
すると、保健室のドアからひょっこりも一人の少女が顔を出す。
これまた紹介しないといけない人物だ。
彼女も転移者で色々と関わってくれてるクラスメイト…ヴァージン。
響蕾に「ま、魔法少女じゃないですよー」と訂正されながらもこう言うのだった。
「学園長が呼んでるょー」
「へぇ…あなたがこの世界の主人公なんですね!」
「は、はい!で、でも、魔法少女だってことは周りに言わないでください!」
舞台は学園長室。そこには学園長だけでなく秘書らしき美少女の姿が見受けられた。彼女もまた学園の制服を身にまとっており、背中に届く程伸ばされた長髪は漆黒に輝いており、長いまつ毛がパチパチと震わせ、ぱっちりとしたコバルト色の瞳を持っていた…コバルトと言っても色は文字色なのだが。
「探してましたよ!さて、どんな話しか聞かせてもらっても構わないですか?」
確かに、それには興味がある。魔法少女ものと言っても残酷なものから幼女向けのものまで色んなジャンルがあると聞いたし、ある程度予測できたなら今後の展開にも余裕が持てるらしいから、転移者(部外者)ながらも俺とヒロインらは耳を傾けた。
「は、はい!私は元々普通の女の子だったのですが…
魔法少女ピンク!それは悪の組織『クロブラック』から『カラフルランド』を救う選ばれし戦士の一人らしい。その選ばれし戦士は全部で五人。
ピンク・ブルー・イエロー・パープル…そして、ふレッド…五つの色が世界に輝きとトキメキを与えてくれるらしい。
「で、その選ばれし戦士?は何人集まったの?」
「他の魔法少女については私は何も。ラビじんによると同期の妖精が彼女たちを探しているらしいんですけど…」
ヒロインの言葉に頭を悩ます響蕾に学園長は次のようなことを言った。
「まだ序盤ということですね?」
「はい、恐らく」
「なら、その五人の魔法少女を探すのが試練ですね」
「はい!後、定期的に悪の組織から敵が送り込まれてくるんです」
「敵?」
今度は俺が聞き返す。
「敵と言っても誰かの黒い感情から生まれるモンスターなんですけどね。魔法少女はカラフルランド復活のため、モンスター撃退時に得られるカラフルジュエルを集めなきゃいけないんです」
そう言い切ると、ポケットからプラスチックのようなカラフルな石を出し、見せてあげた。
「触ってもぃぃ?」「大丈夫です!」
そんな会話でヴァージンはカラフルジュエルを手にする。
「わー軽ぃねー」
「そーですかね…」
子供が好むおもちゃのようなそれはカラフルランドの命運を握る超ラッキーアイテムらしい。
まだ、三個しか集まっていないところから物語の展開具合を察することができる。
「では、まず二番目の魔法少女を探さなくてはなりませんね。学園も協力しますよ」
「本当ですか!?ありがとうございますっ!」
勢いよく頭を下げ、お礼を述べた魔法少女。
ここでチャイムが歌った。五限目の予告である。
俺達はヴァージンを先頭にして急いで学園長室から出て行った。
静かになった部屋に凛とした女声が響く。
「会長?ようやく待望の主人公が見つかりましたね」
「この世界に来てから早二ヶ月…やっと来たわ!」
会長は窓の外に目をやり、急いで教室に向かう生徒を眺める。そして、まるで王様のようにこう言うのだった。
「この世界を打ち切る時が!」
「主人公…誰よその男は」
五限→六限と授業が終わり、放課後。
俺達はさっそく世界を展開するために空き教室で会話を交わしていた。
魔法少女の条件・敵の傾向・救うべきカラフルランドの実態…など魔法少女探しに必要な情報を響蕾やラビじんから聞き出す。
一人遅れてきたヒロインは教室にいた見覚えの人物に声をかけた。
「ヒロインちゃん同じクラスの男子だよぉー覚えてぁげなよぉー、紹介したはずでしょー」
腑抜けた声でヴァージンが言葉を紡いだ。
残念ながら認知されていなかった少年は緊張した様子で自己紹介をする。
「あっ!僕はヒーロー、数ヶ月前に転移してきたキャラクターです」
彼の頭髪の色は目に焼き付くような赤。同じ色の瞳がこちらを見つめる。背丈も高く、睫毛も長い
線が細い美少年と言ったところだろうか。同じ文字で構成されているのに、こうも差がつくのか…作者とは平等じゃないな。
「へぇー〈設定〉は何?」
新たな転移者を歓迎することなく、御局様のような目つきで少年を見る。
「僕の〈設定〉は…
ヒーロー
設定…設定ガン無視
説明…他者の設定を無効化することができる。
異能力バトルでお馴染みの能力無効化キャラクターか。俺やフード少年のように野蛮な印象は見受けられないし、クールな彼ならお似合いの設定だろう。
次にヴァージンが「どんなジャンルだったけー?」と首を傾げながら尋ねた。
「僕はその…スポーツ漫画の…
「スポーツ漫画!?野球?バスケ?バレー?」
様々なスポーツ名をあげる響蕾。瞳がいつも以上にキラキラ輝いており、後から聞いた話だと「スポーツ漫画が好き」らしい。
「スポーツ漫画なら…大体は能力という概念のない現実に沿った作品が多いよな?どうやって設定に気づくんだ?」
「それなら作者に聞くといいよ」
「作者?」
予想を上回る回答に思わず聞き返す。
「君の世界を作っ(かい)た人物さ。力も性格も生きるも死ぬも全部彼らが決める」
「作者ってのはどこにいるんだ?」
「あなたそんなことも知らないの?」とばかりに見つめてくるヒロインは自慢げに言葉を紡いだ。
「キャラクターが転生(移)すると同時に作者も同世界に転送される。見分け方は簡単…文字で描写されてない」
文字で描写されてない…ということはモノクロ人間ではないということか。
「見つけるって言っても大変だから〜設定を詳しく分析してくれる人を教ぇてぁげるょ〜設定の使ぃ方を教ぇてくれるから助かるょ」
「本当か!?」
それは助かる。機転をきかせたヴァージンの言葉に俺は身を乗り出した。
「なら、私たちはさっそく二番目の魔法少女捜索に取り掛かりましょう」
「分かりました」
「そうですね!」
フン!と鼻息を鳴らす響蕾達と別れた俺はヴァージンと一緒に〈設定〉を分析してくれるという人物の元に足を運んだ。
二分ほど長い廊下を歩いた下ったりした後、辿り着いたのは地下三階の一室。地下を持つ学園の規模にも驚きだ。
「ここは『護紙隊』の基地。転移者以外の人には秘密だょ〜」
ヒンヤリとした感触が肌を舐める。文字だらけの世界でも温度は感じるのだ。
「ぉ邪魔しマース!」とノックもせず元気良く扉を開けたヴァージンに続き、中に入ると…
「な、なんだ…これ?」
見渡す限りの木・木・木…
コンクリートで固められた地面から根っこを張って生きようとする木が視界を支配する。
「『護紙隊』は木から取れる紙の文化を護る軍団…でも、木自体が減少しっっぁる問題もなんとかしなぃとぃけなぃ…ってことで木を基地にも植えたらしぃんだょー」
「ってことでって…植えれるもんなのかよ?」
「そこはノリで」
森と化した地下三階を歩んでいくと、二つの人影が見えた。
一人は艶やかで美しい紫色の長髪を蓄えたエルフ耳が特徴的な美少女だ…沖田総司だ。現実世界には似合わない刀剣を腰からぶら下げている。
「よう!久しぶりじゃな…」
「ぉ久しぶり〜」
そして、沖田の奥の木にもたれかかっている幼女はヴァージンを見るなり読んでいた本から顔をあげた。
彼女は黄色のリボンでサイドに結ばれた紺色の長髪にリボンと同系色を基調としたワンピースを身につけていた。折れてしまいそうな程細い腰からはスカートからは真っ白な足が覗く。
幼女の名前はヘラルド。転移者だということは言うまでもない。
「誰じゃ?そやつは?」
「ぁぁー、彼は転移者の主人公君だょ?」
「ほぅ…」
パタリ!と本を閉じると、短いスカートを揺らしながら俺に近づいてくる。
「どこから来たんだ?」
「それが分からないんだ」
「分からない?珍しいな」
ヘラルド
設定…鑑定スキル
説明…転移者の異能力・スキル・才能などを鑑定することができる。
老婆のような口調の幼女は「じゃあ、始めるぞ?」と言葉を投げると、左目を文字色の真っ赤に染め上げた。
見やすいように右目を抑え、大きく見開き俺の顔を直視する。
「鑑定終了」
「どうだ?」
「はっきり言って君の〈設定〉は弱い。服従は最強だと言う者も多いが、今の段階では強いとは言えないな…」
続けざまに放たれた言葉に心が少々細くなる。
服従とは名ばかりの激弱能力だったのか?
「しかし、使い方を変えれば化ける」
「?」
彼女は息継ぎを挟み、こう言葉を投げた。
「操るんだ…〈設定〉を」